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逆鱗のハルトⅡ  作者:
189/308

思惑の影には。①


「俺たちとほぼ同じ速さでここまで来ていたようだな」

男の足がぼろぼろになっているのをちらと見て、爆風が低い声で唸る。

俺たちと……つまり輸送龍と同じ速さということは、男の持つ異常な脚力で昼夜問わず走ってきたのかもしれない。


靴はすり切れたのか履いてなく、傷だらけの足が晒されているにもかかわらず、目の前の男はなにも感じていないようだった。


……いや、もう感じないのだろう。

まるで心臓のような『血結晶』が、闇の中ちらちらと瞬く。


……吐き気がする。


「……もう、ゾンビになってる」

呟くと、爆風は頷いて白と黒の双剣をくるりと回した。

「この状態でも強化されているのだろう?」

「……うん。少なくとも、武勲皇帝のときはそうだったと思う」

「ならばここで仕留めるぞ。被害が出ているかもしれん」

「ああ」


俺はすぐにバフを練った。

……今かかっているバフは、肉体硬化の二重に、念のための精神安定を足した三重だ。


こいつの脚力に対抗するには、速さがほしい。力はそこまでないはずだけど、脚力が異常なので硬化は残すことにする。

「いくぞ! 速度アップ、反応速度アップ」


精神安定を速度アップで上書きし、反応速度アップを足して四重に。

俺と爆風はほぼ同時に踏み切った。


男の装備は革鎧と長剣だ。抜き放たれた剣は汚れているようにも見え、人の血でないことを祈った。


「いいか逆鱗、足を絶つ!」

「……わかった!」


爆風は体を低く保ち、疾走する。

俺よりずっと速い爆の冒険者の背を追いながら、俺は自分の遅さに唇を噛む。


『……おおオォォォ!』

吼えるゾンビに、爆風が接近していく。

ゾンビは、次の瞬間、迫る爆風に向けて踏み切った。


「避けろ逆鱗!」

「なっ……うぉわっ!」

爆風が身を捻って躱し、そのままの勢いでゾンビが俺のところまで『跳んで』くる。


突きの形に構えられた汚れた切っ先が、俺のすれすれを通って抜けた。


「よ……避けるなら言えよ!」

思わず怒鳴って、ゾンビに向き直る。

冷や汗が噴き出し、俺は双剣を握り直した。


……くそっ、こんなところでやられるわけにいかないってのに!


少し離れた場所に着地し踏鞴を踏むゾンビの体が、こちらに振り返ろうと揺れる。

その瞬間には既に爆風が肉迫していた。


俺は咄嗟に魔力を練り上げる。

余計なことを考えずにすんだため、魔力はすんなりと俺の意図するものに変化した。


『オアアアァァ!』

振り返りざまに絶叫が響き、鼓膜がびりびりする。

けれど、俺は大きく開け放たれた口を見逃さなかった。


「肉体弱化!」

デバフが、魔物と成り果てた男の体内に飛び込む。


「ハアァッ!」


ザンッ……!


爆風の双剣が閃いて、ゾンビの足を切り飛ばした。


どさりと地面に倒れかけてもなお、ゾンビは手を突いて耐えた。

足はうまく動かなくなっているはずだけど、そのまま、握った長剣を振り抜く。

後ろに跳んで躱した爆風の横、駆け寄っていた俺は一気に踏み切った。

長剣を振り切った体勢になったゾンビの胸元、無防備になった血結晶が、脈打つように光っている。


「おおおっ! もらったあぁー!」


ガキィインッ!

俺の双剣が、そこを穿つ。


――砕かれて飛び散る紅い石が闇に溶けて……ゾンビは沈黙した。


******


「うぅ」

「起きたか、カンナ」

爆風に声をかけられたカンナは、自分が荷台の後ろに横たわっているのに気付く。

体を起こすと、頭がズキズキと痛んだ。

「……なにが……」

「魔物に遭遇して輸送龍が暴走、君は頭を打ったようだ。魔物は討伐済みだから安心するといい。今日はこのままここで休む」

「……」

訝しげな顔をするカンナに、爆風は肩を竦めただけ。

外ではハルトが焚き火をしているらしく、その灯りがこぼれている。

静かな夜の空気が荷台の中まで満ちていて、息を吸えば、草の香りが肺をいっぱいにした。


「……輸送龍は大抵の魔物は畏れない」

カンナはぽつんと言葉をこぼすと、そのまま横になる。


……確かに見たのだ。闇の中、紅い光を抱いた人影を。

それなのに、あれが魔物だと?


彼等を自由国家カサンドラへ運ぶと決めたのはトレージャーハンター協会会長だと聞く。

それだけの仕事を、彼等が請け負っているということだ。

カンナは輸送龍の長距離運用試験をするために今回の仕事をすすんで請けたが、今さらになって、心の奥底になにか不信感が芽生えたのを感じた。


――こいつらはなんだ?


思わずちら、と覗うと、自分を見ている爆風と眼が合ってしまった。

思ったことが見透かされそうなほど透き通った琥珀色に光る眼に、カンナは息をとめ、なんでもないように装って寝返りをうつ。


体は、酷く冷えていた。


「……少し寝る」

「そうか。……では俺と逆鱗で外を見張ろう。今日はゆっくり休むといい」

「……」

声は渋くて低く、耳に心地良い。


それでも、カンナは爆風から見えないように唇を噛んだ。

なにか隠されているのだと、気付いてしまったから。


本日分の投稿です。

いつもありがとうございます!

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