咎人がもたらすものは。①
俺は爆風を外に呼び、少し肌寒く真っ暗な湿地の中、五感アップをかけた。警戒は必要だろう。
聞こえるのは虫たちの歌と、聞いたことの無い『何か』の鳴き声。
幸い、近くに大きな気配は感じられなかったんで、俺は小さく安堵の息を吐いた。
小屋は外に灯りが洩れないようになっていて、煙だけが天辺から細く流れているのがわかる。
「どうした逆鱗。顔色が悪かったようだが」
爆風は女性二人から解放されたからか、大きく伸びをしながら聞いてきた。
「うん……ちょっと想定外の事態が起きて……相談したいんだけど」
「相談? うん、いいだろう。逆鱗がそれでいいのならな」
意外そうな顔をする爆風に、俺は思わず苦笑を返す。
結構頼りにしてるんだけど……そんな顔をされるとちょっとばかり恥ずかしいような気がする。
爆風はそれを察したのか、歯を見せて笑った。
笑うと目尻の皺が深くなるんだと、ディティアの言葉と一緒に思い出す。
……今は、皆はいないから。
俺が、俺の判断で動かないとならない。
「……えーと、まず。シエリアの奴、追われてるらしいんだ。それでラウジャと行動を共にしてるみたいだな。……で、こっからが問題なんだけど。追ってる奴等が、どうもあいつを咎人のウルだって言ってるらしいんだ」
とりあえず、話を進めよう。
俺が唐突に説明を始めると、爆風は腕を組んだ。
「咎人のウル……確か、研究所でもカタリーナ達に聞いていたな?ユーグルとやらが使っていた言葉か」
「話が早くて助かる。……実は、アイシャの人を咎人って呼ぶから、咎人のウルってのはアイシャの王を指すとカタリーナ達は思ったみたいだけど、違う。これは、アイシャで災厄を起こした『ドリアド』って奴を指した言葉なんだ」
爆風はそれを聞くと、眼を細めた。
けど、それだけ。黙って続きを待ってくれている。
俺はどう説明しようか迷って、ひとつ、深呼吸を挟んだ。
「……ドリアドは、魔法都市国家の王の末裔を名乗っていた。同時に、魔力結晶や古代魔法の知識をかなり持ってたんだ。シエリアも、もしかしたらその血筋なんじゃないかと思う」
「ふむ。……彼が災厄を蘇らせようとしている可能性はあると思うか?」
「……まだ、何とも。ただ、シエリアは自分が咎人のウルって呼ばれてることを疑問に思ってるみたいだった。しかも、アイシャなら信用出来るって言ってたから……つまり、咎人のウルってのを、カタリーナ達と同じようにアイシャの王って意味と取り違えてるんじゃないかな」
「そうすると、災厄とは無関係な可能性もあるか……現時点では彼を追っているのは魔力結晶を集めている何者かというのが最有力に思えるが……」
「うん……まさかとは思ってるんだけど、災厄を蘇らせるのに咎人のウルが必要なのかも……ドリアドは自分自身を喰わせて災厄になったんだ。……もしくは、魔力結晶に関する識られたくない情報を、シエリアが持ってるんじゃないかな」
「……成る程な、暗殺しておきたいのはそのためか。身体だけあれば生死は関係ないのかもしれんな」
「物騒だけど、そういうこと」
暗殺云々を語っていたシエリアの言葉も、それで説明出来る。
爆風は俺の言いたいことをちゃんと汲み取ってくれたようだ。
ほっとして頷くと、爆風は組んでいた腕を緩め、双剣の柄を撫でた。
「ひとつ、疑問があるんだが」
「何?」
「逆鱗。お前は何故、魔力結晶の識られたくない情報が彼にあると思った?」
「……っ!」
びくり、と肩が跳ねる。
俺は、自分の不用意な発言に、初めて気が付いた。
「災厄を蘇らせるのに咎人のウルが必要……これだけで事足りるはずだろう?それなのに、お前は付け加えた」
わざわざ伝えることのない情報。
それを、言葉に組み込んでしまっていたのだ。
「…………」
爆風はその後は黙って俺の様子を窺っている。
――俺は、観念した。
「悪い……。実は……俺達白薔薇とグロリアス、カナタさんとカルアさんは、魔力結晶の精製方法を識ってる。……だから、アイシャの4国とギルドがちゃんと協力体制を築けば後は任せようと思ってたんだ。それで、ラナンクロストからの依頼でギルドの使者として4国を巡ってた」
爆風が息を呑んだのがわかる。その眼が一瞬だけ見開かれたのを、俺は見た。
「ギルドと各国には全部は報告しなかった。戦争の火種になりたくなかったから、掻い摘まんだ情報だけしか渡してないんだ。けど、そこに魔力結晶を使って災厄を蘇らせる奴――ドリアドが現れた……あいつは魔力結晶の造り方までは識らなかったけど、かなり近いところまでは識っていたってわけ」
「待て待て、そうするとお前達白薔薇は……トールシャのこの状況で、魔力結晶を集めている奴等から狙われる可能性は充分にあるということだろう?」
「そうなる……な」
爆風は額に手を当てて、唸った。
「なあ、逆鱗。それだけじゃないぞ。逆もあると思わないか」
「……逆?」
「災厄を蘇らせるのに咎人のウルが必要な場合、阻止したいがために暗殺するという考えだ」
「え……」
「それを現時点で行うとしたら、誰だと思う」
俺は、身体中がぞわりと泡立つような、冷えるような、言いようのない感覚に身震いした。
「……ユーグル……?」
思いの外、掠れた声が零れる。
「そうだ。俺達がこれからとる行動は、誤ればユーグルとやらと敵対する可能性があるということになるな」
ああ、どんどんややこしくなる……。
俺は頭を抱えるのだった。
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