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逆鱗のハルトⅡ  作者:
144/308

湿地に潜む闇には。⑤

夜は要所要所に設けられた小屋を利用して過ごすことになっていた。

観測所として造られた小屋は草や枝等で覆われていて、一見周りに溶け込んでいる。


通常は湿地の調査に来た人達しか使うことが出来ないよう鍵が掛けられていて、今回は鍵を貸し出してもらえたってわけだ。

中はテーブルや食器、調理場まで、生活するのに困らないだけの設備が整っていて、快適。 ベッドもちゃんとあって、かなり良い環境だった。


「夜になると活発化する魔物もいるから、小屋の方が安全ではあるね」

ラウジャが小屋についてざっくり説明しながら、戦斧で豪快に魚肉を叩き斬っている。

もちろん、ぶつ切りのそれは昼間仕留めたルスシャークだ。

「……他にナイフとか無いのかお前は」

「何言ってるんです、爆風のガイルディア。昔からあたしはこうだったはずですよ!」

「うん、確かにお前はそんなだったが、何度も注意したと思うぞ」

「えー、私はちゃんと料理用ナイフですわ爆風のおじ様」


爆風を生贄にして、俺とシエリア、ゴウキは温かいお茶を飲みながら湿地の話をしていた。

「……あっちは大変そうですね」

「とても面倒そうだ」

本音を零す男二人に、俺も同意しながら何食わぬ顔でお茶をすする。――ここでも、帝国で馴染み深いという甘い香りのお茶だった。


「それで、アダマンデが居そうな草地はどれくらい先?」

「討伐を行う予定の広場……五葉広場と呼んでいるが、そこの先が一か所目だ。あと3日もあれば到着する」

「ゴヨウ広場、ですか。それだと、足場の確認も出来て丁度良いですね」

俺の問いにゴウキがすらすらと答えてくれて、シエリアも頷く。

三白眼のシエリアは微笑んでいるようだけど、やっぱりちょっと怖い。

ゴウキは淡泊な話し方をするわりに、黒い眼が大きいのでどちらかと言えば優しそうに見えた。


その後も通る予定の道を確認したりしながら、三人で地図を見ていたんだけど。


「……そういえば、ハルト君。バフ、なんですが……他にはどんなものがあるのですか?」

シエリアに聞かれて、俺は地図を覗き込んでいた顔を上げた。

どうやらゴウキも興味があるようで、二人とも俺を見ている。


バフのことを聞かれることがあまり無かったから、ちょっと感動してしまった。

俺はバックポーチからいそいそとカナタさんの教科書を取り出して、広げて見せる。


「今日使ったのは肉体強化、脚力アップ、五感アップ、反応速度アップ、速度アップ。ハンナには威力アップも使った。あとは身体の表面を硬くする肉体硬化とか、体感調整なんていうのもあって……」

「へえ……どうして僕の周りにはいないんでしょうか……こんなに種類があるなら、必須だと思うのですが」

「バフは、普通の人は重ねてかけることが出来ないんだ。俺はちょっと特殊体質なんだと思うよ」

「そうなのか? ……ひとつだけではそんなに大した効果ではないということか」

シエリアに答えると、ゴウキがずばりと突いてくる。

俺は肩を竦めて見せた。

「そう。だからアイシャでもバッファーは不人気職まっしぐらなんだ。バフが使えたとしても、無いよりはマシ、程度でさ。他の職として名乗ってる人が多いよ、大剣とか、メイジとか」

「……僕達はトレージャーハンターであって、職……みたいな概念は無いですね……ヒーラーくらいです。あと敢えて分けてあるのは戦闘専門か探索専門かでしょうか」

「そういえばそうだったな。……二人はアルヴィア帝国出身なのか?」

「いや、俺はソードラ王国出身だ」

「僕は……その、もっと北にある国……です」

「へえ、ゴウキはソードラ王国なのか。俺、これからそっちに行くから色々教えてくれよ。シエリアは……北ってことは自由国家カサンドラ?」

「無論だ」

「いえ、僕はもっともっと北で……その、詳しくは話していいのかな……それでハルト君にまで暗殺者が来たら、僕は困ります……」


ゴウキが眉をひそめ、俺も思わず苦笑する。

恐ろしいことをさらっと言う奴だ。

けど、気にはなるよなぁ……今ならちょっと聞けるか。


「うーん、むしろ聞かせてほしいんだけど? ……シエリア、何かから追われてるのか?」

「そう……ですね。僕を狙う人達がいます……だからラウジャさんと行動を共にさせてもらっているんです」

「え? ラウジャと?」

「そうです。……彼女はアイシャ出身なので信用できます。アイシャは僕を裏切らない……はず」

「アイシャは裏切らない? どういうことだ」

ゴウキが不思議そうに聞き返す。

「それが……その、話しちゃっていいのかわかりませんが……そいつらが言うには、咎人のウル、なんですって、僕……」

「ぶっふ! ……ごほっ、げほっ」


俺はシエリアの口から流れ出た言葉に、お茶を吹き出した。

直撃したゴウキが、無言で顔を拭いている。


――ごめん、でもそれどころじゃないんだゴウキ。

シエリアの奴、ウルって言ったぞ、咎人のウルだって!

何でここでその単語が出てくるんだよ?


「だ、大丈夫ですか? ハルト君……」

「ちと急だったと思うが」

「ごほっ、ごほ……ちょっと、待って……ごめ、げほっ……!」


俺は自分の悪運に心の中で悪態を付いて、必死で呼吸を整えた。


「……はあ、はぁ……シエリア、頼む。詳しく聞かせてほしい。……あとゴウキ、巻き込むことになるかもしれないから、先に爆風と相談させてくれないか……」


湿地の中、俺はとんでもない闇の中に足を突っ込んでしまったような……そんな不安を覚えるのだった。




本日分です。よろしくお願いします!

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