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逆鱗のハルトⅡ  作者:
156/308

暗殺者の影には。①

ラウジャの示してくれた道程は、ソードラ王国に入ってから北と南に分かれる街道の、南回りだった。

北回りは王都へ向かう道とのことで、地殻変動が起きている方へ行くなら南回りがいいようだ。


途中に小さな村がいくつかあって、そこで補給しながら山脈付近のトレイユという町へ行くそうで、その間、馬車で十日前後かかるらしい。


この分だと、樹海や砂漠があるカールメン王国には調査に行くことは難しいだろう。

爆風が伝達龍で調査依頼をしてくれたのは助かったな。


そう考えた瞬間、俺は首筋がぞわりとして、左脇腹を守るように思わず右手を繰り出した。


ガッ。


「うん、よく気付いたな逆鱗」

その右手が受け止めたのは、爆風の右人差し指。

心臓がばくばくいっている。

「い、今やるのはどうなんだよ……」

「最近やってなかったからな。反応はよくなってきたと思うがどうだ?」

「う、そう言われると最初に比べたらよくなったと思うけど……今はバフがあるしなぁ」

俺は答えながら、肩の力を抜いた。

……地図を見ている間、意外と緊張していたらしい。


「やはり、貴方は暗殺の経験が……?」


見ていたシエリアが物騒なことを呟くので、俺はいやいやと手を振った。

「シエリア、お前もう少し暗殺って考えから離れたら? あ、でも細かいこと聞いてなかったな。結構頻繁だったりするのか?」


聞いてから、軽い感じで言ってしまったことをちょっと後悔して、俺はもぞもぞと座りなおした。

聞いていい話でもない気がするし、何て言って謝ろうか考える。


しかしシエリアは冷たそうな蒼い色の三白眼を少し細めて、口の端を持ち上げてみせた。


うん……何か嬉しそうなんだけど……。


「ふふ、それを聞いてくれますか、ハルト君!」

「え、何でそんな乗り気なんだよお前……」

「そうなんだよ、シエリアは暗殺されかけても笑い話に出来る図太い神経の持ち主ってわけさ」

割り込んできたラウジャが大袈裟に肩を竦めて見せるけど……それ図太いってだけか?


「まあ、幸い魔物の気配も無いようだ。暗殺者についての情報は必要だろう。聞いておけ、逆鱗」

爆風のガイルディアは歯を見せて笑うと、本格的に双剣を磨くことにしたらしい。

荷物から砥石を取り出して、自分の剣を掲げるように持つと、刃の状態を確認し始めてしまった。


……っていうか、一緒に聞いてくれてるんだよな……?


思わず眉を寄せて見ていたけど、爆風は一切顔を上げない。

苦し紛れにラウジャを見ると、彼女は頭にぐるりと巻いた細い紐をぎゅっと結びなおし、にやりとした。


「じゃあ、あたしは晩飯の準備でもしといてあげるかね」


言うが早いが背を向け、さっさと荷物から食器を出し始めるラウジャ。

俺は諦めて、肺いっぱいに吸い込んだ空気を、ため息として吐き出した。


――シエリアは終始嬉しそうに、俺が聞く体勢になるのを待っていた。


******


最初の暗殺未遂は、僕の国、王子達が住まう屋敷の中で起きました。

王子は継承順に関係なく、小さいころから毒に慣らされるのですが、それでも毒見役がいます。

ところが、僕の食事は毒見役が確認する前に、暗殺者によって運ばれてきました。


……その時の暗殺者は、僕の侍女だったんです。


もう三年も一緒にいた侍女だったのですが、三年間、僕の信頼を得る為に働いていたようです。

しかし、彼女はまんまと逃げてしまいました。


この時は、僕が毒に慣らされていたお陰で、助かりました。


次の暗殺未遂は、その三カ月後。

王子と姫が集まる茶会で起きました。


今度は間接的ではなく、直接的な攻撃です。

茶会の席に矢が放たれました。


ビュン、と音がして僕の頬を掠めたのですが、実は僕、矢が飛んでくることに気付いていたのです。

……あれは運がよかった。

矢じりが金属だったのですが、ちかりと光を反射させたのです。


あれは確実に、僕を狙ったものだと皆気付きました。


兄弟たちには可愛がられていましたので、皆が僕を逃がしてくれたのはこの後です。


……どうやったかはわかりませんが、僕を狙った暗殺者達は異常でした。


侍女は……そう、ハルト君のバフみたいに、一歩で物凄く跳んだんです。

弓を引いた者は、かなりの距離から矢を放ったんです。高い位置ではありましたが、あんな遠くから矢が届いたことに皆驚愕していましたね。


…………

……


シエリアの暗殺未遂事件は、穏やかな口調で語られていく。

最後に事件が起きたのはソードラ王国で、やはり強靭な肉体を持つ者に襲われたそうだ。


この時戦ったのはラウジャで、彼女曰く、硬かったという。……身体が、硬かったと。


俺はそれを聞きながら、思い当ることがふたつあった。


ひとつは、バフ。

俺のように重ねてバフをかけることが出来るバッファーが、敵にいるんじゃないかってこと。


もうひとつは……血結晶。

あれは、アイシャ南に位置するヴァイス帝国での出来事だ。

粉にした血結晶を、呑ませること……そうすることで、バフのような力が永遠に続くらしい。


――ただし、それは……ゾンビ化する第一歩だったけれど。


「……ハルト君、どうですか? 何かわかりましたか?」

考えに耽っていた俺を、シエリアが横から覗き込む。

俺ははっとして、首を振る。

……視界に急に色が戻ったような感覚だった。

「あぁ、悪い……あのさシエリア。そいつらの顔って、どうだった? やっぱりどこか変だった?」

「変? どうでしょうか。顔を確認した暗殺者は、皆ぎらぎらした眼をしていたように思いますが」

「……そうか」


どうも決め手になるような情報はないみたいだ。

でも、強化された状態の奴等がいるってことはわかった。


……やっぱり、バフだけじゃ今後は危険かもしれない。

なんとかデバフが使えるようになっていかないと。


俺は白薔薇の皆を思い浮かべて、唇を引き結んだ。


――不本意な言い方だけど、俺の逆鱗とやらに触れなくても、形に出来るように。


本日分の投稿です!

皆様いつもありがとうございます!

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