輸送は慎重に。⑤
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輸送龍の馬車……考えてみたらこれって龍車なんじゃないか……での旅路は、速さだけなら素晴らしいものだった。
けれど、全体的に見ればかなりの拷問である。
俺たちはそれでもなんとか耐えながら、大きな問題もなく半月ほどを終えていた。
自由国家カサンドラまでの道程は、ほとんど草原だ。
その間を縫うようにして街道がずっと続いているため、道中の村や町で補給をしながら進む。
さすがに輸送龍を連れては入れないため、カンナは基本的に外で待機だった。
付き合ってくれているのにあんまりなんで、たまにお菓子や特産品を差し入れると、彼女は口数少ないながらもお礼を言ってくれる。
……うん、ちょっと打ち解けてきたのかもな。
◇◇◇
輸送龍は相当な体力と強靱な脚を持ち、それこそ休まなくてもいいんじゃないかと思うほどだけど、俺たちはそうはいかない。
休みなく行けるのならそうしたい……が、体が付いてこなかった。
「さすがに、ベルト部分が痛むな」
途中の休憩で、爆風が苦笑する。
……そうなんだよな、固定用のベルトは鎧の上からしてるぶんには大丈夫なんだけど、腰の部分とか、直接服に当たる部分はかなり擦れて肌も傷になっていた。
まあ、バフかけてるぶんマシではあるんだけど。
少しでもなんとかしようと、座席に丸めた毛布を置いたり、ベルト部分に布を挟んでみたりと工夫は凝らしている。
カンナも改良が必要な箇所を事細かに紙へと綴っていた。
「弾んだ後の衝撃を和らげるのが最優先だな。そもそも弾ませないようにすることができればいいが」
「ベルトのための専用革鎧とか作ろうぜ、絶対に肌に当たらないようにしてほしい」
「あとは車輪の強度か。かなり強くしてあるようだが、半月でそれなりに消耗しているぞ。そう頻繁に取り替えるものではなかろう?」
「そういえば輸送龍に繋ぐ鞍とか鎖も傷んでなかったっけ」
口々に話す俺たちに、カンナは肩を竦める。
「一台が、かなり高級になるだろうね。……人でも荷物でも、輸送は慎重さが必要だ」
それには、俺たちも首を竦めるしかない。
進めているトレージャーハンター協会には悪いけど、今のままでの実用化は絶対に無理だ。
――でも。俺はこいつらに感謝しないとならない。
馬に乗って二~三カ月の距離を、約一カ月。
それは、願ったり叶ったりだから。
皆がどうしているかわからない以上、俺は急ぐしかなくて。
サーディアスとかいう、シエリアを暗殺しようとし、かつ災厄に関わっているであろう男なんかに皆は負けないはずだ、と信じることが、最善だってわかっていた。
「……そろそろ行くぞ」
爆風が立ち上がり、土を払う。
俺は頷いて同じようにしてから、伸びをした。
疲れと痛みで緩んだ気持ちを、しっかり引き締めないと。
「……そういえば、例の遊びやらなくなくなったな」
ふと気付いて言うと、爆風はにやりと笑う。
「うん、そんなにやってほしいなら続けるぞ? ……まあ、殺気に対する反応は上々になったからな。次は戦闘力を鍛える」
「え、本当か? 俺、反応よくなった?」
「嘘を言ってどうする」
「……」
俺は爆風と一緒に席につき、ベルトで固定しながら、そわそわして眼を逸らす。
おお、なんかちょっと嬉しいかも。
すると、一足先に体を固定し終えた爆風が、ふふっと鼻先で笑った。
「本当にわかりやすいな、お前は」
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暗闇の中、松明を掲げて街道を走る。
月明かりでそれなりに見通せるものの、魔物の気配が濃くなるのが夜だ。
昼夜問わずたまにすれ違う人々もいるが、たいてい最初は武器を構えているので、やはり異様な光景なんだろう。
俺たちが人間だとわかって、強張った顔が安堵で緩むのを何回も見かけた。
そんな中、今日もカンナの「誰かいる」という声を聞く。
――普段はその横をガッコンガッコンいいながら物凄い速さですれ違うんだけど、今日は違った。
『ピューゥイッ』
『ピュイッ、ピュイッ』
けたたましいけど可愛くもある鳴き声……輸送龍のものが響いたと思ったら……。
「うぉぁあっ!」
「くっ、おおっ?」
ガガガガッ!
……突然、輸送龍を基点に馬車が激しく左回りに振られて、体が軋んだ。
ひっくり返りこそしなかったが、街道とほぼ垂直になるような向きで馬車が止まる。
俺と爆風はすぐに固定用のベルトを外し、飛び出した。
「カンナッ! 大丈夫か!」
爆風が声をかける。
カンナは席に固定されたまま、意識を失っていた。
おそらく、振り回されたときに自分を囲むように設置された衝立に頭を打ったんだ。
『ピュウイッ!』
前脚で何度も地面を掻きながら、激しく鳴き交わす輸送龍。
鼻息荒く頭を上下に振る様に、異様なものを感じる。
……なんだ?
思わず、双剣を抜き放つ。
威嚇しているのか、それとも怯えているのか。
闇の中、輸送龍が見ている方向へと視線を走らせ、俺は息を呑んだ。
――紅い光。
どくん、どくんと脈打つように明滅する『それ』。
俺は、乾いた声をこぼした。
「ば、爆風……」
「ほう、こいつは……」
ゆら、ゆら、と揺れる体。
どうして、こんな……。
そこにいたのは、胸に紅い石を埋め込まれ、自分を亡くした男。
何故かは、わかっていた。
わかっていたし、俺は男を知っていた。
災厄の破壊獣がいる洞窟、そこで逃がした『跳ぶほう』の男だったのである。
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