血色の結晶には。①
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まず、グランが俺たち白薔薇のことを話した。
アイシャの遺跡で出会ったレイスの上位種、リッチのザラスのこと。
そこで血結晶の造り方を識ってしまったこと。
血結晶を魔物に埋め込み育て、粉にした薬を目にしたときのこと。
――災厄の黒龍アドラノードを討伐したこと。
聞いていたロディウル、そして影たちは明らかに肩を落とし、俯いていた。
「まだ……遺ってたんやな」
呟いたロディウルの表情は曇っている。
「遺ってた……?」
首を傾げた俺に、彼は困った顔で続けた。
「血結晶を造っていた都市は、その当時、全て閉鎖されたんや。流行病で災厄の暴走が始まり、血結晶は造れなくなっていったし……薬が出回ったことで危険だと知れたしな。それでも遺ってしまった製造施設や方法を書いた本は、あってはならないものとして、俺らユーグルや各国が責任持って『滅して』回っていたんやけど――ここ数十年、新しい遺物は見付かってなかったんや」
「じゃあ……ランクロストで見付かったあの遺跡は、本来破壊対象だったんですね……?」
ディティアが呟くと、ロディウルは力なく頷く。
「王たちが忘れてしまったことを裏で咎めるだけで……遺跡が遺ってるなんて全く想定してこなかった。……完全に、俺の不手際や」
「紅い粉……血結晶の粉の危険性についても、お前たちは把握していたんだろう?」
グランが重ねて聞くと、ロディウルは何度も頷きながら、口元に右手を当てて考える仕草をする。
黙って待っていると、彼は確かめるようにひとつひとつ、言葉を紡ぎ出す。
「質問には、知っている……と答えるけどな……白薔薇。どんな認識でいるのか……それが聞きたい。いきなり口にするには、重すぎるんや。……そこはわかってくれへんか」
グランは、そこでゆっくり体を起こし、笑った。
「ロディウルにそんな顔させたとあっちゃ、答えてやらねぇとなあ」
「ぐ、それはそれで悔しい言い回しやな」
「はっ、まあ、そう言うな。……そうだな、特殊な魔物に埋め込んで育てた血結晶……それに異常な力があるんだろうよ。普通の結晶でこと足りるなら、とっくに使われていたはずだしな。……粉は毒だ。服用することでバフの重ねがけみてぇな力を得る代わり、中毒になって……最期はゾンビ。……ただし、ゾンビ化させるだけなら、普通の結晶を埋め込むことでもできるかもしれねぇ。……アイシャの武勲皇帝がそれでゾンビ化したからな」
ロディウルはまた少しだけ考えて、小さく息を吸った。
「そこまで……。想像以上や、アイシャでの出来事について、俺らユーグルは災厄のことだけしか詳しく調べんかった。災厄の黒龍アドラノードが討伐されればそこで終わりやと考えていたんや。……完全に、アイシャを甘く見てたってことやな」
彼は緑色の髪をわしわしすると、口をへの字にして唸った。
「どこから話したもんか……俺らユーグルはな、最初……血結晶を埋めることができる特殊な魔物を育てるために組織されたんや。今はもう知ったこっちゃないんやけど……つまり、や。ヤールウインドは、血結晶を育てるのに適していたんやな」
俺は、ああ、と頷いた。
ソードラ王国の小さな村、その地下で、血結晶を育てている施設が爆発して火事になっていたのを思い出したんだ。
その施設に取り残された魔物の中に、ヤールウインドがいた。
なんでここにヤールウインドが? って、そう思ったけど……なるほど、きっとそこで血結晶を育てていた『アルバス』って男は、ヤールウインドが使えることを識っていたんだろう。
「確かに……フェンリルだってそう簡単に捕まえられる魔物じゃないもんね。育てたほうが効率がいいかも」
ボーザックはそう言って、目の前で優雅に寝そべる銀狼を見る。
……アイシャのヴァイス帝国では、フェンリルに埋め込んでいたからな。
「……そんでな、実際、血結晶でもかなり膨大な魔力を秘めたものであれば……埋め込まずともゾンビ化はする。けどな、条件があるんや。まずはそれだけの大きさの結晶であること。そして……古代の、血……それを継いでること。当然、武勲皇帝やったら問題なかったやろな」
「なるほど、大きな結晶であればそれだけ魔力を込められるものね……ヴァイス帝国の国宝、確かに見たことがないほど大きかったわ」
ファルーアが目を臥せる。
長い睫毛が影を落としたところで、グランがため息をついた。
「それだけの条件を揃えてたってんだから……あの皇帝、やっぱすげぇな……」
「まあ、確かに」
思わず頷くと、ロディウルは苦笑した。
「そこに居合わせたっちゅー白薔薇も相当や。……ほんまにあんたらでよかった……」
「関わったのは俺たちだけじゃなかったけどな」
返すと、ボーザックが笑う。
「あれあれー? ハルトってば自分からそんな話題出していいんだ?」
「な……」
「閃光もいたからな! なんだハルト、お前やっぱり大人になったか?」
「いや、ちょっと待てよグランまで! そういうんじゃ……」
「ふふ」
「ディティア!? 今笑っただろ!」
「……緊張感がないわねハルト」
「ファルーアまで!」
「ふすー」
ちゃっかり鼻を鳴らすフェンに手を伸ばすと、ひらりと躱された。
腹いせにディティアの頭を撫で回して怒られる俺に、ロディウルと影たちが声を上げて笑う。
「ええなぁ、あんたらの関係は見習うべきや。……なあトゥトゥ?」
「えっ、僕ですか? いや、その、ロディウル……」
「おっ、いいなァ、トゥトゥ坊。ロディウル、俺は賛成だぜェ!」
「ロディウルがそう言うなら、私も努力しようぞ」
それを聞いて、ファルーアが呆れた顔をした。
「あなたたち、十分なんじゃないかしらね……」
戦闘までもうしばらくです。
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