幸運の星が輝くので。④
◇◇◇
俺はディティアを連れて、とりあえず災厄の出てきた広場へと行くことにした。
爆風のことも、彼女にはちゃんと俺の言葉で話しておかないと……と思ったからだ。
横目でちら、と見下ろすと、隣にいる彼女は……本当に『いつもの』ディティアだった。
さらさらした髪がふわりと揺れるのを見て、そこに彼女がいるって事実を噛み締める。
トレージャーハンター協会本部の敷地なら、井戸もあるだろうし。
せめて手を洗って……そしたら……なんて考えてもいた。
「……そうだ、怪我しなかったか?」
「え? 怪我?」
「うん。サーディアスと……あ、そうか。なにがあったかまだ知らないよな?」
「サーディアス……。えっと、ハルト君はどこまで聞いてるの?」
「んー、俺もソードラ王国の震源地付近で、サーディアスが怪しいってことを知ったんだよ。だからマルレイユ会長に伝達龍を飛ばしたんだ。……けど、もう皆とサーディアスが旅立った……って聞いてさ。それで、輸送龍っていうデカい黒い龍に乗ってここまで来たんだ」
「輸送龍……かなり速いんだね? 一カ月くらい短縮できたってことだよね?」
目を丸くする彼女に、笑って頷く。
「そ! シエリアたちは先に馬でここに向かってたんだけどさ、どっかで追い抜いてたみたいだ。……どうして一緒にいるのかは、このあと聞かせてもらうな」
「うん」
ディティアは返事をして、俺の言葉を待ってくれた。
それとほぼ同時に、大きな穴がぽっかりと空いた広場へと辿り着く。
俺は、首都が襲われていたこと、ここで災厄と遭遇して、毒の霧が撒き散らされたことを話し、意を決して息を吸う。
「……それで……謝らないといけないことがあるんだ」
「……」
真っ直ぐ俺を見る彼女の目は、透き通り、綺麗だ。
正面から見返して、俺は唇を湿らせた。
「爆風が、その毒から俺を助けて、巻き込まれた」
「……!」
ひゅ、と、彼女が息を呑む。
見開かれた双眸が、不安に染まる。
俺は胸の奥がちくりと痛むのを感じた。
「ええと、結果としては抗毒剤ってのが効いて、今も薬のために駆け回ってくれてる。……でも、ごめん、ディティア」
「……ああ、びっくりしたあ……爆風のガイルディアさん、無事なんだね……」
彼女はそう言って、詰めていた息を吐き出した。
俺は頷いて、穴へと視線を向ける。
「少しは強くなれたかなって思ったりしたんだ、これでも。でも、やっぱまだまだでさ。俺が……足を引っ張った」
続けると、彼女は首を振って、静かに言葉を紡ぐ。
「ただハルト君を助けたかったんだと思うな。……ねえ、ハルト君覚えてる? 砂漠で、私を投げ上げたこと」
俺は驚いて、彼女を振り返った。
ディティアはぎゅっと眉をひそめると、唇を尖らせる。
「あのとき、私、同じ気持ちだったんだから」
「……あ」
なにか、言おうとした。
けど、なにも、言えなかった。
俺はあのとき、彼女だけなら助けることができると思ったんだ。
そう。迷ったりは、しなかった。
「……だからハルト君には、爆風のガイルディアさんの気持ちがわかるはず。……そうでしょう?」
続けた彼女に、胸が熱くなる。
そっか、爆風もあのときの俺と同じ気持ちだったのか……。
「……うん、そうだ、そうだよな。ありがとう、ディティア」
思わず手を伸ばして、彼女の髪の先に触れた。
えへへ、と照れたように微笑んでくれるディティアの眼が、きらきらしていて。
俺はようやく、伝えたかったことを口にした。
「……ただいま、おかえり」
ディティアはそれを聞くと、笑顔を弾けさせて、頷いた。
「……おかえり、ただいま……ハルト君!」
「うわー、もう駄目だ。ごめん、手、汚いけど」
「え? うひゃあ!」
俺はそのまま、彼女の頭を撫でた。
さらさらした髪の感触が、指の間をするりと流れていく。
「あー、やっぱ可愛いなお前!」
「……ッ! は、ハルト君ってば、それ、それはっ……!」
「可愛いなーー」
「もー! ハルト君、全っ然変わってない! ほんっとに変わらない! 気付いてたけど!」
盛大に膨れた彼女の頬を突いたら、かなり怒られた。
******
「そうだハルト君。これ」
必死に宥め、災厄の毒霧を討伐した話をして、ようやく怒りの矛先を収めた彼女は、バックポーチからなにかを取り出した。
ちかり、と瞬くそれは……飛龍タイラントの鱗で作ったナイフだ。
「あ……ええとな、ごめんディティア、それ……」
「ふふっ、大丈夫」
シエリアに預けていることを説明しようとすると、ディティアは悪戯っぽく笑い、もうひとつ同じナイフを出した。
「……あれ?」
「王子様から預かったの。……これのお陰で、王子様たちと合流できたんだよ」
「王子様……って、シエリア?」
「そう。私たちは、ロディウルと一緒にハルト君を捜しに行ったの。そこで、王子様たちが馬を駆っているのを見つけたんだけどね、フェンがものすごく反応したんだ」
「フェンが?」
質問ばっかりだけど、そうやって返す俺に、ディティアはにこにこしている。
「そうなの! フェンすごかったんだよ、一目散に駆けていって、王子様のポーチにあるこのナイフを見つけて持ってきてくれたの!」
「なるほど……それでシエリアが俺と旅をしてたことを知ったってわけだ」
「あっ、うん、ええと……」
「うん?」
「てっきり、ハルト君になにかあったんだと思って、その」
「……うん」
「ちょっとだけ戦っちゃったっていうか……」
「は、はあ?」
思わず言うと、ディティアは慌てて両手を振った。
「怪我はさせてないよ! その、途中で王子様がね、『そのナイフは大切な預かりものです! ハルト君は僕の幸運の星です、返してください』って言ったから……それで、あれ? ってなって」
俺は、思い切り脱力した。
「あいつも苦労するなあ……」
ちなみに、ファルーアとロディウル、フェンは最初から傍観していたそうだ。
なんとなく察していたんだろう。
……止めてやればいいのに。
「ほんと、ディティアは可愛いな」
なんだかおかしくなって笑うと、ディティアは真っ赤になって呻くのだった。
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