毒を制する者。②
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気が付いたら、朝だった。
恥ずかしいことに、一度も眼が覚めることもなく。
使い物にならない状態とはいえ、この状況でぐっすり眠ってしまうとは我ながら情けない。
うん、そう言えば前に砂漠の地下洞窟でグランとふたりきりになったときも、深ーい眠りについていたような。
……俺、ちっとも成長してない?
いやいや、そんなまさか。
おそるおそる隣を見ると、爆風はすでにいなかった。
いや、起こしてくれよ!
理不尽な突っ込みを心の中で入れて、俺は大きく伸びをした。
窓は開けられていて、そよそよと心地よい風が頬をなでる。
起き上がってカーテンを思い切り引くと、昨日は外で過ごしていたのであろうユーグルが、濃い緑色の魔物……ヤールウインドに乗って飛び回っていた。
……そういえば、俺、ユーグルたちとは全く話してなかったな。
俺が倒れていた間に、グランたちは話したのだろうか。
そう思っていると、ドカドカと慌ただしい足音が聞こえ、部屋の扉が勢いよく開かれた。
「おいハルト、そろそろ……なんだ、起きてたか」
「グラン! 悪い、一度も起きなかった」
やってきたグランに苦笑を返すと、紅髪紅眼の厳つい大男は、顎髭を擦った。
……今日も今日とて、完璧に仕上げたんだろう。
「仕方ねぇさ、お前、かなり無理したらしいからな。……もう動けるのか?」
「あ。そういえば……うん、大丈夫みたいだ」
「おいおい。本当に平気なんだろうな?」
「おう。ほら」
呆れるグランに、腕をぐるぐると回して見せる。
グランは大袈裟に肩を竦めた。
「ええと、ボーザックと……爆風は?」
「ボーザックは飯食ってる。爆風は、医者のところだ。……薬を作るってな」
「そっか。……俺も朝飯にする。状況は?」
「それもあっていつまでも起きてこねぇ奴を呼びにきたんだよ。食いながら説明してやる。行くぞー」
「うぐ……わ、悪かったって」
装備をしたままだったので、多少体が軋む。
俺はグランのあとに続きながら、両手を握ったり開いたりした。
……魔力切れは初めてだったからな。
さすがに、あの規模で連発するのは問題があるのか。
バフを何回使ったのか数えておけばよかったなぁ……。
そう思うとカナタさんはやっぱりすごい。
百人はいけるって言ってたもんな。
大規模討伐依頼でも、バフをかけ直すタイミングは多いはずだし……。
あれやこれやと考えながら、あたりを窺う。
館内は昨日よりはいくぶん落ち着きを取り戻していた。
食事は外でするらしく、俺たちは未だ起き上がれない人たちの間を抜けて、館を出る。
またバフをかけられたらいいけど、災厄のこともあって、今はそうすることができない。
――それがもどかしかった。
「……悪ぃな、お前に背負わせて。今は耐えてくれ、災厄をなんとかしねぇと、もっと被害が拡大するかもしれないからな」
グランの大きな手が、俺の肩に乗る。
俺ははっとして、首を振った。
「わかってる、大丈夫」
思いのほか、険しい顔でもしていたらしいな。
……さすが、俺たちのリーダー。
よく見てるのがグランらしいと思った。
館の前は広場……というか、置いてある荷物を見るに、訓練場になっているようだ。
壁で囲まれているけど、あの魔物はこんな壁なんでもない。
そのため、昨日同様、ここで魔物の警戒にあたるトレージャーハンターや中央治安部隊が巡回していた。
加えて、窓から見たとおり、空にはユーグル……ヤールウインドたちが羽ばたいているので、心強い。
その真ん中で、中央治安部隊と思われる同じ青い制服の男たちが配膳を行い、女性たちが何やら手続きの窓口をしていた。
「……あ、おーいハルト~」
暢気な声は、勿論ボーザックだ。
黒髪の大剣使いは、その小柄な体を目一杯に伸ばして手を振っている。
「配膳、もらっといたよ。グランも、これ」
「おう、ありがとな!」
「あぁ」
俺たちはボーザックからパンと乾肉を受け取り、邪魔にならないように陣取って座る。
考えてみたら、昨日の夜は食べていなかったから、いまさらになって胃がぎゅーッとなる。
俺は食事にかぶりつくと、ボーザックに眼で「それで?」と合図をした。
すでに食べ終わっていたボーザックは、肩を竦めてから話し出す。
「マルレイユ会長がね、トレージャーハンター協会本部の伝達龍を回収してきてくれたんだ。それで各国の王都や帝都に、今の状況を飛ばしたみたい。カサンドラの別の町にも連絡がいくようにしてあるって。……ただ、助けが来るとしても一カ月はかかるみたいだね」
「んぐ……そりゃそうだろうな」
パンを飲み込み、頷いてみせる。
どうやらグランたちは、俺が起きる前に彼女と話をしたらしい。
「俺たちのことも書いてくれるみたいなんだけど、ノクティアのタバナさんにも伝えるらしいよ」
「……ほはっ? げほっごほっ」
思わず、変な声が出て咽せた。
ボーザックは俺にお茶を差し出しながら、苦笑する。
「アイシャの商業の国、ノクティア王都ギルド長。トレージャーハンター協会と関わりが深そうだったし納得だよねー」
「……なるほどな、マルレイユ会長が繋がってたのか……確かに歳も近そうだよな」
お茶を飲み、パンを胃に流し込んだ俺は、タバナさんの姿を思い返す。
後頭部で団子にした白髪に、眼鏡。
ノクティア直前の国境の町にいるタバサさんとは双子で、性格はキビキビしたタバサさんとは正反対の穏やかそうな感じ。
……話を聞く限り、彼女はギルドの中心と言ってもいい存在のようだったし、ボーザックの言うとおり納得してしまった。
「とはいえ、援軍を待ってるわけにもいかねぇからな」
グランが、そこで言葉を紡ぐ。
「うん。それで、どう動くんだ?」
俺が応えると、グランは残りのパンの欠片を口に放り込んで、唸った。
「とりあえず、一度ユーグルたちと話をするぞ」
29日ぶんです。
腸炎で悶絶していました。
午後は落ち着いたけど、休んでいいと優しいお言葉を頂戴したのでうつらうつらしていました。
季節の変わり目ですから、皆様もお気を付けください。
いつもありがとうございます。




