毒を制する者。⑤
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「さぁて、災厄が出てきたら一気に叩くぞ」
災厄がいると思しき場所から少し離れた位置に、俺たち白薔薇は降ろされた。
肩をぐるぐる回してから、グランが白薔薇の大盾を構える。
俺とボーザックも、それぞれ武器を構えた。
「では、掘り起こしますね。……お願いします、ハルト」
「了解、威力アップ、威力アップ、威力アップ!」
ひとところに固まってくれていたユーグルに、バフを広げる。
五感アップは上書きして相殺し、威力アップの三重だ。
ユーグルたちの乗るヤールウインドたちは、トゥトゥの指示で災厄がいると思われる場所の上空まで行くと、ぐるぐると円を描きながら飛んだ。
……場所は開けた平原。
カサンドラの首都がうっすら影となって見え、ぽつぽつと木が生えているのが確認できる。
加えて、空は晴れ渡り、遠くに雲がかかっている程度。
風もなく、毒が流れて急激に広がることはなさそうだ。
討伐には好条件である。
「……俺たちも準備するぞハルト」
「おう。……速度アップ、腕力アップ、腕力アップ、腕力アップ」
なにかあっても躱せるように、速度アップを。
あとは腕力を上げて、剛毛を突破できるようにしておきたい。
爆風のときには腕力アップを四重にしていたけど、たぶん、三重でもなんとかなるだろう。
バフを広げ終えると、俺はトゥトゥに向かって手を上げた。
「トールシャでも災厄の討伐なんて、俺たちホントに有名になっちゃうんじゃないかな?」
軽口を叩きながら、ボーザックが腰を落とす。
「はっ、望むところだろうよ」
グランが、大盾を体の前にして、にやりと笑う。
俺はつられるように唇の端っこを持ち上げて、答えた。
「白薔薇の名前、歴史に残してやろうぜ!」
――瞬間。
ヤールウインドたちの円の中心に、光の球が生まれた。
例えるなら、太陽。
怪鳥がぐるぐる回るうちに、その球はどんどん大きくなっていく。
まばゆい光は、昼間だっていうのに煌々とあたりを照らし、やがてゆっくりと降下……いや、沈み始めた。
……すごい。
思わず、息を呑む。
触れただけで、あっというまに消滅でもしそうなほどだ。
「ファルーアが見たら、なんて言うかな……」
ボーザックが呟き、その言葉が空気に溶けるのと同時に……光の球が地面に触れ……。
ブワアアアアアァァッ!
なにが起こっているのか、わからなかった。
まるで地面が自ら道を開けるかのように削れていく。
空気が衝撃となって俺たちを押し流そうとするのに、両腕を顔の前にして耐えながら、俺は呼吸を忘れて、見入ってしまった。
やがて、光の球はだんだんと細く、長くなり、上空へと一本の槍のように伸びあがると、空に吸い込まれる様に消えていく。
……残されたのは、大きな、穴。
その縁を、ゆっくりとなにかが掴んだ。
――爪だ。
さらに、鼻先が。
巨大な体が。
ゆっくりと、這い出てくる。
「……災厄の毒霧、ヴォルディーノ」
思わず呟くと、ボーザックが苦笑した。
「うわー、さっきの魔法当たったんだよね? 平気な顔してるけど」
「ええ? お前、あれの顔見えるのか?」
思わず聞き返すと、ボーザックは、今度は楽しそうに笑った。
「ううん、毛で覆われてて全然わからないー」
「はぁ? 紛らわしいこと言うなよな……。確かにこいつ、魔法耐性が高いみたいなんだけど」
「……おいお前ら、気の抜ける会話してんじゃねぇよ。行くぞ!」
グランが踏み出す。
俺とボーザックは肩を竦めると、そのあとに続いた。
一気に距離を詰め、その緩慢な動きの魔物へと、白い大盾が閃く。
「おらぁッ!」
ガツン、と音がする。
けれど、グランは飛び退いて顔を顰めた。
「毛が邪魔で殴った感触がねぇ」
「そんじゃあ俺がっ……たあぁっ!」
その横を駆け抜け、ボーザックが無防備に置かれた前脚へと斬りかかり、大剣で横に薙ぐ。
「……ッ、もう、いっちょ!」
足を踏ん張り、瞬時に引き戻した大剣を今度は下から上へと振り上げ、ボーザックが飛び離れると、少し遅れて、斬られたほうと反対の爪がボーザックのいた場所へと突き込まれた。
「多少は斬った感触があるかな。動きも遅いし、何回かやればいける」
ボーザックが軽い足取りでこっちに戻ってくる。
「爪にも毒があるらしいから気を付けろよ」
思い出して言うと、グランが大盾を構えた。
「なら爪は任せろ! ボーザック、ハルト、脚を集中して狙え」
「任せといて!」
「おう」
◇◇◇
「おらおら! こっちだ!」
グランが声を上げ、前脚の爪を大盾でぶん殴る。
災厄がその大きな体を震わせ、グランへと爪を振ろうとするそのときを、俺とボーザックが狙う。
振り上げた爪とは逆の脚に、一気に攻撃を仕掛けるのだ。
「おおおっ!」
「たああっ!」
何度かそれを繰り返しているうちに、ついに、その瞬間が訪れた。
――ゆっくりともたげられた頭。
災厄の脚には傷が穿たれている。
にもかかわらず、災厄の毒霧ヴォルディーノは鳴き声ひとつあげなかった。
……いや、あげられないのだろう。
巨大な口の中には、びっしりと紫色のイボのようなものがある。
音を出す機関は、用意されていないのだろうと思った。
――開いていく。
俺はその動きを確認して、一気にバフを練り上げた。
「速度アップ、速度アップ、速度アップ、走れッ!」
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