再会はそのあとで。①
空には大きな緑色の怪鳥の群れ……ユーグルたちだ……が飛び交い、おそらく自由国家カサンドラ首都でまだ暴れている魔物の討伐に動いてくれているはずだ。
彼らが陽の光を遮ったことで、俺は皆がいると確信したのである。
「……よお、ハルト!」
むくり、と起き上がった巨躯の厳つい男、グランがにやりと笑う。
足元のサーディアスを一瞥した彼は、まだ炎の壁に包まれているほかの奴らへと視線を走らせた。
突然空から降ってきたふたりに、トレージャーハンターたちがぽかんとしている。
うわー、悔しいけどめちゃくちゃグッとくるぞグラン……!
「まあ、なんだ。聞きたいことはお互いあるだろうが後回しだ。ここにいる奴らは敵なんだな?」
「おう。……い、つつ。……マルレイユ会長、毒にやられた治安部隊を頼む。サーディアスが持ってる透明の液体が入った瓶が解毒薬のはずなんだ」
俺は腕に刺さった矢を抜いて捨てながら、グランに応え、マルレイユに声をかける。
「あ……ええ、そうですね。……とりあえず、ヒール!」
口を半開きにしていたマルレイユが、我に返ってヒールをかけてくれた。
「俺たちはひとりずつ相手するから、メイジ……あー、そう言わないんだっけ? トレージャーハンターは何人か手伝ってほしい」
言うと、炎の壁で血走った眼の奴らを足止めしているメイジたちが、それぞれ首を縦に振る。
……よし、やれる。
グランとボーザックと眼を合わせ、彼らが頷くのを合図に、俺は双剣を構えた。
「肉体強化、肉体強化、肉体強化、反応速度アップ」
バフを広げ、全員四重にする。
「持久力アップ、威力アップ!」
メイジたちにも、バフを。
ディティアとファルーア、フェンがいないのは気になったけど、別行動なのかもしれない。
とにかく、目の前の敵をなんとかしないとな。
サーディアスが縄でがっちりと縛られていくのを確認して、俺たちはそれぞれ走り出した。
俺の相手は、町人風の金髪の男。腕を斬られた借りは返してやるつもりだ。
メイジのひとりが俺の動きに合わせて杖を振り、取り囲んでいた炎の壁が一枚、かき消える。
「いくぞ――っ!」
「……シッ!」
ギィ……ンッ!
飛び出してきた男の一撃を、双剣で弾き返す。
今は肉体強化が三重だ。こいつに負けはしない。
「今度はこっちの番だ!」
踏み切って、両手を振るう。
まだまだ、何度も何度も何度も……!
しばらく受けていた男は、脂汗の浮いた眉間にしわを寄せ、小さく舌打ちをして距離をとる。
その足元に炎の玉が炸裂し、体勢が崩れたところで、俺はさらに間合いを詰めた。
「もらった! 脚力アップ!」
「……ッ!」
斬る……と見せかけ、俺は自分の反応速度アップをかきかえて、右足を振り抜く。
ドッ、と鈍い衝撃があり、蹴りが腹に直撃した男は数歩蹌踉めいた後、がっくりと膝をついた。
「……ッ」
ぎらぎらと光る、紅い眼。
血走った……と言うよりは、血、そのものが眼となったような。
明らかに、前に出会ったときよりも、症状は進んでいる。
「降参しろ、まだ間に合う」
大丈夫だっていう根拠はないけど、俺は話しかけた。
俺よりも年下に見えるその顔は、酷い。
頬が痩け、唇の端に血の混ざった泡を滲ませ、泥だらけ。
本来、誰かと旅をしていたかもしれないのに……。
男の右腕に力が入るのが見えた。足にも、ぐぐっと体重を乗せていくのがわかる。
俺は、ぎり、と歯を食い縛った。
届かない。俺の声は、こいつには。
悔しさと、強烈な怒りが、体の底から湧き上がってくる。
「ああアアアッッ!」
「このおおおおお!」
ゴッ……!
飛び掛かってくるそいつの顔を、俺の右の拳が思いっ切りぶっ飛ばす。
肉体強化が重ねられた一撃だ、本来力いっぱいに振り抜くのは間違っているかもしれないけど……こいつらは、別。
これくらいしないと、届かない。
声の代わりに、こうやって届けるしか、ないんだ。
「……しばらく眠ってろ! 血も相当出たし、俺のほうが絶対痛かったんだからな!」
地面をごろごろと転がって沈黙した男に、俺は盛大に文句を言って、踵を返す。
あとでサーディアスの顔を一発ぶん殴るくらいは許されるかもしれないな、と。
鼻息荒く思った。
******
トレージャーハンター協会本部。
サーディアスと、その取り巻きたちを全て黙らせた俺たちは、改めてそこに戻った。
縄で厳重に縛られ、金属の枷をつけ、猿ぐつわを噛まされたサーディアスは、未だ意識を飛ばしたまま転がされている。
「……町はユーグルたちがなんとかする。俺たちは『災厄』を追ってきた」
ごくり、ごくりと大きく喉を鳴らし、渡された水を飲み干してグランが言った。
広間にどかりと胡座をかいたグランの横、同じく腰を降ろしたボーザックは運び込まれた治安部隊の人々を見ながら、暗い表情だ。
本当は再会を喜びたい。
でも、今じゃないのはちゃんとわかってる。
俺はさらにその隣に座り、言った。
「それなら俺が見てる。……災厄の毒霧、ヴォルディーノ。サーディアスはそう言ってた」
「え、ハルト、まさか戦ったの?」
「ああ。でかいモグラみたいな魔物で、腹くらいまでが巨大な口。その中に紫のぶよぶよした袋があって、そこから……毒の、霧が」
ボーザックに答えながら、思わず、寝かされた治安部隊の人々を見る。
彼らの皮膚に、ぐるぐると巻き付く紫の蔦の痣は、やっぱり『増えて』いたんだ。
「……そうか。もしかしたらとは思ったが、そこの奴らは災厄にやられたのか……」
「……グラン」
「どうした」
「……ごめん、爆風も……俺を助けて毒にやられたんだ」
「……!」
グランとボーザックが、小さく……だけど確かに、体を震わせる。
俺は不甲斐ない思いでいっぱいのまま、項垂れた。
「サーディアスの持ってた解毒薬は飲んでる。……でも……」
「大丈夫ですよ、逆鱗のハルト」
「……え?」
柔らかな声だった。
顔を上げると、聞いていたマルレイユが、慈愛に満ちた笑みをたたえている。
「彼は大丈夫です」
本日分です!
昨日はすみませんでした。
いつもありがとうございます。




