紅い石を求むもの。①
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燃える家は黒々とした煙を吐き出し、崩れかけた窓から炎を噴き上げていた。
あらゆるものが燃える臭いは相当なもので、布越しでも鼻の奥がツンとするほど。
火が届かず安全な場所に馬を繋ぎ、俺たちは燃える家のある開けた場所へと駆けこんだ。煙はすごいが、今すぐ呼吸が出来なくなることはないだろう。
周りが広場のようになっていたのは幸いだった。
どうやら、居合わせたトレージャーハンターがいたらしく、何人かが武器を構え、魔物と対峙している。
炎を身体に纏った魔物は、狼のようなもの、鳥のようなもの、トカゲのようなものと、多岐に渡った容姿。……初めて見るものだ。炎を纏う魔物なんて聞いたことがない。
……なんだ、あの魔物……? ……いや、まさか……。
自分の考えを否定したくて眼を凝らそうにも、頬がじりじりと熱さを訴え、直視するのが難しかった。
それなら、と……俺は手の上でバフを練る。
「行くぞ逆鱗」
「わかってる。 体感調整、肉体強化、肉体硬化!」
広げたバフに、感じる熱がやわらいでいく。これなら、燃える家の傍でも十分動けるはずだ。
俺は皆に、体感はマシになるけど、炎に近付きすぎると火傷する可能性があるから気を付けるよう伝えた。
「中々便利なバフだな」
歯を見せてにやりとした爆風は、双剣を抜き放つ。
シャアンッ!
鳴り響く澄んだ音を合図に、地面を蹴って……風が吹き抜ける。ラウジャ、シエリアもその後に続いて、魔物へと駆けだした。
俺は、トレージャーハンター達と対峙する魔物をしっかりと確認し……『それ』を見付けて、ぎゅっと眼を閉じる。
「……あぁ」
嘆きか、やっぱりという気持ちか……零れたのは、ため息のような自分の声。
燃え上がる魔物は、ギラギラした結晶をその身に抱いていた――ゾンビ化、しているんだ。
「嘘だろ……いや、わかってたけど……」
首を振り、双剣を構える。
炎を噴き上げる家、その黒い煙の中から、次の影がゆらゆらと這い出てくるのが見える。
それは、狼のような姿をしていた。
「くそ……っ!」
ファルーアがいてくれたら。
こんな炎、家ごと氷漬けにでもしてくれたかもしれない。
皆がいてくれたら。
この、不安のような、怒りのような、やり場のない感情を、どうにか出来たかもしれない。
「おおおっ……!」
俺は、眼にしたものが、過去の帝都と重なるのを感じながら、双剣を振りかざした。
思い切り吸い込んだ煙に、喉がジリジリした気がするけど、そんなの気にしている場合ではない。
――その咆哮は、助けを求めているものだと信じたかった。
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次から次へと出てくる魔物に、長いこと戦っていたように思う。
俺は滴る汗を拭って、肩で息をした。
煤で汚れているんだろう、顔を拭った腕は黒かった。
「なんだよ、こりゃ……」
厳つい巨躯の大男が、転がって炭になっていく魔物を見下ろす。
……どことなくグランに似て見える男は、自身の武器である大剣を軽々と背負った。
銀色の鎧には傷が無数に刻まれていて、場数を熟してきた貫禄がある。
家はまだ燃えているが、出てくる魔物はもういないようだ。
壁が崩れ、扉だった場所が完全に埋まったのである。
時折なにかが爆発するような音がして大きな炎が上がるが、それだけ。
「これは……魔力結晶か? なんだってそんなもん背負ってやがる」
疑問を思うままに口にして、男は唸った。
傍にいた他のトレージャーハンターたちも首を捻るばかり。
すると、爆風がさっと前に出た。
「実は、この村に怪しい奴等が出入りしていると聞いてな。調査の仕事を請けているんだ。俺たちに任せてくれないか」
……嘘も方便、であった。
俺は落ち着くために何度も深呼吸をし、大丈夫だと言い聞かせる。
自分が『この状態を知っている』ことを、誰かに悟られるのはまずいと思った。……敵が、ここに混ざっていないとも言い切れない。
「そりゃ、構わねえが……お前さん誰だ?」
「聞いて驚きな! この人は伝説の爆の冒険者、爆風のガイルディアだ」
ラウジャが割って入り、胸を反らせる。
全部で八人いたトレージャーハンターたちが、ざわついた。
「お前さんが? おお、そりゃあすげえ。力になろう。なにからすればいい?」
グラン似の大男が、俄然やる気を出したように腕を組んだ。
爆風はラウジャに向かって渋い顔をして見せると、肩を落とす。
「とりあえず鎮火と、逃げ遅れている村人の確認だ。情報を持っている者は、そこの『ハルト』に話してくれ、まとめさせる」
逆鱗、と言わなかったのは、敵が俺の情報を持っているかもしれないと考えたからだろう。
今更すぎてなんとなくむず痒い気もしたけど、有り難い。
グラン似の大男は、短く刈った茶髪をわしわしすると、胸を反らせた。
「よしきた! なにか知っている奴はいるかあ? 俺は知らねえから、火を消す方に行くぜ」
「それなら、何日か滞在しているから私たちが……」
手を上げたのは、女性ばかりの三人パーティーだった。
爆風は頷くと、残りの五人にラウジャ、シエリアを加えて、動き出す。
残された俺は、女性たちに眼を向けた。……大丈夫、眼にも強い光が宿り、顔色もいい。
彼女たちは、魔力結晶を摂取しているわけじゃなさそうだ。
「……とりあえず、ここにいたっていう変な奴等のことから教えてくれるか?」
すると、リーダーらしい女性が一歩前に出て、こんがりと色付いた小麦色の腕を組み、ふんと鼻を鳴らした。
「まずは名前からよ、ハルト。協力するんだもの、それが妥当だわ」
燃えるようなオレンジ色の髪は、背中ほどの長さ。気が強そうな紅い眼は、切れ長で凛とした印象だ。
その、堂々とした立ち方も相まって、俺はヴァイス帝国の新皇帝、ヴァイセンを名乗るラムアルを思い出した。
……ここで彼奴を思い出すあたり、どうも弱気になってる気がするなあ。
思わず苦笑したのがいけなかったらしい。
女性は盛大に不機嫌そうな顔になって、怒鳴った。
「なによ! 人が気を遣ってるってのに……失礼だわ!」
本日分の投稿です。少し早めです。
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