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逆鱗のハルトⅡ  作者:
221/308

幸運の星が輝くので。④

◇◇◇


俺はディティアを連れて、とりあえず災厄の出てきた広場へと行くことにした。

爆風のことも、彼女にはちゃんと俺の言葉で話しておかないと……と思ったからだ。


横目でちら、と見下ろすと、隣にいる彼女は……本当に『いつもの』ディティアだった。

さらさらした髪がふわりと揺れるのを見て、そこに彼女がいるって事実を噛み締める。


トレージャーハンター協会本部の敷地なら、井戸もあるだろうし。

せめて手を洗って……そしたら……なんて考えてもいた。


「……そうだ、怪我しなかったか?」

「え? 怪我?」

「うん。サーディアスと……あ、そうか。なにがあったかまだ知らないよな?」

「サーディアス……。えっと、ハルト君はどこまで聞いてるの?」

「んー、俺もソードラ王国の震源地付近で、サーディアスが怪しいってことを知ったんだよ。だからマルレイユ会長に伝達龍を飛ばしたんだ。……けど、もう皆とサーディアスが旅立った……って聞いてさ。それで、輸送龍っていうデカい黒い龍に乗ってここまで来たんだ」

「輸送龍……かなり速いんだね? 一カ月くらい短縮できたってことだよね?」

目を丸くする彼女に、笑って頷く。

「そ! シエリアたちは先に馬でここに向かってたんだけどさ、どっかで追い抜いてたみたいだ。……どうして一緒にいるのかは、このあと聞かせてもらうな」

「うん」

ディティアは返事をして、俺の言葉を待ってくれた。

それとほぼ同時に、大きな穴がぽっかりと空いた広場へと辿り着く。


俺は、首都が襲われていたこと、ここで災厄と遭遇して、毒の霧が撒き散らされたことを話し、意を決して息を吸う。


「……それで……謝らないといけないことがあるんだ」

「……」

真っ直ぐ俺を見る彼女の目は、透き通り、綺麗だ。


正面から見返して、俺は唇を湿らせた。


「爆風が、その毒から俺を助けて、巻き込まれた」

「……!」

ひゅ、と、彼女が息を呑む。

見開かれた双眸が、不安に染まる。


俺は胸の奥がちくりと痛むのを感じた。


「ええと、結果としては抗毒剤ってのが効いて、今も薬のために駆け回ってくれてる。……でも、ごめん、ディティア」


「……ああ、びっくりしたあ……爆風のガイルディアさん、無事なんだね……」

彼女はそう言って、詰めていた息を吐き出した。


俺は頷いて、穴へと視線を向ける。

「少しは強くなれたかなって思ったりしたんだ、これでも。でも、やっぱまだまだでさ。俺が……足を引っ張った」


続けると、彼女は首を振って、静かに言葉を紡ぐ。


「ただハルト君を助けたかったんだと思うな。……ねえ、ハルト君覚えてる? 砂漠で、私を投げ上げたこと」

俺は驚いて、彼女を振り返った。


ディティアはぎゅっと眉をひそめると、唇を尖らせる。


「あのとき、私、同じ気持ちだったんだから」

「……あ」


なにか、言おうとした。

けど、なにも、言えなかった。


俺はあのとき、彼女だけなら助けることができると思ったんだ。

そう。迷ったりは、しなかった。


「……だからハルト君には、爆風のガイルディアさんの気持ちがわかるはず。……そうでしょう?」


続けた彼女に、胸が熱くなる。

そっか、爆風もあのときの俺と同じ気持ちだったのか……。


「……うん、そうだ、そうだよな。ありがとう、ディティア」


思わず手を伸ばして、彼女の髪の先に触れた。

えへへ、と照れたように微笑んでくれるディティアの眼が、きらきらしていて。


俺はようやく、伝えたかったことを口にした。


「……ただいま、おかえり」


ディティアはそれを聞くと、笑顔を弾けさせて、頷いた。


「……おかえり、ただいま……ハルト君!」


「うわー、もう駄目だ。ごめん、手、汚いけど」

「え? うひゃあ!」


俺はそのまま、彼女の頭を撫でた。

さらさらした髪の感触が、指の間をするりと流れていく。


「あー、やっぱ可愛いなお前!」

「……ッ! は、ハルト君ってば、それ、それはっ……!」

「可愛いなーー」

「もー! ハルト君、全っ然変わってない! ほんっとに変わらない! 気付いてたけど!」


盛大に膨れた彼女の頬を突いたら、かなり怒られた。


******


「そうだハルト君。これ」

必死に宥め、災厄の毒霧を討伐した話をして、ようやく怒りの矛先を収めた彼女は、バックポーチからなにかを取り出した。

ちかり、と瞬くそれは……飛龍タイラントの鱗で作ったナイフだ。


「あ……ええとな、ごめんディティア、それ……」

「ふふっ、大丈夫」


シエリアに預けていることを説明しようとすると、ディティアは悪戯っぽく笑い、もうひとつ同じナイフを出した。


「……あれ?」

「王子様から預かったの。……これのお陰で、王子様たちと合流できたんだよ」

「王子様……って、シエリア?」

「そう。私たちは、ロディウルと一緒にハルト君を捜しに行ったの。そこで、王子様たちが馬を駆っているのを見つけたんだけどね、フェンがものすごく反応したんだ」

「フェンが?」

質問ばっかりだけど、そうやって返す俺に、ディティアはにこにこしている。

「そうなの! フェンすごかったんだよ、一目散に駆けていって、王子様のポーチにあるこのナイフを見つけて持ってきてくれたの!」

「なるほど……それでシエリアが俺と旅をしてたことを知ったってわけだ」

「あっ、うん、ええと……」

「うん?」

「てっきり、ハルト君になにかあったんだと思って、その」

「……うん」

「ちょっとだけ戦っちゃったっていうか……」

「は、はあ?」


思わず言うと、ディティアは慌てて両手を振った。


「怪我はさせてないよ! その、途中で王子様がね、『そのナイフは大切な預かりものです! ハルト君は僕の幸運の星です、返してください』って言ったから……それで、あれ? ってなって」


俺は、思い切り脱力した。

「あいつも苦労するなあ……」


ちなみに、ファルーアとロディウル、フェンは最初から傍観していたそうだ。

なんとなく察していたんだろう。

……止めてやればいいのに。


「ほんと、ディティアは可愛いな」

なんだかおかしくなって笑うと、ディティアは真っ赤になって呻くのだった。


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