湿地に潜む闇には。④
******
その日の午後、大きな池……湖という方が適切かもしれない……に差し掛かった時。
『…………』
俺達は全員、無言で立ち止まった。
湖の中、何か大きな気配があるのが感じられる。
もちろん、アダマンデでもアダマスイータでもないんだろうけど、じりじりとした緊張感が俺の指先を冷やす。
「狙われて、います……」
シエリアが、腰のサーベルをゆっくり抜き放つ。
ごてごての鞘に収まっていたのは、見事な刀身。よく磨き込まれた刃が、太陽の光を散らした。
俺はこちらを窺っているような気配に、双剣を慎重に抜きながら囁いた。
「ゴウキ、何だと思う?」
「……魚型の魔物、ルスシャークだろう。脚があるから、水からも上がってくる。陸上で速さはそんなにないが水の中にいる場合は別だ」
「わかった。……反応速度アップ、速度アップ、肉体強化」
俺はバフを広げた。
全員の五感アップを上書きして、3重に統一。戦闘に備える。
「ハンナ、様子見て肉体強化を書き換える。魔法の威力アップか持久力アップ、どっちがいい?」
聞くと、爆風の隣にいたハンナは一瞬驚いた顔をして、言った。
「あ、あまり強い魔法は使えませんの。威力を上げてもらえるならその方が」
「了解」
たぶん、そんなことも出来るのか? という顔なんだろうと思う。
「準備はいいね? とりあえず、誘い出すよ!」
ラウジャがいち早く駆けるのに続いて、爆風がするりと動く。
さらにシエリア、ゴウキが続いたのを確認して、俺はハンナと一緒に動き出した。
まずは皆の戦い方を見ておかないと。
バフをするにも、個々を理解しておかないと合わせられないからだ。
白薔薇の皆とは目配せだけでも意思疎通が出来るんで、やっぱり全然違うんだと痛感する。
「さあ! かかっておいで!」
ラウジャの咆哮。
彼女が戦斧で盾を叩き、ガンガンと音を鳴らすと、気配が水の中を物凄い速さで動いた。
『キャシャアアア!』
ばしゃああんッ!
水飛沫と共に、黒光りする巨体が跳ね上がる。
耳をつんざくような鳴き声が響き、その巨体は木製の道に着地。
そのまま身体をくねらせて牙を剥いた。
「間違いない、ルスシャークだ!」
ゴウキが声を上げるのと、ルスシャークの鼻先にラウジャの戦斧が叩き付けられたのは同時。
『シャアアアッ!』
つるりとした細長い魚に、脚のような鰭が4本ある魔物だ。大きさで言えば、ラウジャ2人分くらいある。
ルスシャークは後ろの2本の鰭を使って、器用に立ち上がった。
「気を付けろ! 奴にはブレス攻撃がある!」
ゴウキの声に、ラウジャが飛び退く。
『シャアッ……ジャッ!』
水……だろうか。
細く圧縮されたブレスが放たれて、避けたラウジャの後ろ、水草が爆散した。
「結構な威力だな」
爆風がくるりと双剣を回す。
そこを、シエリアが身を屈めて一気にルスシャークに肉薄。
サーベルを突き込んだ。
ずぶっ……にゅるっ!
刺さったかに思えた一撃が、身体の表面を滑るのがわかる。
「何ですかこれ!」
「鎧の代わりに身体に粘液を纏っているんだ。弱点は……」
「私の出番ですのよ! そおれ凍りなさい!」
すぐさま身を引くシエリアに、ゴウキを遮ってハンナが杖を掲げる。
氷の粒が渦巻いて、ルスシャークを巻き込んだ。
『キシャアア!』
粘液の表面が、白くなっていく。
身をくねらせるルスシャークが、腹ばいになって……ゴウキが呻いた。
「まずい。突進が来る」
「この道で? ……ああっくそ! 脚力アップ、脚力アップ、脚力アップ! ……跳べ!」
「ええっ? と、跳べって……どういうことですの、わあああ!」
道をいっぱいに使った突進攻撃。
俺達はバフで思い切り踏み切り、ルスシャークの上へと跳び上がった。
ひとり反応の遅れたハンナを、俺と爆風で抱え上げる。
「ハンナ、逆鱗に掴まれ」
「えっ、爆風のおじ様っ、わあああっ!」
俺は問答無用でハンナの首根っこを掴む。
爆風は俺とハンナが着地するのと同時に、俺達の下を通り抜けたルスシャークへと踵を返した。
「おおッ!」
気合一閃。
吹き抜ける爆風がルスシャークの尻尾を襲う。
白く凍りついた粘液が、バリインッ! と派手な音を立てて散った。
「今だ」
近くに着地していたゴウキが、右腕を振り抜く。
縄の先に括り付けられたナイフが、真っ直ぐルスシャークへと突き刺さった。
「おお、すごい」
思わず感嘆の声がこぼれてしまう。
『シャギャアア――ッ』
すぐ引き抜かれたナイフがゴウキの手元に戻ると、
「そおら! こっちも……だっ!」
バリィンッ!
さらにラウジャが戦斧を叩き付け、シエリアがサーベルを構えて踏み切った。
「肉体強化、肉体強化! ……威力アップ!」
俺はシエリアのバフを書き換えて、呆けているハンナのバフもひとつ書き換えてから、自分も走り出す。
「肉体強化、肉体強化、腕力アップ……おおおっ!」
狙うは、ゴウキの刺した一か所。
振り上げた双剣が肉を裂き、そのまま骨まで届いた感触があった。
「はああっ!」
シエリアも、尾の先の方を両断する。
『ギャアアアアッ!』
明らかに声が変わり、ルスシャークが身体を捩った。
頭がこちらを向き、首がもたげられる。
――ブレスか!
「来るぞ!」
爆風の声に、咄嗟にバフを広げた。
「反応速度アップ、速度アップ!」
2回が限界。それでも、ブレスが放たれるのとほぼ同時に、全員が跳び離れることに成功する。
木道の一部が破片となって飛び散り、その間を縫って、我に返ったハンナの魔法が炸裂した。
「撃たれろ!」
ドシャアアアァンッ!
青白い稲妻が言葉通りルスシャークを撃ち抜く。
――身体を痙攣させた後、ルスシャークは横倒しになって沈黙した。
「……ふうっ」
息を吐いたのはハンナだ。
彼女はばさばさと黒いローブをはらうと、杖をドンッと木道に突いた。
「ふふん、今夜の食材は魚ですわね! 爆風のおじ様、焼き魚、煮魚、それとも魚の炊き込み飯がよろしくて?」
俺はそれに思わず笑って、武器をしまう。
「さっき昼飯食べたばっかりだと思うんだけど」
「まあ! 逆鱗、お前は黙っていてくださる? 私は爆風のおじ様に聞いているのですわ」
ちょっと待て。
逆鱗ってなんだよ、あとお前ってのも失礼じゃないか?
ハンナは汚物でも見るかのような眼で俺を見て、鼻を鳴らした。
「首根っこを掴むなんて、失礼ですわ」
「……あれは不可抗力だと思うんだけどなぁ」
そこがお気に召しませんでしたか……。
ちらと見ると、爆風がにやりと笑っていた。
あんたのせいだからな!
本日分の投稿です。
よろしくお願いします!
逆鱗のハルトのポイントも増えてきて楽しく書いています。
皆様のおかげです、ありがとうございます。




