思惑の影には。⑧
状況を聞くと、地響きとともに突然出てきた魔物を討伐するため、彼らはすぐに集まってきたんだそう。
ただし見たとおり全く歯が立っていなく、魔物がゆっくりと脚を持ち上げて歩き出そうとするのを、治安部隊が回り込んでけん制し、魔物が止まるっていうのを繰り返していたようだ。
今いるのは広場になった場所で、魔物の近くには大穴が開いていた。
整備された道が陥没し、今や魔法で黒焦げになった植物がぶすぶすと燻っている。
向こう側にはトレージャーハンター協会の看板が見えるけど、どういうわけかここにいるのは青い制服の治安部隊だけ。
まさか、戦闘専門のトレージャーハンターはいないとか? いや、そんなわけないよな。
小さな黒い魔物たちを討伐しているのだろうか。
町中からあがる煙は、小さな黒い魔物が起こしたものだろうし。
ちょうど昼過ぎだし、火を使っていた店なんかはたまったもんじゃなかったはずだ。
爆風は黙ってもぐら型の魔物を眺めていたけど、やがてつま先を地面にとんとんと打ち付けてから、双剣をくるりと回した。
「鼻先、爪の間、尻尾のような部分と……腹だな。とりあえずそこを突いてみよう」
「爪、毒があるって言ってたぞ」
「触れなければどうということはないだろう?」
「ああ……そう」
俺は首を竦め、爆風にまだバフがかかっているのを確認して、もうひとつ投げた。
言うからにはできるんだろうけど……思わず呆れる。
「肉体強化! ……駄目なら腕力アップに切り替えてみる」
これでバフは肉体強化が三重に肉体硬化が足されて四重。
どうにかして剛毛を強行突破したいところである。
「いいだろう。……ふっ」
爆風が短く息を吐いて走り出した。
俺は自分も双剣を構えながら、少し離れた位置で魔物の様子を探る。
考えてみたら、もぐらに似ているわけだから……眼が退化してるんじゃないか?
俺たちの位置が見えているのか、それともなにか違う方法で位置を認識しているのか……それがわかればいいと思った。
眼があればそこは柔らかいかもしれないしな。
爆風はまず後ろに回り込み、尻尾を突くことにしたらしい。
魔物は短めの太い脚が俺の胸くらいまであって、体は俺が見上げるほどもあった。
尻尾はその先端にちょこんと……まあそれでも俺と同じくらいの長さはありそうだけど……飛び出している。
毛は生えているけど、薄い可能性はありそうだな。
どうやって狙うのかと思ったけど、なんのことはない。
爆風は双剣をいったん収めると魔物に飛びつき、その剛毛を掴んですいすいと登っていった。
肉体強化バフが重ねてあるし、確かに楽にはなっているのかもしれないけど……驚異的な速さである。
俺でも登れるかもしれないけど……ぴったり付いていくことはできないだろう。
「……おお」
杖を構えていた治安部隊の男が、感嘆の声をこぼす。
俺は苦笑して、爆風が尻尾を突くのを見守った。
やがて、爆風が双剣を二度、振るう。
尻尾はその反動で大きく跳ねたが……それだけ。
魔物は体を大きく動かすことはない。
「逆鱗、腕力アップとやらに変えてもらってもいいか」
「わかった。腕力アップ、腕力アップ、腕力アップ、もういっちょ、腕力アップ!」
魔物の上から爆風が言ってきたので、俺は迷わず四個全てを腕力アップに書き換えた。
「よし、ではいくぞ」
爆風がもう一度双剣を振り上げて、刃が閃く。
ズバァン!
「やった!」
尻尾の根本を、爆風の双剣が半分ほど切り裂いた。
俺が思わず拳を振り上げたところで、治安部隊からも歓声があがる。
ところが、予想外のことが起こった。
鳴き声らしいものすら聞こえないけど、よほど痛かったのだろう。
魔物が後ろ脚でゆらりと立ち上がったのである。
「爆風!」
「心配はいらん」
彼は颯爽と飛び降りて、こっちに戻ってきた。
「もう一撃で斬り落とせそうだ。……む」
爆風が身構える。
俺は魔物の動きに、息を呑んだ。
顔と思しき場所、その口が上下に開いていく。
開いていくが、それが異常だった。
体の真ん中ほどまでが、巨大な、巨大な口だったのである!
「う、うあ……」
思わず、身を引く。
口の中は紫色でぬらぬらと光っていた。
びっしりと並ぶのは、例えるならイボだ。
そして、そのイボが一斉に震えたかと思った、瞬間――。
ボシュワアアアアァッ!
紫色の、霧のようなものが。
一気に放出され、ものすごい勢いで広がって。
「逆鱗ッ、跳べ――!」
硬直していた俺は突如、首根っこを引っ掴まれ、遠くへとぶん投げられた。
そうしたのはもちろん、腕力アップで強化された、爆風のガイルディア、その人だ。
「……っ、爆……うぐっ……」
地面を転がった俺の視線の先。
紫色の霧が、彼を、治安部隊を、あっという間に呑み込んでいく。
「あ……あぁ」
――俺は、その様を、茫然と見ていた。
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