輸送は慎重に。①
次に支部長が取り出したのは協会会長からの返事だ。
こちらは厚手の白い便箋で、協会の看板にもなっている短剣と宝箱の模様を型押ししてあった。
「では、こちらも読みます」
◇◇◇
トレージャーハンター協会トレイユ支部長、報告ご苦労様です。
心穏やかではない内容ですね、やはり警戒していて正解でした。他の地域でも同じような現象が起きていることを考えると、そちらの情報も早急にまとめなければ。
実は既に、パーティー白薔薇が本部へとやってきており、地殻変動についての説明はいただいています。
もちろん、私たちトレージャーハンター協会が既に動いていることもお伝えしました。
同時に、他の地域の情報を集めてくださっているものがいること、アルヴィア帝国から各国への情報提供に向けての動きがあることも聞いています。
まだ近くに爆風のガイルディア、逆鱗のハルトはいますか?
重要なご報告があります。もしいないとしても、どんな手を使っても必ず彼のものたちへと報せるように。
……ユーグルのロディウル。
彼の元へ、白薔薇は既に旅立ちました。
此度の地殻変動、その謎の解明と、万が一に備えた協力要請のためにです。
ですが……ですが、実はその任を携えて同行させたものがいます。
とても優れた能力を持ち、若手筆頭とも呼ばれ、次期会長候補のひとり――サーディアス。
まさか彼が関わっている可能性があるなどと、知る由もなく……私の怠慢とも言えましょう。
申し訳ありません、白薔薇の逆鱗のハルト。そして、伝説の爆の冒険者。
白薔薇が自由国家カサンドラ首都を出発したのはこの手紙を書く五日前。
サーディアスがどう動くのか、私には想像もつきません。
おそらくこれは、協会始まって以来の大きな事件となるでしょう。
こちらからは信用のおけるものをすぐにサーディアス捕縛のため派遣します。
また、正式な『仕事』として、現在の地殻変動および災厄に関する調査を白薔薇と爆の冒険者に託します。
報酬などの詳細は本部でお話します。
まずは、カサンドラの協会本部へとお越しください。
支部長、彼らの補助を。
例の、あれを使うことを許可します。
◇◇◇
正直、途中からはなにを言っているか全く聞こえなかった。
――皆が、サーディアスと一緒にいる? ……いや、大丈夫だ。落ち着け、落ち着け。
考えれば考えるほどに、手が震える。
心臓は早鐘のように打ち鳴らされ、浅くなる呼吸を、意識的に深いものにしなければならないくらいで。
「逆鱗、大丈夫か。とりあえず落ち着け」
「わ、わかってる……」
息が苦しい。なにかに肺を掴まれているような感じがした。
けど、爆風に応えて、俺は頷く。
「……ごめん、大丈夫。話を進めよう」
このまま落ち着くのを待っていても、らちが明かないだろうし。
それなら、この先どうするかを早く決めて動くべきだ。
なんとか深く息を吸い込むと、ペールの甘酸っぱい香りが肺を満たす。
爆風は俺の肩をぽんと叩くと、支部長へと視線を戻した。
「……それで支部長。『あれ』とはなんだ?」
「は、はい。……実はトレージャーハンター協会では、数種類の魔物を飼育しております。ご存知の通り、ひとつは伝達龍です。そして、あれというのが……輸送龍、と名付けられている魔物です」
支部長は口髭をもごもごさせ、少し考える素振りを見せる。
「……人や物を運ぶのに特化した龍……まだ実用化段階にありませんが、それを気にしている場合ではないということでしょう。詳しいことは輸送龍を育てているものに聞いてください。……場所は、ここから王都方面へ二日程度のところです」
爆風は「ほう」と感嘆の声をあげて、顎に手を当てた。
「そんな龍がいるとはな。速いのか?」
「ええ、それは勿論です。……馬の三倍は速く、体力もかなりのものと聞いています」
「三倍か! それは速いな。そうすると自由国家カサンドラまでは……ひと月もあれば着くか」
ひと月。
それでも、ひと月かかるんだ。
俺はその気持ちを呑み込んで、頭を振った。
十分速いんだから、ここで贅沢を言うのは間違ってる。
むしろそんな提案をしてくれたトレージャーハンター協会に感謝しないとな。
「話を終えたらすぐに行こう爆風。ごめん、俺、落ち着けそうにない」
思わず言うと、爆風は珍しく驚いた顔をして、そのあとこれでもかってくらい笑いながら俺の頭をわしわしした。
「うわっ、ちょ、辞めろよ!」
「はっ! 素直でなによりだ。支部長、かまわないか?」
支部長も微笑むと、優しい顔のまま、ぽんと手を打つ。
「当然です。本部からの直接の仕事ですからね。こちらの災厄についてはお任せください。あの男性もしっかりと保護します。あとはアルバスという男についてですね」
「そのアルバスって奴のことなら、少しは聞き出せてある。……あの、ありがとう、支部長」
俺が応えると、支部長はいいえ、と首を振る。
「私には、ほかに出来ることがないですからね。……英雄たる白薔薇の皆様が無事でありますよう」
その優しい言葉に、俺は胸が熱くなるのだった。
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