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逆鱗のハルトⅡ  作者:
198/308

閃くのは誰が剣か。①

「……」

サーディアスは微笑みを湛えながら、無言で俺を眺めている。けれど、ちりちりと首筋を撫でる殺気が漏れていた。


金色の髪は襟足だけ長く、首の後ろで結んでいるようだ。みるからに優しそうなぱっちりした蒼い眼には、長い睫毛。白を基調とした騎士のような服には、金糸で刺繍が施されている。

背は俺よりも少し低いくらいで、腰に挿しているのは太めの長剣だった。


どっかの嫌な騎士みたいな奴だな……余裕綽々な顔しやがって。

内心はそう思ったけど、俺はなんでもない風を装う。


俺はあいつを油断させるような話がなにかできないかと考えて、思い出した。


「……ドゥールトラーテ」


シエリアを暗殺しようとする奴らの合言葉。

サーディアスは器用に片眉を持ち上げて、不思議そうな顔をする。


「おや……協力者だったかな。僕から声をかけたわけじゃなさそうだけど」

「……」

「ふむ……その割には……」

中毒でもなさそうだ、とか、弱そうだ、と続きそうな台詞に、俺はすぐに言葉を被せた。

「粉」

「うん?」

「また、あの粉をくれ、紅いやつだ。俺は強くなりたい」

「……なるほど、飲んだことはあるんだね。災厄を退けるほどの力があるのは頷ける……か」

ひとり納得したようなサーディアスに、俺はゆっくりと、言葉を紡ぐ。

「……災厄ってのはなんだ?」

「さっきの魔物だ。君が退けたのだろう?」

「……ああ、あのモグラか。俺は強くなった。尻尾を切り裂いてやったよ」

両手を広げて、肩を竦めて見せる。

「あの剛毛を突破するか。……中々の逸材かもしれないね。いいよ、では僕に付いてくるといい」

「……待ってくれ。仲間がやられた。毒はなんとかならないのか?」

「ふむ……災厄の毒にやられたんだね。足元の人かい?」

「……」

頷くと、サーディアスはゆっくりと近付いてきた。


――まだ、警戒は解かれていない。

爆風のガイルディアによって研ぎ澄まされた感覚が、そう教えてくれる。


俺は双剣を握りたい気持を抑えて、唇を閉じたまま歯を食い縛った。


「これを飲ませておけば、動けるようになるはずだよ」

俺のすぐ横まできたサーディアスは、懐から小さな瓶を取り出す。

目の前まで差し出されたそれを、俺は凝視した。


試されている……と、直感が訴えてくる。


――中身は、透明な液体だ。

「……これは?」

「災厄からとった毒で作った抗毒剤さ。解毒薬みたいなものだよ。貴重な品だが、特別にあげよう」

「……」

俺は黙ってそれを受け取り、わざとサーディアスから視線を外す。

そのまま爆風の上半身を起こして、液体を口に流し込んだ。


皮膚を這う紫色の蔦が、心なしか太くなっているような気がした。


……もしこれが解毒薬ではなかったら。


そう思うと、恐ろしくて手が震えそうになる。

本当に解毒薬だったとしても、ほかの治安部隊の人たちもまだ残っているのに、今はなにもできない。

俺は唇をきつく噛んだ。


このあとはどうする。一番はこいつを拘束することだけど、まわりの奴らが厄介すぎる。なら、隙を窺って逃げるか?


瓶が空になりようやく見上げると、どう思ったのか、サーディアスは満足そうに微笑んだ。

「あとは放っておけばじきに起きるよ。では、粉のためにひと働きしてもらおうかな」

「……わかった」

俺は、隙を窺うことを選ぶしかなかった。

サーディアスは少し離れた場所を指さす。

「トレージャーハンター協会本部、あのドアが開かない。こじ開けるのを手伝ってくれるかい」

「……開かない?」

「厄介な人たちが立て籠もってるんだ。……おい」

サーディアスの声に、従っていたうちのひとりが前に進み出てくる。


俺はそいつを見て……眼を見開いた。

そいつも、息を呑む気配がある。


だぼついたズボンを履いた、見た目は町人の男。

……知っている。

こいつは、アルヴィア帝国の湿地を抜けた先で、シエリアを襲いにきた暗殺者だ。


「――!」

「……ッ、脚力アップ!」

そいつが踏み切るのと、俺がとっさにバフをかけるのはほぼ同時だった。


腕力アップは三重だったから、これで四重。

俺は爆風を抱えたまま、横っ跳びに飛んだ。


男の武器……右腕を覆う篭手から伸びた刃が、俺のいた場所を抉る。


「……バフ?」

呟いたサーディアスの表情が険しくなり、そのまま歪んだ笑みに変わる。

ぞっとするほどに醜い表情だった。


――ばれた。嘘をついていることが。そしてたぶん、俺が『誰』なのかも。


「速度アップ、速度アップ!」

額に汗が噴き出して、口の中が渇く。


俺は脚力アップと腕力アップをひとつずつ残し、爆風を担いだままトレージャーハンター協会本部へと走った。

これしかない、と、思ったんだ。


「開けてくれっ! 俺は『白薔薇』の……『逆鱗のハルト』だ!」


自分で名乗るなんてとんでもない――そう思ってる、今だって。

でも、それが俺であることの証明になるなら、迷わない。


「聞こえてるんだろ⁉ トレージャーハンター協会会長……!」


サーディアスは『開かない』と言った。

『厄介な人たちが立て籠もっている』とも言った。


いるんだ、そこに。


「頼む!」



――はたして、その扉は。



「入れ! 早く!」


開いた。

俺の目の前で、人ひとりが通れるほどの幅に。



「……あっはは、ははは! あーっははは!」

背中越し、サーディアスの狂ったような笑い声が響き渡った。



本日分の投稿です!

逆鱗さんのターンが始まります。

いつもありがとうございます!

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