下す決断の先には。③
……後方から迫る三人、先頭は男。後ろは男と女で、ぱっと見は『町人』だった。
一般人のふりをして、シエリアを暗殺するつもりだったんだろうか。
「一応聞いてやる! 俺たちになにか用か?」
声を張り上げるけど、当然返事はない。ただ、研ぎ澄まされた冷たい殺気が増していく。
……五感アップがなくてもここまで感じられるのは、爆風の『遊び』とやらの賜物かもな。
すると、後ろのふたりがそれぞれ、袖の内側からナイフを出した。……柄には紐が繋がっている。
湿地の町、テアルーで出会った探索専門のトレージャーハンター、ゴウキと同じ武器だ。
「そっちがその気なら、応戦するからな!」
俺は再び宣言して、爆風と目配せし、頷く。
すると、先頭の男がサッと左手を水平に上げ、後ろふたりが街道を逸れようとした。
――シエリアを追わせるつもりだ。
「爆風! ふたり、いけるか?」
「ふ、俺を誰だと思ってる」
さすが、頼もしい返事。
深みのある渋いいい声とともに、爆風は道を逸れたふたりへと進路をとる。
それを確認して、俺は体を前に倒すようにして、馬の首をぽんぽんと叩く。
「……ごめんな、付き合わせて」
鼻息を荒げた馬は、ぐいっと速度を上げた。
「……」
正面、男の顔がはっきり見える。
白いシャツにベージュのだぼついたパンツで、暗闇の中でもよく目立つ。
武器らしいものはまだ見当たらない。
俺は眼を凝らした。……バフはかかっていないように感じる。
「まずは、動きをとめないと……よし」
左手に手綱をしっかりと握り、右の剣を構え、俺は真っ直ぐ突っ込んだ。
相手も、迷いなく突っ込んでくる。
「おおおおっ」
すれ違いざま、俺は相手の腕に剣を振り抜く。
……あまり長い剣じゃないから、馬がすれすれを走ってくれないと届かないのに、俺の黒い馬は臆することはなかった。
……ガツッ!
「……っ」
鈍い感触に、馬の手綱を引いて向きを変えながら、顔をしかめた。
俺の一撃を受けた右腕を包み込むように、篭手が装備されている。
その先端には、暗闇の中、ぎらりと光る刃が延びていた。
……だぼついたパンツの中に隠してあったようだ。
相手は俺を『敵』と認識したのか、馬をこちらに向ける。
シエリアを追うことはなさそうだ。
小さく安堵の息をつき、ちらと爆風を覗う。当然のようにふたりを相手にし、爆風は吹き荒れていた。
あっちは問題ないだろう。
……まだ、若い。俺よりも下に見える。
闇に映える金の髪、優しそうに見える目尻の下がった眼。
「お前たちは、なんだ?」
荒ぶる馬を諫めながら、聞く。
けれど、男は俺の問いかけを完全に無視して、予想外の行動に出た。
ヒィンッ、と、まるで悲鳴のように男の馬が鳴く。
俺に向かって走りだすその馬上で、男は膝立ちになり――跳んだ。
「なっ……うおあっ!?」
『普通なら』あり得ない跳躍だった。
閃く刃。
俺を乗せた黒い馬が荒ぶって前に進んだのは、偶然か、それとも俺を危ぶんでのことか。
「っく、そ……!」
上半身が後ろに引っ張られるような形になり、男の刃が逸れる。
辛うじて抜いた左の剣も合わせ双剣でその刃を捉えて、俺は男と縺れるようにして転落した。
がっ、ごろごろごろっ……。
「逆鱗ッ!」
爆風の声がする。
「ペッ……大丈夫!」
土が口の中に入ってジャリジャリするのを吐き出して応え、俺はすぐに体勢を立て直す。
「反応速度アップ、速度アップ、肉体硬化、肉体強化ッ」
バフをかけ直し、地面に打ち付けて痛む体に鞭を打つ。
男は俺と同じように膝立ちになり、右腕の武器を構える。
……あの跳躍、どう考えても脚力アップが重なったような距離だった。
シエリアやラウジャが言っていた通り、強化されているような。
どんなに眼を凝らしても、バフを纏っているようには見えない。
こいつ、やっぱり……。
めまぐるしく考える俺に、再度男が動いた。
膝立ちのまま両手を突き、ぐぐっと身を屈めて…………来るっ!
ギインッ!
放たれた矢のような速度で男が迫り、刃を閃かせて繰り出してくる。
俺は真っ向からそれを受け止めた。
肉体強化してる俺の力で、それがやっと。
グランやボーザックなら弾き返すくらいは出来たかもしれないが、俺はギリギリと押され始めた。
「……っ、く、そぉ……っ」
紅い……眼。
血走ったその眼が、瞬きもせず、見開かれたままで俺を見ている。
目尻の下がった優しそうな眼のはずなのに、異様な雰囲気を纏っている男は、無言のまま。
どう考えても……この状態は、『血結晶を摂取』しているものだ。
「……肉体強化、肉体強化ぁっ!」
俺は反応速度アップと速度アップを上書きして、歯を食いしばる。
押されていた双剣が、ぎりぎりと男を押し戻し始めた。
「おおおっ!」
気合一閃。
俺はとうとう男の刃を跳ね上げて、立ち上がり様に足を振り抜いた。
ドゴオッ!
腹を捉えた俺の一撃に、体を折って踏鞴を踏んだ男の顔が、歪む。
「……」
それでも声すら出さない男に、戦慄した。
……でも、今は手を緩めるわけにはいかない。俺は容赦なく、男の顎を蹴り上げた。
頼む……倒れてくれ!
しかし……。
ピイイッ!!
顎を打たれて後ろに転がるかのように見えたのに、そのまま手を突いてくるり、と回った男は、左手で指笛を吹く。
「逆鱗っ、逃がすな!」
「え……っうわ!」
爆風が相手をしていたふたりが、馬で駆け抜ける。
暗闇の中、土埃が上がった。
……駆け抜けざまに男を引き上げて、二頭の馬と三人は、そのままアーラギの方へと走って行く。
「逃げられたか……」
爆風が、ぽつんと呟いた。
ねおちしちゃいました!
すみません!
16日分です。




