樹海は未知の領域です。⑤
ジャッ……!!
黒い塊から、触手が槍のように繰り出される。
「っ、く!」
ガガッ!!
右の双剣でいなして左を振り上げたけど、触手は瞬時に収縮して空振りに終わった。
厄介だな、伸びるとか反則だろ。
けど俺でもいなせそうだ。
ここは反応速度を上げて守りに徹するか……?
目まぐるしく頭を働かせながら、黒い塊からは眼を逸らさない。
そいつも、俺をじっと視ている気がした。
「反応速度アップ!!」
肉体強化をひとつ、反応速度アップに書き換える。
瞬間、今度は2本の触手が繰り出されて、俺はどちらも双剣で受け、薙ぎ払った。
斬った手応えは全く感じないけど、大丈夫だ、いなせる手応えはある。
大きさは直径1メートル半ってところで、どうやら触手を脚のように使って動くようだ。
身体が持ち上がり、地面にズシンと落ちる衝撃で足元が揺れるほどで、あの巨体にのし掛かられたら……うん、考えたくもない。
……顔は見当たらないのに、俺を捉えている視線を感じるのは気持ちが悪かった。
「…………」
俺は足場を確かめながら、次の一撃に備えて……。
「って……うわ!!?」
ジャシュッ!!……ギィンッ!
触手が何本か集まりぐるぐると捩れて回転、より太い槍のようになって繰り出される。
いなせるのであればと思ったけど、今度は逆に弾かれてしまい、俺はその勢いを利用して距離を取った。
くそ、まともに受けたら串刺しコースだ。
しかも、速い。
〈ルルル、ルォルル……〉
「っ!」
ギッ、ガッ、ガガンッ!!
樹海の死者の猛攻が始まる。
やばい、やばい、やばい!!
下がるか!?攻めるか……!?
いや、どう考えても押されているのに、間合いを詰めようとするのは得策じゃない。
なら、どうにかして離れるしかない。
「く、……脚力アップ!!」
俺は肉体強化を上書きし、一気に踏み切った。
「脚力アップ!!」
肉体硬化も上書きして、反応速度と脚力アップバフをそれぞれ2重にする。
跳んだ先には……蔦。
双剣を小指と薬指で握り締めて、思い切り手を伸ばす。
「う、おおぉっ!」
ズザザザザッ!!
掴んだ指が、摩擦でカッと熱くなる。
滑り落ちながらも、蔦が振り子のようになって樹海の死者から大きく距離を取ることに成功した。
……しかし。
「う……嘘だろ……」
樹海の死者が。
己の触手を使って、同じような速度でこっちに『跳んできた』。
……甘かった!!
「くそっ、反則だろ、そんなの!!肉体硬化、肉体強化!!」
俺はまたバフを戻して、痛む指でしっかりと双剣を握り締める。
ガッ!
ギンッ……!
再び、防戦一方になり、俺は唇を噛み締めた。
「……っつぁ」
蔦で切れたのだろう指の腹から血が滲む。
かといって治癒活性バフを今使うにも、もし跳ぶしかなくなった時に手の耐性が下がってしまうのは避けたい。
こんな所でやられるわけにいかないんだ。
「くそおぉっ!ヤチ!!まだかーーっっ!!!」
叫んだ瞬間。
樹海の死者が、『広がった』。
ゴァバアァッッ!!
〈ルルルオオオアアアァァァ!!!!〉
真っ赤な口から迸る、絶叫、絶叫、絶叫。
「ッ!!!」
開いた触手の中に見えたのは、顔。
……いや、顔と言うにはおぞましい、ミイラのようなものだった。
ぽっかり空いた眼の部分は、底知れぬ闇をたたえている。
吸い込まれそう、だった。
意識が、視界が、揺れる。
吸い込まれる。
「―――!」
俺は、必死で声を上げた。
触手が俺を抱き込むようにして…………。
…………
……
******
「おい、ナチ!!説明しろ!!」
「だから、何度も言ってます!ヤチと逆鱗さんがはぐれました!」
「それなら戻ろうよ!魔物くらい何とかなるし!」
豪傑のグランに言われ、不屈のボーザックに言われて、ナチは立ち止まった。
「駄目です!……あそこで戦ったら、臭いが残る。簡単に消えない臭いです!臭いに誘われたもっと強い魔物が、休憩所に棲み着いてしまうのは何としても避けなくてはなりません。せめて、少し進んでから……」
「けど、あそこに2人が戻ったらどうするつもり?」
光炎のファルーアの問いに、ナチは首を振る。
「大丈夫です、ヤチも絶対気付きますから。この先で合流出来るはずです。僕達は、樹海を知っています」
言いながら、安堵している自分がいる。
ヤチが休憩所でこっそり魔力結晶を使って、濃厚な魔力を漂わせること。
それが、第1の条件で。
ヤチと逆鱗のハルトが離れ、魔力を食べようとやって来た魔物から逃げるという名目で移動を開始して、彼等を引き離すことが第2の条件だった。
……ここまでは上手くいったし、後はヤチが逆鱗のハルトの実力を試すはずだ。
休憩所に寄ってきた魔物は、初日に戦ったナハトル。
だから、それをおびき寄せ、自分もここで残りの白薔薇を試せば……。
思案していると、銀狼がグルル、と唸った。
「……な、何?」
最初、自分の考えがばれたのかと思ったけど……どうやら違うようだ。
「ガウガウッ!!」
「……フェン?何かいるの?」
疾風のディティアが、銀狼の横に立つ。
樹海の巨木の向こう側、薄暗い中に、吼え続けるフェンリル。
皆が武器を構えた時、遠くから声が聞こえた。
「……チ、ナチ……!!!ナチ!!」
この声は……ヤチ??
何故か、胸騒ぎがする。
何でだろうと思って……ヤチが滅多にあんな大声を上げないからだと気付いた。
「ヤチ!!こっち!」
呼ぶと、程なくして自分とそっくりな容姿の人間が、文字通り転がり込んでくる。
余程焦って走っていたのか、泥と枝にまみれて、所々擦り傷を負っていた。
「ハルトはどうした!?」
グランがヤチに走り寄る。
「……はあっ、はあっ……ナチ、樹海の死者が出た……!!」
ナチは、ヤチの発した言葉に、血の気が引いて身体が冷えるのを感じた。
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