先手必勝です。③
支部長は天に祈るかのような仕草で上を向き、はあぁっと息を吐き出した。
「いや、これは本当に……なんという幸運」
「こ、幸運?」
「はは、幸運の星か」
茶化してくる爆風を無視して、俺は支部長に問いかける。
「どういうこと?」
「ここ、トレイユ支部は冒険者たちも利用出来るよう『ギルド』としての機能を特化させているのです。まだまだ宣伝不足ですけどね……。観光に来る一般人が多い故に、魔物退治にも力を入れる必要があるので、冒険者たちが来てくれることが望ましいのですよ。トレージャーハンターはあまり戦えない人も多いですからね」
「ああ、確かに多かったなぁ、観光って感じの人」
「はい。そのため、トレージャーハンター協会本部と密接なやり取りを行っている支部でして、アイシャの情報収集にも力を入れているわけです。……つまり、地龍グレイドス、飛龍タイラント、そして災厄の黒龍アドラノード討伐……この情報も、私は持っているわけですね」
「え……? あ、アドラノードのことまで?」
思わず聞き返すと、人の良さそうなおじさん支部長はふふっと笑った。口髭かもそもそっと動いて、人のよさそうな微笑みだ。
「そう。……ですから、懸念していました。最近の地震、魔物たちの異常な行動、そして魔力結晶を運ぶ不審なトレージャーハンターたちが突然姿を見せ始めたこと……もうおわかりでしょう? 私たちトレイユ支部は、本部の指示でそれを調べていたのです」
俺は爆風と目配せして、頷く。
……そっか、トレージャーハンター協会はもう動いていたんだな……。
俺たちがアドラノードを討伐してから、既に数ヶ月。確かに、情報が伝わっていたら、調べ始めていてもおかしくない。
サーディアスとかいう奴は、トレージャーハンター協会が本腰を入れて動き出したために、隠すことすら放棄して急いでいるんだろう。
もしかしたら、シエリア暗殺がずっと失敗していることも理由のひとつなのかも。
「それなら話は早い。支部長、サーディアスという者を知っているか?」
爆風が聞くと、支部長は眉をひそめた。
「サーディアス……トレージャーハンター協会の二番手、若手筆頭の大物ですね。……彼が、なにか?」
「おそらく関わっているぞ、この件に。しかも悪い意味でな。早急に手を打ったほうがいい」
「……まさか、そんな?」
「捕まえてからゆっくり聞き出せばいいだろう。少なくとも、中毒の素となる魔力結晶の粉は持っているはずだからな。取り返しがつかなくなる前に動くべきだ」
爆風の低く落ち着いた声は、ずしりと重みがある。
知らない人が聞いたら鼻で笑い飛ばすような、なんの証拠もない状況にも関わらず、一気に緊張した空気が場を支配した。
支部長はとめてしまっていた息を吐き出すのと同時に、何度も頷く。
「わっ、わかりました。私から協会の会長へ伝達龍を飛ばしましょう」
俺はその言葉にはっとして、身を乗り出した。
「待ってくれ、俺の仲間……白薔薇が本部に向かってるんだ。俺たちもその件で動いてるからな。皆に伝言をしたいから、その手紙と一緒に乗せてくれないか?」
「なるほど、会長宛でしたらサーディアスに気付かれずに伝言出来ましょう。かしこまりました」
支部長はうんうんと二度頷いて、ふと俺を見る。
「そういえば、何故爆風のガイルディア様と一緒にいらっしゃるのですか?」
「え? あー。話せば長いんだけど……アルヴィア帝国の研究都市ヤルヴィで、支部長のストーとか研究所の人とかと地殻変動の話をしたんだ。それで、災厄の話とあまりに接点が多かったんで、すぐにトレージャーハンター協会にも報せようってことに……。だから別行動にして、俺は爆風とこっちを調べに来たんだ」
「ほほう、よくあの国で……いや、ストーと仰いましたか? 曲者ストールトレンブリッジですね……なるほど、彼も動いているのですか。確かにアルヴィア帝国の研究結果でしたら信憑性も高いですしね」
「んん? 曲者って……?」
「彼はアルヴィア帝国皇帝のご学友です。冒険者嫌いの帝国人も、皇帝と親密なストールトレンブリッジに直接物を言えません。飄々と動き回る彼は、トレージャーハンター協会でも中々扱いにくいわけですよ。だから、曲者」
「……はあー、あいつそんなすごい奴なんだな」
思わず感心すると、支部長は「ご冗談を」と真顔で言った。
「逆鱗のハルト様、貴方の方が余程高い位置にいらっしゃるのに」
「ええっ?」
俺は驚いて身を引く。
支部長は俺を追いかけるように上半身を前に傾けて、ふふっと笑みをこぼした。
「アイシャの四国の王と密接な関係にあり、名誉勲章を持ち、さらには彼の飛龍タイラントを屠っている。極め付けは災厄の討伐! これが凄くないなどと言えるのは、爆風のガイルディア様たち『伝説の爆の冒険者』くらいでしょう」
お、おお……なんかすごく大袈裟だけど、誉められてる気がする!
驚きと感激に何度も瞬きをすると、爆風が隣で笑いを堪えているのがわかった。
「なんだよ……」
「いや、誉められることに慣れてないんだと思ってな、はは」
「う、うるさいなあ。仕方ないだろ」
そっぽを向くと、爆風はさらに笑ったようだった。
支部長は微笑ましい光景でも見ているかのような顔をしながら、続ける。
「では、伝達龍を飛ばしてから本題といきましょうか」
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