破壊を司るもの。⑤
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男が落ち着いている時間を狙い、情報を聞き出すのには三日を要した。
いや、むしろ三日で集まったのはかなり早いと考えるべきかもしれない。
ゾンビになってしまった人たちの話を聞かせたんだけど、男はすっかり怯えて、話せることをどんどん吐露したからだ。
本当は、不安だったんじゃないのかな。
その必死な姿に、息が詰まるような苦しさを感じた。
……内容はこう。
ここトレイユで美味い仕事をしないかと持ち掛けられ、同じように集められたらしい人々と共に、街外れのこぢんまりした家で紅い粉を渡されたことが始まり。
……俺と爆風で様子を見に行った、あの家だ。
最初は怪しい粉を呑むのを躊躇ったけど、粉を呑んだ奴がものすごく『強く』なり、当時は副作用など微塵も感じられなかったため誘惑に負けて呑んでしまったと、男は語った。
そこからは、言われるがままに魔力結晶を集め、指定された魔物を狩り、指定された場所へ都度納めたそうだ。
その報酬に少なくないジールと粉がもらえるので、辞められなかったらしい。
……そうしているうちに、災厄の破壊獣の世話を任されることになって、俺たちに捕まったわけだけど。
驚くことに、ここまでたった二カ月だと言う。
それ以前から動いていたはずの人はどんどんいなくなって、他の地域へ派遣されたからだと聞かされていたそうだ。
……でもそれは、たぶん違う。
きっと人ではなくなってしまった……もしくは、証拠を消すために、もう……。
男も、どこかでわかっているようだった。
それでも、紅い粉をやめることが、どうしても出来ないでいたのだ。
そして、もうひとつ。
男やその仲間を指揮していた奴もわかった。
トレージャーハンター協会本部から派遣されたと名乗る、『アルバス』という男だそうだ。
トレージャーハンター協会の若手筆頭で、シエリアを暗殺しようとしているサーディアス同様、こいつも、とある目的があり『内密に』動いていると話していたらしい。
支部長に聞いてみたけど、そんな奴は知らないとのこと。
念のために、シエリアを暗殺しようとしている奴等の使う『ドゥールトラーテ』という合言葉についても聞いてみたけど、男も支部長も知らなかった。
サーディアスと、このアルバスって奴は、きっと繋がりがあるはずだ。
だから、アルバスを見付けられればいいけど……たぶん無理だろうな。
俺たちは、災厄の破壊獣とかいう苔玉がいるあの洞窟で、ひとり逃がしてしまったからだ。
そいつがアルバスに意見を求めに行った可能性は高い。
結局のところ今出来ることと言えば、アルバスって奴の特徴を根掘り葉掘り聞き出すことと、トレイユ支部長がトレージャーハンター協会会長に飛ばした伝達龍が戻ってくるのを待つくらいだ。
……馬で一カ月半から二カ月の距離を三日で飛ぶ小さな龍は、あと数日もあれば戻ってくる計算である。
今は、我慢のときだった。
◇◇◇
俺は男の話を聞く傍ら、爆風に稽古を付けてもらい、夜に双剣を念入りに手入れした。
……まあ、これがまたかなり細かくて耳にたこが出来そうなんだけどさ……疎かにしたら余計言われるから、正直稽古よりも疲れるんだよなあ。
そして、寝る前には手の上にデバフを練る。
形になりつつあるデバフは、なんのことはない……俺の気持ちが原因で使えなかったわけで。
――いや、わかってたんだけどさ。
バフは自分を補って、より強くする。でもデバフは、人を容易く傷付けるために使うものだと、どこかで思っていたんだ。
だから、ボーザックが言ってたように、俺の逆鱗とやらに触れられたそのとき、俺が本気でそうしなきゃと割り切れたときに、発動出来るってわけ。
守りたい、そう思うように練習してたつもりだったけど、全然出来てなかったってことだ。
だから、こうやって雑念と思しき感情が入ると……。
「うわ、また失敗かよ」
手の上で溶けたデバフに、俺はがっくりと項垂れた。
そのまま床にごろんと転がると、既にベッドに横になっていた爆風が笑った。
「寝ておけ逆鱗、焦ると肝心なときに動けないぞ?」
「っていってもさあ、肝心なときにデバフが使えないかもしれないだろ?」
「はは、その肝心なときは二回あった。その二回ともお前はデバフを使っているから、そう心配するな」
「……爆風、あんたさあ……人たらしとか言われないか?」
照れ臭いような、呆れたような、くすぐったい感情が込み上げる。俺は思わずぼやいて、上半身を起こした。
爆風は横になって左手で頭を支えたまま、こっちを見てにやにやする。
「人たらしとは失敬な。俺は根っからの紳士だぞ?」
「はあ……?」
「うん、本当に失礼だなお前は。……ほら、早く寝ろ」
「そんなこと言いながらめちゃくちゃ笑ってるくせに」
俺は立ち上がると、爆風の居るベッドと通路を挟んで並んでいる自分のベッドに転がった。
小さなふたり部屋。
やっぱり、この広さにはまだ慣れない。
「……伝達龍が帰ってきたらさあ」
「ああ」
「皆からの手紙も、乗ってると思うか?」
「ふ、そうだな。……俺たちがここに来るまで一カ月半近いから、うまく進んでいれば自由国家カサンドラの首都に着いてるかもしれないな」
「……そっか」
思わず口元が緩むのを、俺は毛布を引き上げて隠すことにした。
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