閃くのは誰が剣か。①
「……」
サーディアスは微笑みを湛えながら、無言で俺を眺めている。けれど、ちりちりと首筋を撫でる殺気が漏れていた。
金色の髪は襟足だけ長く、首の後ろで結んでいるようだ。みるからに優しそうなぱっちりした蒼い眼には、長い睫毛。白を基調とした騎士のような服には、金糸で刺繍が施されている。
背は俺よりも少し低いくらいで、腰に挿しているのは太めの長剣だった。
どっかの嫌な騎士みたいな奴だな……余裕綽々な顔しやがって。
内心はそう思ったけど、俺はなんでもない風を装う。
俺はあいつを油断させるような話がなにかできないかと考えて、思い出した。
「……ドゥールトラーテ」
シエリアを暗殺しようとする奴らの合言葉。
サーディアスは器用に片眉を持ち上げて、不思議そうな顔をする。
「おや……協力者だったかな。僕から声をかけたわけじゃなさそうだけど」
「……」
「ふむ……その割には……」
中毒でもなさそうだ、とか、弱そうだ、と続きそうな台詞に、俺はすぐに言葉を被せた。
「粉」
「うん?」
「また、あの粉をくれ、紅いやつだ。俺は強くなりたい」
「……なるほど、飲んだことはあるんだね。災厄を退けるほどの力があるのは頷ける……か」
ひとり納得したようなサーディアスに、俺はゆっくりと、言葉を紡ぐ。
「……災厄ってのはなんだ?」
「さっきの魔物だ。君が退けたのだろう?」
「……ああ、あのモグラか。俺は強くなった。尻尾を切り裂いてやったよ」
両手を広げて、肩を竦めて見せる。
「あの剛毛を突破するか。……中々の逸材かもしれないね。いいよ、では僕に付いてくるといい」
「……待ってくれ。仲間がやられた。毒はなんとかならないのか?」
「ふむ……災厄の毒にやられたんだね。足元の人かい?」
「……」
頷くと、サーディアスはゆっくりと近付いてきた。
――まだ、警戒は解かれていない。
爆風のガイルディアによって研ぎ澄まされた感覚が、そう教えてくれる。
俺は双剣を握りたい気持を抑えて、唇を閉じたまま歯を食い縛った。
「これを飲ませておけば、動けるようになるはずだよ」
俺のすぐ横まできたサーディアスは、懐から小さな瓶を取り出す。
目の前まで差し出されたそれを、俺は凝視した。
試されている……と、直感が訴えてくる。
――中身は、透明な液体だ。
「……これは?」
「災厄からとった毒で作った抗毒剤さ。解毒薬みたいなものだよ。貴重な品だが、特別にあげよう」
「……」
俺は黙ってそれを受け取り、わざとサーディアスから視線を外す。
そのまま爆風の上半身を起こして、液体を口に流し込んだ。
皮膚を這う紫色の蔦が、心なしか太くなっているような気がした。
……もしこれが解毒薬ではなかったら。
そう思うと、恐ろしくて手が震えそうになる。
本当に解毒薬だったとしても、ほかの治安部隊の人たちもまだ残っているのに、今はなにもできない。
俺は唇をきつく噛んだ。
このあとはどうする。一番はこいつを拘束することだけど、まわりの奴らが厄介すぎる。なら、隙を窺って逃げるか?
瓶が空になりようやく見上げると、どう思ったのか、サーディアスは満足そうに微笑んだ。
「あとは放っておけばじきに起きるよ。では、粉のためにひと働きしてもらおうかな」
「……わかった」
俺は、隙を窺うことを選ぶしかなかった。
サーディアスは少し離れた場所を指さす。
「トレージャーハンター協会本部、あのドアが開かない。こじ開けるのを手伝ってくれるかい」
「……開かない?」
「厄介な人たちが立て籠もってるんだ。……おい」
サーディアスの声に、従っていたうちのひとりが前に進み出てくる。
俺はそいつを見て……眼を見開いた。
そいつも、息を呑む気配がある。
だぼついたズボンを履いた、見た目は町人の男。
……知っている。
こいつは、アルヴィア帝国の湿地を抜けた先で、シエリアを襲いにきた暗殺者だ。
「――!」
「……ッ、脚力アップ!」
そいつが踏み切るのと、俺がとっさにバフをかけるのはほぼ同時だった。
腕力アップは三重だったから、これで四重。
俺は爆風を抱えたまま、横っ跳びに飛んだ。
男の武器……右腕を覆う篭手から伸びた刃が、俺のいた場所を抉る。
「……バフ?」
呟いたサーディアスの表情が険しくなり、そのまま歪んだ笑みに変わる。
ぞっとするほどに醜い表情だった。
――ばれた。嘘をついていることが。そしてたぶん、俺が『誰』なのかも。
「速度アップ、速度アップ!」
額に汗が噴き出して、口の中が渇く。
俺は脚力アップと腕力アップをひとつずつ残し、爆風を担いだままトレージャーハンター協会本部へと走った。
これしかない、と、思ったんだ。
「開けてくれっ! 俺は『白薔薇』の……『逆鱗のハルト』だ!」
自分で名乗るなんてとんでもない――そう思ってる、今だって。
でも、それが俺であることの証明になるなら、迷わない。
「聞こえてるんだろ⁉ トレージャーハンター協会会長……!」
サーディアスは『開かない』と言った。
『厄介な人たちが立て籠もっている』とも言った。
いるんだ、そこに。
「頼む!」
――はたして、その扉は。
「入れ! 早く!」
開いた。
俺の目の前で、人ひとりが通れるほどの幅に。
「……あっはは、ははは! あーっははは!」
背中越し、サーディアスの狂ったような笑い声が響き渡った。
本日分の投稿です!
逆鱗さんのターンが始まります。
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