思惑の影には。⑦
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首都の内部は大混乱に陥っていた。
逃げ惑う人、泣き叫ぶ人、誰かを呼ぶ人……様々な人々と出会い、すれ違い、ときには同じ方向に走ることさえある。
道もわからない町で闇雲に走っても仕方ない。俺たちはとりあえずの目標をトレージャーハンター協会に定めていた。
煙でうっすらと白く煙った街並みの中、商売道具をなんとかかき集めて馬車で移動しようとする商人たちは渋滞を起こし、罵声まで飛び交う始末。
なにが起こっているのかは、彼らの会話からは聞き取れない。
「トレージャーハンター協会はどっち? 俺たち、トレージャーハンターなんだけど!」
途中、比較的落ち着いて見える男性に声をかけると、彼は首を振った。
「やめておけ、中央付近が一番危険だ」
「中央……?」
聞き返すと、男は油断なくあたりを窺いながら、今度は何度も頷く。
「そう。中央付近に協会本部がある。俺はそっちから逃げてきたんだよ!」
「な、なにがあったんだ?」
「地下だ。地下から、でかいモグラみたいなやつが急に出てきた。ちっこい奴らも蟻みたいにわらわらと湧いてきやがった! ……それで、あんたたちはどっちから来た?」
男性はやはりほかの人よりは冷静に物事を見ているようだ。
周りに流されず、安全な道を探しているのがわかる。
爆風は今来た道を指差した。
「……俺たちはおそらく西門から入ってきたところだ。ソードラ王国から街道を一直線に来た」
「そうか! なら西門で間違いない。そっちは安全ってことだな?」
そう言った男に、爆風はゆっくりと首を振る。
「いや、そっちにも小さくて黒い赤子のような魔物がたくさんいたんでな、蹴散らして入ってきたんだ」
「なんだと?」
「ただ、そいつらも首都に戻っていった。今なら、あるいは」
「……そうか。賭けてみるしかねえな……俺は行く。悪いことは言わねぇ、中央には行くなよ」
「忠告、感謝する」
男は最後ににやりとしてみせると、走っていった。
荷物をほとんど持っていなく、彼は自分の命を優先しているのがわかる。
渋滞を起こしている馬車の商人たちは、商品を置いていくことができないのだ。……万が一商品がなくなってしまったら、彼らは生きられないのかもしれない。
そこに、自由国家カサンドラに生きるものたちの思惑を感じずにはいられなかった。
◇◇◇
――中央へ。
モグラみたいなやつと男性は言っていた。
それがいったいなんなのかはわからないけど、度々響く爆発音と、びりびりと伝わる振動から、未だに戦闘は続いているんだろうと予想できる。
俺は時折バフを上書きして、爆風とふたりで走った。
大通りには馬車と人がひしめき合っているため、知りもしない裏路地をひたすら駆け抜ける。
しかし、何回か行き詰まり、とうとう爆風が立ち止まった。
半分息があがっていた俺は、必死で呼吸を整える。
「……面倒だ。逆鱗、提案がある」
「……提案?」
「脚力アップを三重にして、着いてこい」
「……うわぁ」
嫌な予感しかしないけど……やるしかない。
迷子になって時間を潰しているよりは、おそらく、きっと、マシなはずだ。
「脚力アップ、脚力アップ!、脚力アップ!」
今かかっているバフを全て脚力アップに。
爆風は、ふっ、と息を吐き出すのと同時に跳躍した。
……近くの、屋根に向かって。
「あぁーっ、くそ」
俺は思い切り膝を曲げ、爆風を追って踏み切る。
ディティアもそうだけど……この風たちはどうしてこういう無茶するんだろうな。
「よし、いいぞ!」
屋根伝いに速度をあげて走る爆風には応えず、俺はとにかく必死で後を追う。
目指す方向には、またもや火柱が上がった。
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「いくぞ!」
「……ちょ、おい! 肉体強化、肉体強化、肉体硬化!」
巨大なモグラ型の魔物と対峙する数十人のもとへと辿り着いた俺たちは、その討伐に加勢すべく、一気に屋根から飛び降りた。
ついでに魔物に一撃加えるため、爆風は白と黒の双剣を閃かせる。
俺は先に着地して、魔物の動きを注視。
急に屋根から現れた俺たちに一瞬ざわついた人たちだったけど、すぐに増援だと理解してくれたようだ。
魔物を引き付けるのにひと役買ってくれた。
「ハアァッ!」
気合一閃、双剣がその背に突き刺さり、切り裂いたかに見えた。
……しかし、魔物は痛みを感じないのか、はたまたそのわさわさと密集した太い毛が硬いのか、全く動じない。
「……肉まで刺さった感触はなかった、毛の層がかなり厚い」
言いながら着地する爆風に、俺は頷いてみせる。
さっきから爆発が起こっていたはずなのに、目の前の魔物は傷ひとつ見当たらない。
たぶん、あの毛には魔法耐性もあるんだろう。
「ハンターか? 助かる」
声をかけてきたのは、制服のような青っぽい服に身を包んだ男性だ。彼の近くには同じ制服の人たちがいる。
「……治安部隊ってやつか?」
爆風が聞くと、男性は魔物に注意しながら、「そうだ」と答えた。
……魔物は、茶と黒の中間色のような暗い色の太い毛でびっしりと覆われている。
顔も鼻先も毛がびっしりのため、眼や口がどこにあるかもわからない。
太くて短い四本脚の先にはするどい爪があり、これなら地面を掘り進めるのかもしれないと考えた。
その足元には例の黒い魔物が大量に転がっている。
「動きは遅い。爪には毒があるようだ、気を付けてくれ」
男性はそれだけ言って、さっと左手を振る。
集まっていた部隊が散開し、各々の武器を構えた。
魔物はその間もゆっくりと頭を巡らせていて、どれを獲物にしようか考えているようにも見える。
俺は杖を構えた男性に問いかけた。
「足元の魔物はあれで全部か?」
「あらかた片付けたが、突然増援が来ることがある。おそらく、町に散らばった奴らを呼び戻しているんだろう」
「……わかった。爆風、あの毛、突破できるか?」
「ふむ、肉体強化をもうひとつ。とりあえずそれで試してからだな……なにか弱点はあるのか?」
爆風が言うと、男性はちょっと困った顔をしながら、とんでもないことを言った。
「いや……わからなくて苦労している。君たちならわかるんじゃないのか? 俺たち治安部隊は『対人専門』でな……」
「……は、はあ!? 対人専門って、なんだよそれ!」
俺は思わず、大声をあげてしまった。
本日分の投稿です。
GWの予定が少し出たので後程活動報告をあげます!
いつもありがとうございます。




