下す決断の先には。①
「爆風のガイルディア、手配出来ましたよ」
屋上に、ラウジャが駆け込んでくる。
彼女はシエリアを確認すると、つ、と眉をひそめた。
「ああ、気にしないでくださいラウジャ」
泣いていたのが恥ずかしいのか、シエリアは照れ笑いを浮かべて立ち上がる。
ラウジャは安心したのか表情を緩めた。
「敵って……?」
「詳細は不明だが、三人程いるようだ。殺気がもれている」
爆風は変わらず振り向きもしないまま、言い切った。
……こっちを見なかったのは、警戒していたからか。
「五感アップ」
俺はバフを広げ、双剣を手にあたりを覗う。
……喧騒と、食べ物や土の匂い。たくさんの人の気配。その中に、微かに……嫌な気配を纏っている奴等がいる。
全く気付かなかったけど、爆風のガイルディアはバフもないのにそれを感じ取っていたらしい。
さすがというべきか、なんというか。
ここからは少し離れた路地のあたり、隠れているけど、確かに『いる』のがわかる。
「どうするんだ?」
「ラウジャに言って馬を買った。移動するぞ」
「馬か……」
「乗れないことはないだろう?」
「それくらい出来るけど」
俺は言いながら唸った。
移動ってことは、今日は夜通し駆けるんだろうな……。久しぶりのベッドはお預けらしい。
「……すぐに攻めてくるかと思ったが、様子を見ているようだな。今の内に動くぞ」
爆風に促されて、俺たちはさっさと宿を引き払い、裏から出て移動する。
迷路のような路地を走るうちに、気配はだんだん薄れ、やがてわからなくなった。
敵は俺たちの動きに気付いていないのだろうか。
早足に移動しながら、爆風はピリッとした空気のままでラウジャに聞く。
「馬は?」
「この先の門に用意してもらってます。……食糧も少し積んでもらいました」
「うん、いいぞ。どれくらい走れる?」
「速さはそこまで出ませんが、アルヴィア帝国が品種改良した持久力のある馬を買いました。夜通し全力で走っても大丈夫でしょう」
「よし、徹夜にはなるが距離を稼ぐ」
「わかりました。……シエリア、いけるね?」
「はい。僕は大丈夫です」
ラウジャは頷くと、額に結んだ細い紐をぎゅっと結び直した。
……長い夜が、始まった。
******
『それ』を感じたのは、町を出てしばらく走ってからだ。
――あたりは既に真っ暗な時間。
流れる大きな雲から時折覗く月の灯りを頼りに街道を進むのは、俺たちの他には『それ』だけだった。
「爆風」
「わかっている。……どうやら追い付かれたようだな」
持久力アップと五感アップを重ね、馬を駆る俺たちの後方。感じたのは、嫌な気配。明らかに殺気とやらを纏うものだった。
俺たちを乗せている馬は黒く、大きい。
ラウジャの言っていた通り速さはそこまで出ないけれど、歩くよりは勿論速い。
つまり、追い付いてくるってことは、敵も馬に乗っているのだろう。
そのとき、爆風がぽつんと言った。
「……逆鱗、ひとつ伝えることがある」
「なに?」
「俺は、害があると判断した場合、狩るぞ」
「……ッ!」
ひゅ、と、喉が鳴った。
馬の蹄の音が響く中、爆風の声はいやにはっきりと聞こえ、風の音がそれを押し流していく。
今更だってわかっている。けど、それは……俺の……白薔薇の目指すものではない。
それでも、他にどうするんだと聞かれたら、俺は答えを持っていなかった。
「まずは情報を吐かせる必要がある」
爆風はそれ以上は言わずに、シエリアを前に行かせた。
「あたしも後方で構いませんよ、爆風のガイルディア」
ラウジャが己の武器である戦斧を右手に握り、馬を寄せる。
月明かりの中、その刃が鈍く光った。
「……なあ! ラウジャ」
「うん? どうしたんだい逆鱗」
「今までの暗殺者って……いや、やっぱりいい」
俺は言葉を呑み込んで、唇を引き結ぶ。
ラウジャは俺をじっと見たあとで、前へと視線を向けた。
視線の先、シエリアの白いマントが、夜の闇の中でばさばさとはためいている。
「逃げられたことも、命を摘んだこともあるよ。答えはこれでいいかい? 逆鱗」
「……」
「シエリアの命が摘まれたら、あたしはそうしないで済むんだろうけどね……あんた、それが許せるか?」
「……それは……」
それは、出来ない。――許すことは、出来ない。
守りたい人がいる。だから、強くなるって決めたんだ……。
そうして、叩き伏せた上で、お前の言うことは間違ってる! ……って言いたいと思っていて。
でも、まだ俺は……強くなんてなかった。
「……あんた、大丈夫かい? 逆鱗」
ラウジャが気遣うような優しい声音で言ってくる。
「……どう、だろう」
俺は、頷くことも出来ず、ただ、返した。
本日分の投稿です!
春らしくなってきましたね。
いつもありがとうございます!




