毒を制する者。⑥
後ろを見ずに、俺たち三人は全力で走った。
腹までが巨大な口である災厄の毒霧は、今頃その中にある紫色のイボを震わせているはずだ。
巻き込まれれば、俺たちは蔦の痣に体を巻き取られ、動けなくなる。
危険な役目だっていうのはわかっていたけど、俺は一度それを『見て』いたから。
逃げ切れるって信じることができる。
爆風が、俺にその確信をくれたんだ。
薬を作るために残った彼は、俺たちに任せると言った。
……俺たちならできるって、爆風にも確信があったんだよな。
そうだろ、爆風のガイルディア。
「うおおおおっ!」
「まだ!? まだ走るの!? ねぇハルト!」
「もうちょっと!」
グランとボーザックと、叫びながら駆けていく。
ボシュウウウウウ!
後方からなにかが放出される音が追いかけてきて、俺は怒鳴った。
「トゥトゥーーッ! 今だ、撃てーーッ!」
詳しくは聞いてなかったけど、なんとなく、予想はしてたんだ。
俺たちが災厄の毒霧を攻撃し、毒を噴霧させたとき、まだ上空に円を描きながら留まるユーグルたちがなにをするのか。
……俺の予想が正しければ、彼らは渦巻く毒に魔法を撃ちこむはず。
思い出すのは、もう遠い昔のことに感じる幽霊船退治。
その現象を、俺たちは見たはずだ。
白くてのっぺりとした魔力海月が放出した体液……そこに魔法を撃ち込むと――どうなるのか。
――そのとき。
ズドオオオオォンッ!
「うっ、おわああぁ!」
爆音とともに背中にぶち当たった衝撃波が、俺たちを一気に吹き飛ばした。
土煙の中、俺は浮き上がった状態で、咄嗟にグランとボーザックにも届くようありったけの速さでバフを広げる。
……間に合え……!
「肉体硬化、肉体硬化……うぐふっ!」
ごろごろごろっ……。
地面に叩きつけられて、もんどり打って転がる。
呼吸ができず、肺を握られたかのような衝撃だった。
小石が剥き出しの肌に食い込んで痛み、口の中には土の味が広がって、思わず顔をしかめた。
なんとか、ふたつだけは腕力アップに上書きすることができたみたいだな……。
「ペッ、うぐ……グラン、ボーザック!」
「……くそ、なんだこりゃ」
「いてて……あ」
近くに転がっていたふたりもすぐさま体を起こして、衝撃の原因を確認するべく振り返り……固まった。
「…………」
言葉が、出てこない。
見上げても天辺が見えない、まるで巨大な塔のようなもの。
――大きく抉れた地面から、無数の岩の刃が、空へ向けて突き立っている。
その中心で、剛毛の層をことごとく突破された災厄は、もはやぴくりとも動かない。
完全な死が、そこにあった。
「これ……は。……彼奴らがやったのか?」
グランが呟く。
おそらく、だけど。
毒の霧は魔力をふんだんに含んでいて、魔法の威力を増幅させるのだろう。
その、無数の岩の剣が、その大きさが、それを物語っていた。
でも。
想像していたものよりも、眼前の光景は……恐ろしいものだったんだ。
「ファルーアも、ガルフも……一度にこんなのは造れない……よね?」
ボーザックがおそるおそる声にするのがわかる。
俺は、ゆっくりと頷いた。
「ああ。……もしかしたら、彼らの『血』も……」
その先は、呑み込んで。
俺はグランとボーザックと三人、武器を収め、トゥトゥが降りてくるのを待った。
やがて、晴れた空から、滑るようにヤールウインドが降りてくる。
「やりました! 白薔薇、あなたたちには感謝を!」
羽毛から飛び出してきたトゥトゥは、頬を興奮で紅く染めていた。
「思惑通りでした、僕たちの魔法は大幅に増幅され、彼の災厄を潰すには十分……」
捲したてる彼は、そこで言葉を切る。
俺たちが複雑な顔をしているのを、ちゃんと汲み取ったようだ。
「……ええと」
「いや、いい。気にすんな。災厄を仕留めることは俺たちの望むことでもあったからな。……ロディウルから聞く、それでいいだろう?」
グランが、困惑の表情を浮かべた青年に首を振ってみせる。
トゥトゥはどう思ったのか、しゅんと肩を落として、唇をぎゅっと結んだ。
「は、はい……」
……トゥトゥには悪いけど、やっぱり、これは……異常だ。
彼らは、やろうと思えば……それこそ、自由国家カサンドラなんて簡単に手中に納めることができるだろう。
これが、ユーグル。
歴史を……災厄を、血結晶を知る者たちの、力。
俺はもう一度突き立った塔のようなものを見上げて、眼を閉じた。
毒を制したところで、俺たちにいったいなにができるのだろう。
歴史とやらは思った以上に複雑で、不穏な空気だけが胸の底に渦巻いていた。
本日分の投稿です。
災厄の毒霧がやられたか……フフフ、しかし奴は四天王の中では最弱……!
という言葉が浮かびましたが、浮かんだだけです。
いつもありがとうございます!




