咎人がもたらすものは。⑤
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テアルーの町に帰り着いたのは三日後の昼過ぎ。
一刻も早く帰るため、帰路では速度アップと持久力アップを全員に保っていた。
その間、空にかかった黒い雲から滝のような雨が降り注ぐのが丸一日続き、体力も気力も削られてしまう。
しかも、雨が止んでも曇り空は続き、アダマスイータの件もあって全員の口数が減った程だった。
「とりあえず、それぞれの部隊を集めるから。……それまで少し休んでな」
ラウジャはトレージャーハンター協会テアルー支部に到着するなりそう言って、一人で受付へと向かった。
疲れているだろうに、その堂々たる歩きっぷりには頭が下がる。
正直、バフを切らさずに六人分保つってのは骨が折れるんだよな。
皆はそれぞれ何処かに行ってしまったので、俺はお言葉に甘えることにして、待合所となっているカウンターの向かいのテーブルをひとつ陣取った。
椅子に座ってもたれると、どっしりと重い疲れが身体にのし掛かってくる。
――現状、やはりアダマスイータは三体を別々に討伐することに変更はない。
爆風が誘き寄せることも決定事項だ。
問題は、あれだけ統率が執れていたのが偶然ではないとした時、一体ずつ引き寄せることが出来るのかどうかだった。
足場となる五葉広場は、三体を相手にするには狭い。
ただでさえあの速さの魔物だしな……万全を期すためには一体ずつが望ましい。
俺はテーブルに両肘をついて、両手で顔を覆った。
最初に狙った獲物を優先的に追い掛けるってゴウキが教えてくれたし、そう思うと狙われるのは爆風。
やられるとは全く思わないけど、そこから一体ずつ引き剥がすことが出来るのかどうか……。
知らず、はぁあ~、とため息が零れた。
白薔薇だったらグランがその役目を果たしてくれる。あの大盾でぶん殴られて、目の前で威嚇されたら狙いだって変わるだろう。
俺達の部隊は、俺と爆風の他に三人。武器にしているのは弓、長剣と小型の盾、大型の戦斧だ。
やってもらうとしたら長剣か戦斧か……いっそ爆風のままでもいいのかも。
「……デバフとやらは使えないか?逆鱗」
そこに、渋くて低い声が降ってきた。
顔を上げると、爆風が俺の前にコップを差し出している。
「……あー、ありがとう」
コップには温かい飴色のスープが入っていた。
玉葱かな……いい匂いだ。
「そこの食堂で買ってきた。すぐにシエリア達も来る」
そう言うと、爆風は俺の隣の椅子を引いて座る。
彼の手にも、同じスープがあった。
「それで、もう一度聞くが……」
「デバフだよな……本当に申し訳ないんだけど、どうしても練れないんだよ」
俺は右手を上げて、速度ダウンのデバフを練ろうとした。……でも、形にならないのだ。
「やはり、慣れるまではお前の逆鱗を突く必要があるのだろうな」
爆風は俺の答えがわかっていたのか、微笑むとスープを口にする。
「……うん、旨いぞ。冷めない内に飲め。疲れているようだしな」
「あー、うん、ちょっとだけ。……デバフはさ、どうしたら使えるようになるかはわかってたんだ。なんとなく。……繰り返せばいつか慣れると思うんだけど……」
俺は爆風のガイルディアに放ったデバフを思い返すように、手を握ったり開いたりした。
あの時は無我夢中だったけど、少し気になることもあるんだよな――丁度良いから確認するか。
「なあ、爆風。デバフなんだけどさ、効果短くなかったか?」
「うん?……そういえばそうだな。速度が落ちたと感じたのはほんの僅かの時間だったように思う」
「俺も思ったんだよなあ……もしかすると、デバフの効果ってバフよりもかなり短いのかもしれない」
「成る程……使い所が難しそうだな」
俺は頷いてスープを口に含んだ。
甘い香りが広がって、口の中に余韻を残す。スープが身体を中から温めてくれているのがわかる。
俺は身体の緊張がほぐれたような気がして、ほっと息をついた。
「とりあえず、今はアダマスイータだよな。一体ずつに出来るのかな」
「そこは私が何とかしますのよ、逆鱗」
「おお?」
俺は声の方へ顔を向ける。
そこには、スープの他にパンや肉を乗せたお盆を持ったハンナ、シエリア、ゴウキがいた。
「昼食にしてしまいましょう?……爆風のおじ様、このお肉、とても美味しいんですの!」
ハンナは背中までの太い三つ編みを揺らして、大きな黒い眼をうっとりと細めた。
彼女がいそいそと爆風の隣に座るのを見届け、シエリアとゴウキは俺と爆風の前へと座る。
「ラウジャもすぐ来るそうです。さあ、食べようハルト君」
シエリアは肩に届きそうな金の髪をさらりと揺らし、冷えた蒼い三白眼を細めた……微笑んでいるのだろう。
性格は申し分ないのに、ちょっと恐いんだよな……。
俺は思わず苦笑して、目の前に置かれた食器を皆に配るのを手伝う。
「……ハンナと話したんだが、アダマスイータを一体ずつ引き剥がすのに魔法を使おうと思う」
ゴウキは言いながら、置いた食器それぞれに、一個ずつ大きなパンを乗せてくれる。
「普段の私では威力が足りないけれど、逆鱗のバフがあればやれるのですわ」
ハンナはそう言って、爆風へと肉を切り分け、ついでとばかりに他の皿にも乗せている。
「ハンナの魔法で、アダマスイータを僕の部隊とラウジャの部隊で一体ずつ分断します。幸い、僕のところにゴウキ、ハンナのところにラウジャが居ますから連携も可能ですよハルト君」
シエリアはそう笑って、野菜を取り分けていた。
……こいつら、自由だけど意外と連携が執れているのかもしれない。
あれ、でも待てよ。
「そうすると……爆風が誘き寄せたアダマスイータを分断する時、俺はハンナにバフが出来る位置にいないとだよな」
「そうなるな。シエリア部隊が最初、ラウジャ部隊が次、最後の一匹を俺達の部隊まで連れて行く。シエリア部隊の足場で合流だな、逆鱗」
爆風がさらっと言って歯を見せて笑うので、俺は口を引き結んだ。
一緒の速さで走れる気がしないんだけどなぁ……。
本日分の投稿です。
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