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逆鱗のハルトⅡ  作者:
197/308

思惑の影には。⑨

紫色の霧は地を這い、広場を呑み込むほどの勢いで広がった。

魔物の姿も、すっかり覆われるほどの広範囲である。


俺は霧からほんの少し先に投げ飛ばされたお陰で、難を逃れていた。

俺のところまで広がる前に、紫色の霧は空気に薄れて消えていく。


茫然としていた俺は、そこで我に返った。

心臓は締め付けられるように軋み、ばくばくと鳴っている。

「俺が、なんとかしないと……」

俺はふうっと大きく息を吐き出して、両手で頬をばしりと叩く。


弱気になるな。考えろ、戦え!


跳ね起きるようにして立ち上がり、霧の中へ向けて大声を上げる。

「爆風っ……待ってろよ、なんとかするから!」

爆風は逃げれば間に合ったはずなのに、俺を助けるために自分が犠牲になったんだ。

聞こえているかはわからないけど、きっと待っていると信じて、俺はなにをすべきか考え始めた。


――爪に毒がある魔物だ、この霧が毒だということは容易に想像できる。

中にいるはずの爆風がすぐに走り出てこないのを見るに、即効性のものかもしれない。

なら、俺がやるべきことは、少しでも早く彼らを『そこ』から救出することだ。


なにか使えるものは……!

あたりを見回して、見つけたのは薄い木の板。

俺が両腕を伸ばしたくらいの幅があり、長さも申し分ない。


「腕力アップ、腕力アップ、腕力アップ……!」


俺は走りながらバフをかけ、板を掴んだ。

体は傷だらけであちこちが痛んだけど、気にしている場合じゃない。


「うおおおっ!」

気合を入れて、思いっ切り板を振るう。


ぶわあぁっ!


巻き起こる空気の流れが紫色の霧を吹き散らした。

どんな毒なのかわからないけど、薄まっていたことを考えれば、噴出されてからそう長くは毒性を保てないんじゃないかと考えたんだ。


思惑通り、空気の流れ……風が吹き抜けたあたりの霧が消えていく。


これなら……!


俺は力いっぱいに板で風を起こし続けた。


◇◇◇


数分はそうしていただろうか。

紫色の霧が、ようやく溶けてなくなった。


――残されたのは、地面に倒れ伏す人たちと、転がる小さな黒い魔物の亡骸。

もぐら型の魔物の姿はなくなっていて、おそらく土の中に潜ったんだろう。今はありがたい。


倒れた人は皆ぴくりとも動かず、足が竦むほどの異様な光景だった。


その中で、爆風もうつ伏せの状態で土の上に横たわっていて……自分の喉が、ゴクリ、と音を立てたことで我に返る。


「……っ、爆風! ……おい、おい!」

板を投げ出すようにして駆け寄ったけど……彼は、動かない。


「おい……ッ!」

その肩を掴んで仰向けにさせた俺は、言葉を失った。

固く閉じた眼と、歪められた口元。呼吸は弱いが、彼は生きている。


……でも。


その顔と、体……見えている皮膚という皮膚に紫色の痣ができていたんだ。

まるで、蔦のように絡みついた『それ』がなんなのか、俺にはわからない。


だけど、原因はひとつだった。

……さっきの毒霧。あれにやられているのだ。


「爆風、聞こえるか、爆風!」

何度も問いかけるけど、返事はない。


治安部隊の隊員たちも、同じように痣があるのが確認できた。

安堵のため息など出るはずもなく、焦りが思考を鈍くさせる。


とにかく、まずはどこか休ませる場所……それから、ヒーラーと医者を捜して……。


懸命に考えていたとき、突然、後ろから声がした。


「おや……ヴォルディーノが地面に潜ったから来てみたが……君がやったのかい?」


全く無防備だった俺は、情けないことに、びくりと肩を跳ねさせてしまった。


場違いな、言うなれば爽やかさを纏った明るい声。

けれど、俺はなぜかその声音にゾッとした。

――なんだ? この、嫌な感覚。


ゆっくりと、振り返る。


そこには、血走った眼を爛々と光らせる者たちを数人従えた、若い男がいた。

男以外は間違いなく、血結晶の粉を服用している奴らだ。


「まさか『災厄の毒霧ヴォルディーノ』がやられるとは思っていなかったな。思惑が外れるとは、僕も少し戸惑っているよ」

発せられた言葉に震えそうになるのを、手を握り締めることでなんとか堪える。

『災厄』。……こいつは、そう言った。


体の芯が、すうっと冷たくなっていく。

思い当る奴は、ただひとりだった。


「お前……誰だ?」

確かめるために紡いだ声は、乾いて掠れる。


若い男は、ふふっと笑った。


「やあ、僕を知らないってことは、ほかの国から来たのかな? 見たところトレージャーハンターのようだね、それなら聞いたことはあるかもしれない。初めまして、僕は『サーディアス』だ」


やっぱり、としか思わなかった。

驚きよりも、怒りのような感情が駆け巡る。


白薔薇の皆は、どうした? と。聞きたい気持ちが湧き上がってくるけど、俺は足元の爆風に視線を這わせ、唇を噛み締めた。


サーディアスの後ろに控えた奴らはそれぞれが武器を持ち、指示があれば一斉に攻撃を仕掛けてくるだろう。

ここでそれをされたら、倒れた爆風たちを巻き込んでしまう。


慎重に対応しないと。

今それができるのは、俺しか、いないんだから。



GW最後の投稿になりそうです。

来週からは平常運転にもどります!


いつもありがとうございます。

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