咎人がもたらすものは。③
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……
とりあえず、一緒に行くかどうは保留として、シエリアをゴウキとハンナがいる部屋へと移動させた。
俺は「まだですの?」と引き続き憤慨しているハンナからそっと視線を外して、扉を閉める。
「……シエリアを外すってことは、何か他に問題があるんですか?」
扉が閉まったのを確認してから、ラウジャが小声で言った。
爆風は腕を組み唸ると、難しい顔で答える。
「彼を狙う奴等だが、災厄と関係ない奴、災厄を蘇らせたい奴、災厄を蘇らせるのを阻止したい奴、の、三通りが考えられる」
「……その内、災厄を蘇らせるのを阻止したい奴には心当たりがあってさ、協力関係を築こうとしてるとこなんだ」
俺が付け加えると、ラウジャは苦虫をかみつぶしたような顔をして、それを自分のごつい手のひらで覆った。
「あー、そりゃ面倒だね……。シエリアを悪用されると困るから暗殺ってことか」
「そうなるな。味方だとわかれば暗殺されない可能性もあるが……正直わからん。そもそも、シエリアが災厄を蘇らせたい可能性も排除出来ないんだが、どう考えている?」
肩を竦める爆風に、ラウジャは顔を覆った手を即座に離して言った。
「それは……余程の演技上手でない限り無いと思います。向かう先も、やる仕事も、何もかもこちらに委ねてくれてますから」
言いにくいことを爆風に言わせてしまっている感はあるけど、すごく助かっている。
付き合いが長い爆風の言葉だからこそ、ラウジャは納得した上で考えて、答えてくれるはずだ。
爆風が満足そうなのを確認してから、ラウジャは大きなため息をついた。
「とは言え、放っておいても何も解決はしないでしょうね……爆風のガイルディア、ならこうしましょう。ソードラ王国までは、貴方が地殻変動を追っていることを聞いたあたしが協力しただけ」
そこで、ルビー色の眼がギラリと光る。
「そこまでに動きがあればよし、なければあたし達はそのままソードラに留まり、何時でもトレージャーハンター協会と連絡がつくようにしておきます」
俺は成る程、と舌を巻いた。
つまりラウジャは、相手がユーグルだった場合、俺達は知らずにシエリアを連れていたと言える状況を作ってくれたのだ。
……同時に、俺達はシエリアが暗殺されないよう逃がす必要があるんだけどな。
爆風は琥珀色の眼を光らせて、俺を見た。……『お前が決めろ』と言っているんだと理解する。
「ラウジャ、頼む。……俺は災厄を起こさないために動きたいんだ……手伝ってほしい」
ちゃんとラウジャの眼を見て告げると、ごつい手をひらりと振って、ラウジャはにやりと笑った。
「はっ、言うね逆鱗!あんたみたいなのは嫌いじゃないよ、任せな!」
…………
……
そんなわけで漸く食事になり、爆風がハンナに旨いと言うことで彼女の機嫌は回復した。
それまで宥めてくれていたゴウキと、そこに放り込まれたシエリアのほっとした表情に、ごめんと謝っておく。
とりあえずやることは、アダマスイータ討伐。
何かが動き出すのはきっとそれからだ。
俺はシエリアの周りにも注意を払いながら、湿地探索を進めることになった。
******
三日後、午前中。
俺達は魔物とかち合うこともなく、5つの丸い足場が円を描くように並んだ五葉広場に辿り着き、広さや足元を確認。
……今日は雲行きが少し怪しく、湿気が多いような気がする。
灰色がかった景色と、何となくざわざわした気配達を感じながら、俺は周りを見回した。
「結構広いな」
「ここならそれなりに戦えるだろう。問題は、隣の広場が思いの外見えないことか」
俺の言葉に、爆風が応えてくれる。
……確かに、俺よりも背の高い草が広場を囲むように生えていて、広場同士を繋ぐ道から先は隠れてしまっていた。
草の天辺には、太い猫の尾のようなもさもさした物がくっついていて、視界を遮るのにひと役買っている。
ぐるりと各広場を回ったが、他も同じような状態だ。
「他の部隊が窮地に陥った場合、助けに回れればと思ったが……」
難しい顔をする爆風に、俺は思わず苦笑した。
――俺達の部隊が苦戦するとは全く思っていないんだろうな。そうはならないよう、全力は尽くすけど。
「別々の広場に、三匹同時に誘き寄せることは出来るんでしょうか……」
そこで、同じように辺りを見回していたシエリアが心配そうに言う。
細められた三白眼は鋭い印象を与えるけど、声音には不安が滲んでいた。
「大丈夫だろう。アダマスイータは最初に狙った獲物を優先的に追い掛ける習性があるらしい。一匹ずつ確実にアダマンデを狙わせて、誘導してから叩き始めればいい」
答えたのはゴウキ。
俺のパーティーには居ないタイプの性格だから、新鮮だったりする。
ただ、俺は内容が少し気になって口を開いた……んだけど。
「あらゴウキ。アダマスイータはかなり素速いそうですわよ? そう上手く誘導出来ると思いまして?」
俺よりも先に、ハンナが問い掛けた。
……戦闘専門だけあって、意外にも押さえるところを押さえているようだ。
実際、囮のアダマンデをどうやって狙わせて、どうやって五葉広場に連れて来るのか。
途中で食べられでもしたら目も当てられない。
うーん。もっと確実に誘導する方法を探した方が……。
俺はそこまで考えて、ふと、白髪混じりの黒髪の男に目を留めた。
……爆風は、心なしか眉を寄せ、嫌な顔をして俺の視線を受け止めている。
「……ああ、いるじゃん、適役が」
思わず、口にした。
誰よりも速くて、機転が利いて、何より道を覚えて誘導出来る。
「……いや、聞いた時から予想はしていたんだがな……」
諦めたように呟く爆風のガイルディアに、俺は速度アップバフを投げてやった。
「どう? 少なくとも4重まではかけられると思うけ……どぉわっ!」
俺は殺気と共に繰り出された爆風の人差し指を、紙一重で躱す。
――よし、避けたぞ!
「甘いそ逆鱗!」
「ぐっは……!」
ところが、避けたことに喜んで気が緩んだ俺の脇腹に、追撃が刺さる。
「逆鱗……お前、何をやっていますの?」
背中を丸めて蹲った俺に、何故かハンナの容赦ないひと言が降り注いだのだった。
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