毒を制する者。③
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どこで話すのかと思えば、グランがなにやら笛のようなものを取り出した。
ピィー、と澄んだ音が響くと、おお……一匹のヤールウインドがふわりと降りてくる。
周りの人が物珍しそうにしていて、なんていうか、視線が刺さった。
「お待たせしました、グラン」
悠々と着地した雌のヤールウインドの上から凛々しい男の声がして、そのもふもふした羽毛の間から、ひょこりと緑頭が覗く。
その髪はヤールウインドによく似た色で、男性にしては少し長い。そこに、白と赤の組紐をぐるりと巻いている。
人懐っこそうなくりくりした紅い眼は、俺を見てにっこりと細められた。
「ああ! ハルトですね。まさか到着されてるなんて思いませんでした!」
「えっ? あ、うん」
「僕はユーグルのトゥトゥです。ロディウルから話は聞いています」
「あ……うん」
ハルト、と呼ばれるのが唐突だったのもあって、俺は間抜けな返事をする。
なんだかんだ、逆鱗って呼ばれてたからなあ……。
とにかく頷いておくと、トゥトゥと名乗った青年はユーグルから軽い足取りで降りてきた。
……革鎧は茶色。
緑の糸で縁取りがしてある黒い服を中に着込んでいて、俺とボーザックの間くらいの背丈だ。
武器は……ベルトに短剣を挿してあるけど……これだけなのかな。
「……俺たちを谷から拾い上げてくれたうちのひとりなんだ。ロディウルには影とか呼ばれる付き人が三人いて、トゥトゥもそうなんだってさ」
ボーザックが教えてくれたので、俺は「へぇー」と返して、トゥトゥを眺めた。
俺と同い年くらいかもしれない。
しっかりと鍛えてあるのであろう、決して細くはないしなやかな体型だ。
「とりあえず、場所を変えましょうか。僕たちは災厄を狩らねばなりませんからね」
突然物騒なことを言って、トゥトゥは右手の親指と人差し指で輪を作り、ぱくりとくわえた。
『ピイィーッ! ピィッ!』
響き渡る甲高い音……指笛だ……に、頭上を飛んでいたヤールウインドが三匹、すーっと滑空してくる。
トゥトゥはヤールウインドたちが着地すると、満面の笑みで両手を広げた。
「……では、乗ってください!」
「えっ、乗るの?」
「勿論ですハルト」
「勿論ってなんだよ、意味がわからな……って、普通に乗ってるし!」
俺はさも当然のようにヤールウインドに手を掛けてよじ登り、羽毛に埋もれるグランたちに、思わず突っ込んだ。
そうか、ふたりはもう乗ったことあるんだもんな。
俺は唸って、トゥトゥを見る。
「……どうやって乗るんだ、こいつ?」
◇◇◇
羽毛の間は暖かく、思いのほか快適だった。
大きな籠のような、筒のような……そんなものが装着されていて、そこに体を押し込むような形で乗るんだけど。
ふたりくらいならぴったりくっつけば乗り込めそうで、荷物……たとえば食糧や水も大量に積み込むことができるだろう。
なるほど、これなら長旅も問題ない。
命綱もあるし、最悪は落ちてもなんとかなるみたいだな。
ヤールウインドは俺がちゃんと乗ったのを首を捻って確認すると、ばさりと翼を広げて……。
「うおあ!」
……飛び上がった。
浮遊感に、一瞬体が竦む。
羽毛の間から恐る恐る顔を出すと……どんどん視界が高くなっていくのがわかった。
ひんやりとした朝の空気が頬に触れて流れていく。
「すげ……」
思わず呟いて、ちょっとだけ考える。
これ、馬車みたいに人を運んだりすればいい商売なんじゃないか?
「では、少し移動しますよ!」
トゥトゥの声が響いて、俺は思わず首をぶんぶんと振った。
こんなときになに考えてるんだよ俺は。
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移動したのはトレージャーハンター協会本部前の広場だった。
勿論、大きな穴がぽっかりと口を開けている。
「よっと」
ヤールウインドから降りて、俺はその翼をぽんぽんと叩いた。
「ありがとな!」
濃い緑の怪鳥は、ちらりと俺を見てすぐに興味がないかのようにプイとそっぽを向く。
俺は苦笑した。
……フェンみたいな奴だな。
「やっぱ地面があると安心するな」
グランが俺の横に来て肩を回す。
「空もなかなかじゃないー?」
ボーザックはからからと笑っていて……ん?
「ボーザック、お前、酔わないの?」
「え? あー、ホントだ! 空は平気みたい!」
ますます笑う大剣使いに、グランは肩を竦め、顎髭に手を伸ばす。
そこに、トゥトゥが合流した。
上空にはほかのヤールウインドたちも付いてきている。
ぐるりと俺たちを見回して、トゥトゥは頷いた。
「では、早速災厄を討伐しましょう!」
「えっ、もう始めるの?」
ボーザックが聞き返すと、彼はにっこりと笑う。
「はい、災厄が魔力を集めきる前に潰したいので。災厄の毒霧であれば、ほかの奴と違って僕たちだけでも倒せると思います」
「……やっぱりユーグルは災厄のことに詳しいんだな」
思わず言うと、トゥトゥは眼をぱちぱちさせた。
「あっ、はい。……うーん、話したいんですけど、そういうのはロディウルにしかできないのですハルト」
申し訳なさそうに首を竦めるトゥトゥ。
俺は右手をぱたぱた振って応えた。
「いや、それならそれでいいよ。……グランたちは聞いてるのか?」
「詳細は聞いてねぇな」
「ふふ、ハルトがいないとって話になったからね」
ふたりはにやりとする。
「……そっか、へへ」
俺はなんだかむず痒くて、口元を緩めた。
グランはそれを満足そうに眺めると、大穴へと向き直る。
やることは、決まったようだ。
「さぁて……こっからは気ぃ引き締めていけよ? やるぞハルト、ボーザック」
『おう!』
災厄の毒霧、ヴォルディーノ討伐が、始まった。
すみません、ばたばたしていて投稿が滞っていました!
腸炎は大丈夫です!
来て下さったかた、ありがとうございます。
更新情報は活動報告にあげますのでよろしくお願いします!




