紅い石を求むもの。⑦
「そうです。僕は王子ですよ。王になることは有り得ないですけどね」
さらっと答えるシエリアに、シュレイスはぶんぶんと首を振った。
「……待って、待ちなさい。落ち着いて」
「取り乱してるのはシュレイスだけね、うふふ」
「ラミュースもちょっと黙っててよ。私たち、今、とんでもないことになってるんだから」
シュレイスは右手の人差し指で額をとんとん叩きながら、眉尻を下げて難しい顔。
しかし、ラミュースは黙らなかった。
「安心したらいいわ。その紋章は本物、王家に連なる者だけが持つものよ」
「……そう言えばラミュースさん、ドーン王国の出身でしたねぇ」
テールも驚いているようだったけど、シュレイスほど取り乱してはいない。蒼いぱっちりした眼を何度か瞬かせると、頷いた。
「じゃあ、国家をまたぐ大罪人……咎人のウルとかいうのも嘘なのね? 確かにウルは王のことだけど、まさか本当に王子様だなんて」
咎人のウル……そんなことまで聞かされているらしい。でも、これで情報の出所はわかった。
俺は、サーディアスという名前を記憶に刻み込む。
そこで、シュレイスが額を叩くのを辞めて唇を真横に引き結び、テーブルにつける勢いで頭を下げた。
「すみませんでした! ……でもお金は払いたくないです!」
「いやいや、お前……そこはお金より命とかさ……」
思わず突っ込んで、俺は項垂れる。
……突っ込んだら負けな気がするのが癪だった。
…………
……
シエリアは勿論、許した。一も二もなく即断で。
シュレイスは半泣きでお礼を言って、オレンジ色の髪をかき回す。
「ああ、よかった……じゃああとは、私たちが協力すればいいのね王子様」
「えっ? いや、僕はそんなつもりは……」
「じゃあさ、仕事にしましょ? ラウジャひとりで守るより一緒に戦うほうがいいわ! ……報酬もよさそうだし」
「シエリアにいいようにやられてる奴がなに言ってるんだい……」
急に元気を出して口調もすっかり元通りのシュレイスに、ため息をつくラウジャ。
そこに、ようやく人数分の食事が運ばれてきた。
ほんわりと湯気があがって、焼かれた肉のいい匂いが胃袋を刺激する。
「まあ、なんだ。とりあえず食わねぇか? 俺は、自分が場違いなんじゃねぇかと思ってるんだが……席を外すべきか?」
グラン似のダンテが、体を縮こめて言う。
ラウジャはその背中をバシバシッと叩いて笑った。……つぼだったらしい。
「確かに! まあまあ、乗り掛かった船さ! シエリア、面倒くさいからもう皆まとめて雇っちまおうか」
「それは……俺も入ってんのか?」
「当たり前さ!」
「……ラウジャが言うなら、僕は構いませんけど……」
「じゃあ決まりだね。……すぐに今後を考えましょう、爆風のガイルディア。そろそろ、暗殺者も追い付いてきますしね」
満足そうなラウジャに、爆風はうん、と頷いて、真っ先に肉を口に放り込んだ。
そんな中、ひとり、ダンテだけがぽかんと呆けている。
……まあ、そうだよな。自分の雇い主が、なんの意見もなしに決まっちゃったんだから。
******
昼食を済ませ、俺たちはそのまま席で話を進めることにする。
シュレイスからは、シエリアの動向をどうやって知ったかの話があった。
各支部で伝達龍による手紙を受け取り、状況確認するらしい。
受け取りの際は決められた合言葉があるそうで、その合言葉が合致すれば手紙を受け取れるそうだ。
勿論、シエリアの情報が入ってないこともあるわけだけど。
俺からは燃えた家の地下の状況を伝え、ここで危険な実験が行われていたのだろうことも告げた。
同時に、今は魔物しか残されていなく、証拠を処理するために家を燃やした可能性も話しておく。
このあとは山脈の麓の町……確か、トレイユってところだ……に、魔力結晶が運び込まれていることを確かめたい。
紅い石を求めている奴を突き止め、最終的には、地殻変動が起きている『場所』の特定もしておきたいな……。
「とりあえず、紅い粉を使ってシエリアを暗殺しようとしてるサーディアスって奴を調べないとだな。自由国家カサンドラのトレージャーハンター協会本部にいるのか? ……それなら、伝達龍で皆に連絡すれば……」
俺は言いかけて、ぐっ、と言葉に詰まった。
「本部にいるって……それ、やばいよな」
爆風を見ると、琥珀色の眼を光らせて頷く。
「だろうな。白薔薇が協会本部に協力要請を出してしまえば、その内容をサーディアスとやらが知るのは当然だろう」
サーディアスが災厄を蘇らせるために動いている可能性は高いように思えた。やっていることが、アイシャで災厄を蘇らせた男……ドリアドに似ているからだ。
ユーグルとの関係性もわからないし、災厄のことを知る俺たち『白薔薇』が、邪魔になる可能性も考えられる。
ましてや阻止のために動いているなんて知ったら……。
「……伝達龍、この村にはいないんだよな?」
――不安を感じずにはいられなかった。
聞いた俺に、シュレイスが頷く。
「トレージャーハンター協会がないから、いないわね」
「情報を送るにしても、トレイユまでは行かないとか……」
研究都市ヤルヴィからここまで約一カ月。
白薔薇の皆は、自由国家カサンドラに到着している可能性がある。俺は唇を噛んだ。
……大丈夫、きっとグランたちなら簡単にやられたりしない。ディティアだっているんだ。
「トレイユに移動するんでいいよな、爆風。そこで伝達龍を飛ばして、必要な情報集めて、自由国家カサンドラに向かおう」
「うん、いいだろう。あとはシエリアだな」
爆風が腕を組んで頷く。
ラウジャはうーん、と唸った。
「伝達龍は使いたいけど、協会を使うことが危険な気がするね。……いっそ変装でもさせるかい?」
「なら、私がトレイユに行って嘘の情報を飛ばすわ。撹乱にもなるはずよ。その間に王子様は逃げればいいんじゃない?」
シュレイスがそう言うと、シエリアは凶悪な笑みを浮かべた。……うん、本当に凶悪な感じだ。
「……いえ、シュレイス、敵の喉元を狙いましょう。……ハルト君、シュレイスから合言葉を聞いて、貴方たちで撹乱の伝達龍を飛ばしてください。僕たちはこのままカサンドラに向かいます」
そして、彼は大胆にもそう言い切るのだった。
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