まだ見ぬ流れへと。④
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ソードラ王国まではずっと平原が続いていて、途中に小さな池や川がある湿地帯が広がっているようだ。
爆風から貰った地図を眺めながら、俺はあれこれと考えを巡らせていた。
……湿地ってことは、生命の宝庫ってことだ。
生態系も調べておけばよかったな。
ディティアの話を聞いたばかりってのもあるけど、魔物の情報も欲しい……。
それから、地殻変動が起きているらしい場所はソードラ王国王都付近から少し離れていたはずだ。
そうするといくつか町を経由して、目的の場所の情報を集めるのがいいかもしれない。
上手くいけば、血結晶の動きも何か見付けられるかも。
……すると、突然爆風が笑った。
「逆鱗、そんなに難しい顔をするな。まずは一番近い町まで行って、情報を集める。地図にあるだろう?」
「う、俺、そんな顔して……たな。えっと、テアルーって町のことか?」
俺は思わず地図から眼を上げて、口をへの字にしていたことに気付く。
町の名前を言ってから、ばつが悪くなって地図を畳んだ。
「そうだ。湿地に入る前にある町で、規模もそれなりに大きい。テアルーはまだアルヴィア帝国に属している町だが、上手くいけば、そこからソードラ王国まで馬車が出ているそうだ。……そう地図ばっかり見ていると、美しいものを見逃すぞ」
爆風はそう言いながら、背の低い草が茂った草原を見渡す。
釣られる様に視線を向けて……俺は息を呑んだ。
そこには手の平くらいの大きさの白い花が群生し、丁度見頃を迎えていて、すごく綺麗だったんだ。
真っ直ぐ伸びる街道の先は、地平線。
気持ちの良い風が優しく吹いていて、甘い花の香りがふわりと舞っている。
5枚の花弁が陽の光を受けて眩しいくらいに輝いて見えた。
「すごいな……」
思わず、ため息のような声が零れる。
爆風は庇を作って、満足そうに頷いた。
「旅はいいぞ、逆鱗。時期によって全く違う景色になることもある。……そうだ、ちょっとした遊びに付き合わないか?」
――唐突な申し出に、呆けていた俺は我に返った。
「え?何だ?遊び??」
爆風は人差し指を立て、俺を指差すと、歯を見せて笑った。
「何の前触れもなく、お前にこの指を突き付ける。お前はそれをバフ無しで察知して避けろ」
「何だよその地味なやつ……」
思わず悪態を付いたら、爆風はにやりと悪そうな笑みを零した。
「ははは、威勢の良い啖呵だな。四六時中、隙あらば狙うぞ」
「四六時中!?」
「そうだ。楽しみにしていろ」
こうして、問答無用の遊びが始まったんだけど。
――これがまた、凄かったのである。
最初の目的地テアルーまでは街道をずーっと行くだけでいい。
俺は三日あれば着くだろうと見積もった。
天気も悪くないし、見晴しもいい。
バフは「遊び」の中で禁止されていたから使っていないけど、これなら大丈夫だろう。
ヤンヌバルシャみたいな地中から飛び出してくる魔物だと困るけど、爆風のガイルディアもいる。
そろそろ、ちょっとお腹が空いてくる時間だな……。
ふと太陽の位置を確認した俺の脇腹を、どすり、と指が突いた。
「うっぐ……!?」
「はは、隙有りだ」
俺は突かれた脇腹を抱え、背中を丸めた。
「ちょっ……手加減ってものは無いのかよ爆風!?」
丁度、革鎧の隙間を縫う形での一撃。
痛かった。
物凄く、痛かった。
涙眼で突っ込むと、爆風は素知らぬ顔。
「それなりの殺気を滲ませたんだぞ?気付かないでどうする」
「……くそ」
俺は次こそはと意気込んで、あわよくば自分もやってやろうと決めた。
しかし。
どすっ。
「ぐっ……」
どすっ。
「……ッ、……ッ!!」
「おい逆鱗」
「次は……避けるッ」
「うん、心掛けは素晴らしいな」
どすっ。
「いッ……」
…………
……
――結局、全然避けられなかった。
ふと気を抜いた瞬間を狙われるのだ。
俺は一日中気を張って、その日の夜にはぐったりと疲れ果てていた。
街道の横で火を起こした俺達は、適当な携帯食を食べることにして、たき火を挟んで座る。
水は補給出来る場所が限られているから、無駄に使うことが出来ないんだよな。
俺は乾肉を噛み砕いて飲み込んで、向かいの爆風に話し掛けた。
「……なぁ、爆風」
「何だ、逆鱗」
「遊びとやらは、夜もやるのか?」
「はは、今はその段階じゃないな。ゆっくり眠っていいぞ」
「……そう」
正直、ちょっとほっとした。
今はってことは、ゆくゆく夜もやるんだろうけど。
俺はこの遊びが、爆風のガイルディアが俺を鍛える一環であることには流石に気付いていた。
自分が全く対応出来ていないことが物凄く情けなくもあって、何とかしたい。
バフに頼り切りだった部分はあるんだけど、成る程、バフが無い状態でも感覚を研ぎ澄ますことが出来れば、もっと底上げになるんじゃないだろうか?ってことだ。
……でもまずは、その感覚に至る取っ掛かりが必要なわけで。
「殺気をもう少し強く出したり出来ないのか?」
俺は恥を忍んで、爆風に聞くことにする。
「ほう?」
爆風は面白そうに俺を眺めた。
炎がぱちりと爆ぜて、爆風の顔に影を落としたりしながら揺らめく。
「今、全然対応出来ないから……ちょっと取っ掛かりが欲しいんだけど」
「うん、いいだろう。意図が伝わっていたようで俺はほっとしているぞ、逆鱗!」
歯を見せて笑う爆風は心底楽しそうである。
「……あのさ、絶対楽しんでるよな?」
肩を落としたら、伝説の冒険者のひとりは、深みのあるいい声で言ってのけた。
「ははは、何を言うかと思えば。当然だ」
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