思惑の影には。⑥
俺たちが戦っている間に、逃げてきた人々はかなり距離を稼げたようだ。
振り返り、彼らが無事なことを確認した俺は、バックポーチの応急処置用品を使って、思いのほかぱっくりいっていた傷に急いで包帯を巻いた。
治癒活性はこの後も戦闘があるだろうことを考えれば今は使えないからな……。
それから爆風とふたり、輸送龍に跨がる。
輸送龍は目立った外傷もなく、ピンピンしていた。
あの速さでずーっと走れるんだ……これっぽっちじゃ動じないのかも。今は心強いばかりである。
そう思いながら、輸送龍を走らせようとして……。
「……うわっ」
「逆鱗!」
跳ねた輸送龍から、体が浮いた。
がしり、とベルトが引っ張られて、足が鐙にしっかりかかる。
「……っ!」
冷や汗が噴き出して頬を伝った。
爆風が気付いて俺を掴んでくれなかったら、投げ出されていたかもしれない。
『ピュウイッ?』
驚いたらしい輸送龍が、着地と同時に一度動きを止めてくれたんだけど、俺はその反動で尻を強打した。
「いつっ……い、いや、ごめん。ちょっと踏ん張りが利かなかったみたいだ」
痛みを堪えながら半泣きで応えると、爆風がため息をつく。
「さすがに肝が冷えた……仕方ない、徒歩で……」
『ピューウィッ』
「む……?」
「あれ? おい、どうした?」
なにも指示していないけど、ゆるゆると輸送龍が歩き出す。
それはやがて小走りになり、さらに速くなった。
景色が流れ、空気を切り裂くその走りは、跳ねることなく、どっしりとした安定感がある。
「お前……」
思わず呟くと、輸送龍は『フーッ』と鼻息で答えてくれた。
わかってやってくれてるんだ。
馬よりも安定した走りっぷりかもしれない。
「ほう、こんな走り方もできるのか。……しかも状況を理解しているようだ。実はかなり頭のいい魔物なのだろう」
「うん……驚いた」
「そうだな。乗せてみて初めて学習したんだろう」
「とりあえず、助かる……ありがとな」
俺は輸送龍を誉めて、首元をとんとんと叩いた。……そこでふと気付く。
「でもこの速さってさ、魔物に追い付いちゃうんじゃないか?」
「む……そうだな、そのときは後ろから片付けるしかないだろう」
◇◇◇
饐えた臭いを鼻に感じるようになり、首都の入口がはっきり見えてきた頃、魔物たちに追い付いた。
俺と爆風で後ろから魔物を屠り、ときには輸送龍が襲いかかることで、かなりの数を仕留める。
それでもこちらに見向きもしないのは、ちょっと気味が悪いけどな。
……首都は三階まではあろうかという外壁でぐるりと囲まれていて、中の様子はわからない。
炎上は収まるどころか広がっているようで、外壁の外だっていうのにだんだん視界も悪くなってくる。
仕留めきれなかった魔物たちがキイキイ言いながら首都へと飛び込んでいくのを見送って、俺は輸送龍を止めた。
「このまま突っ込んだら、煙で前が見えないかも」
輸送龍が突っ込むことで事故にならないとも限らない。
爆風は頷くと、輸送龍に言った。
「ここにいるとお前が巻き込まれる可能性もある、カンナのところに戻れるか」
輸送龍は頭をぐるりとこちらにむけて、鼻を鳴らす。
「当然だって言ってるのかも」
俺はそう言って、輸送龍から降りた。
……ここから先は、もっと気を引き締めないとならない。
なにが起こっているのか全くわからないままだっていうのが不安を煽るけど、俺は行かなくちゃならないんだ。
少なくとも、魔物がいるのはわかっている。
「どこかはわからないけど、トレージャーハンターと……もしかしたら治安部隊ってのが魔物と戦ってるかもしれないから、まずは合流しよう」
「うん、いいだろう。協会会長を確保することも考えておく必要があるぞ……これがサーディアスとやらの思惑であれば、会長も排除されかねん」
「……確かにそうだな、会長はサーディアスにとって邪魔な動きをしているはずだし……」
この炎上もサーディアスが起こしているのなら、『そこ』にいるのは……災厄かもしれない。
確か、アルヴィア帝国の研究都市ヤルヴィで見せてもらった研究結果では、自由国家カサンドラの首都とユーグルがいる場所の間に『地殻変動』の印があった。
だから、皆と一緒にユーグルの元へと向かったサーディアスが災厄を連れてくることは時期的に可能だ。
俺は唇を噛んだ。
――なら、皆はどうしてるんだ……?
サーディアスがここに……災厄と一緒にいるとしたら。
「……肉体硬化、肉体強化、反応速度アップ」
俺はバフをかけなおし、意識を切り替えた。
信じるって決めてある。
だから、大丈夫だと。
29日分です。
遅くなりました!
どうぞよろしくお願いします!




