輸送は慎重に。④
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「うぐっ、いてっ! ちょ、まっ……おおわあぁ!」
「こっ……れはっ……ははは、きついな!」
とにもかくにも、一刻を争うからと、俺たちの馬を引き取ってもらってろくな説明も聞かずに出発したのは、きっと間違いだったんだ。
輸送龍は直に乗るのではなく、荷馬車を引かせる形での実用化が進められていたんだけど、これがもう、酷い。
今回は俺と爆風、飼育をしている女性の三人で移動することになったんだけど(彼女の代わりの飼育係は既に手配済みだったんだよな)、想像を遥かに越えていた。
揺れる、とか、そんな可愛いもんじゃないんだ。
――弾む。馬車が。……にもかかわらず、輸送龍のために造られた馬車、これ自体も試作段階だというから恐ろしい。
黒塗りにされた箱形の荷台を三頭の輸送龍に引かせるんだけど、まず御者が座る場所が外側にひとつある。その後ろ、屋根付きのしっかりした荷台の中は、食糧など荷物を積む場所と、三人掛けの椅子部分に分けられていた。
椅子部分は左右と正面に窓が取り付けられていて、外と御者の様子を確認することができる造りだ。
……何故か座席全てに、体を固定する紐がついてるなーとは思ってたんだよな。
腰のあたりに一本と、胸元で交差させる二本ある。
御者が座る椅子に至っては、それ以外にも体の左右に衝立があり、ほぼ身動きがとれなくなってしまうような感じだ。
馬車がどうにかなったら、そのときは馬車と運命を共にすることになるのだろうと思う。
まあ、かといって、固定してなければ御者は放り出されてしまうだろうし、三人掛けの椅子は体中を打ち付けて大怪我をするかもしれないけど。
とにかく、固定している今でさえ、体中が……主にお尻のあたりがものすごく痛いのだ。
ついでに言えば、紐……ベルトのようなもので固定した箇所が、食い込んだり擦れたりしてやばい。
俺はたまらなくなって、悲鳴と共にバフを練りあげた。
「にっ、肉体硬化! 肉体、硬化っ、精神安定!」
「む……痛みはある、が、マシになった……かっ?」
俺と一緒に弾む爆風が、安堵したような声を途切れ途切れに発する。
すると、俺の前からも声がした。
「へえ、なにこれ。中々やるね、あんた」
御者の席に座るのはもちろん飼育をしている女性だ。
彼女はカンナという名前で、飼育を初めてもう十年以上になるらしい。
輸送龍の扱いには慣れているみたいだけど、それでも長時間の馬車移動は初めてとのこと。
あまり喋るのは得意じゃないから、と先に断りがあった。
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確かに馬とは比べものにならない速さを誇る輸送龍たちは、三頭が揃って跳ねるように駆けていく。
それに引きずられる馬車は、ちょっとしたでこぼこでも恐ろしいほどに弾み、ギシギシと軋んだ。
ガガガガッ、ガコッ、ガッターン! と、激しい音は随時流れているので、俺はいつしか気にもとめなくなった。
もう、なるようになーれ。
そんな感じで、夕方まで。
ようやく、輸送龍たちの脚が止まった頃には、体中ががっちがちになっていた。
首とかめちゃくちゃ疲れてるよ……。
草原のど真ん中、木が一本立っていて、その根元が今日の休憩場所だ。
草の背は高くなかったので見晴らしもいい。
「い、てて……」
とりあえず地面に座ると、どういうわけか今も揺れているような感覚に襲われる。
「うん、揺れをどうにかする改良が必要だな、カンナ」
爆風は笑いながら、輸送龍の様子を見ているカンナに話しかける。
「そうだね。……輸送龍は問題ない」
カンナは三頭の鼻先を両手で目一杯に撫でると、今度は荷台の後ろから色々出し始めた。
「あ、手伝うよ」
「なにが必要だ?」
きっと一番疲れているのは彼女だ。
俺と爆風は、慌てて立ち上がった。
◇◇◇
「とりあえず、今日はまだ初日だから短めに走った。馬車自体も今のところは異常はない。……簡単な修理器具と、調理器具、薪、食糧、水は積んである」
火を起こし、スープを作った俺は、説明してくれたカンナにそれを渡した。
輸送龍たちはその辺の草でも十分に満足できるらしく、思い思いに食んでいる。
……土ごといってるように見えるけどいいのか、あれ。
じっと見ていた俺に、輸送龍も気付いたようだ。
眼が合うと、俺に向けて、突然プッとなにかを吐き出した。
「うわっ!」
真横に飛んできたそれは、べちゃりと地面に張り付く。
……なん、だ、これ。噛んで柔らかくした、草と泥の塊……?
呆然と見ていると、カンナがフフッと笑う。
あ、ちゃんと笑うんだな……いやいや、そうじゃない。
「カンナ、これ、なんだ?」
「嘘、あんた、『餌分け』されてる……ふ、ふふ」
「え、餌分け? いや、笑ってないで教えてほしいんだけど……」
応えると、見ていた爆風も、首を傾げる。
カンナは肩を振るわせていたけど、やがて堪えきれなくなったようで、お腹を抱えて笑い出した。
もしかしてこの人、意外と笑いのつぼが広いのかなあ。
そんなことを思っていたら、カンナはそのままとんでもないことを言った。
「ふ、ふふっ、あはっ……え、『餌分け』は、仲間同士で、か、可哀想なやつに、自分の食べかけを分け与える、お情け行為。……は、ふふ、だから、あんた弱そうって、言われてる」
「……なっ!」
「ふはっ、はは! なんだ逆鱗、お前、舐められてるのか!」
はあ!? 心外なんだけど! なんだよ舐められてるって!
思わず輸送龍を見ると、今度は別の奴も一緒に、俺に『餌分け』をしてきた。
カンナと爆風がそれを見てさらに笑い出す。
べちゃべちゃっと落ちた泥団子に、俺は顔をしかめた。
どいつもこいつも、なんでこうなんだよ!
すみません予約投稿ミスってました……
先日もうすぐーって書いたのですが、皆様のおかげで、昨日逆鱗のハルトはのべ10,000,000アクセスを達成しました!
本当に、感謝です!
いつもありがとうございます。




