まだ見ぬ流れへと。③
「それじゃあ出発するか。……ハルト、3カ月、みっちり鍛えられてこい」
次の日の早朝。
グランに言われて、俺は苦笑して見せた。
白薔薇の皆が使うのは、研究都市ヤルヴィの北門だ。
俺達が最初に入ってきたのは南門だから、真逆にあることになる。
先に出発する皆を見送ることになった俺は、皆と向かい合う形に立っていた。
……気を使ったのか、ガイルディアは来なかったんだよな。
「すっげー強くなっておくから期待しとけよな、豪傑のグラン」
言うと、グランは大きく息を吸って、唇の端を持ち上げる。
「おう、よく言った。まあ、俺達も何もしねぇってことはないからな、負けねぇぞ」
「そうそう。俺なんて、ティアと模擬戦いっぱいしてもらうつもりだからねー」
そこに、ボーザックが口を挟む。
「え、そうなの?」
思わず聞き返したら、にこにこするディティアがぎゅっと肩の高さで両手を握った。
「うん。皆で戦力の底上げしようって話になったんだ。私も頑張らなくちゃ!」
「皆で……ってことは、グランもファルーアも?」
さらに聞いたら、グランは髭を擦りながら、ファルーアはさらりと髪を払いながら妖艶な笑みで、言い切った。
「当然だ」
「当たり前よ。トールシャに来てから、私もティアと手合せしているし。もう少し増やすつもりでいるわ」
俺はその答えに、思わず銀色のもふもふを見た。
「……フェンもか?」
「がふ」
フェンも、フンと鼻を鳴らして俺の足を尻尾で叩く。
うわあ。
これは、俺もかなりみっちりと頑張る必要がありそうだ。
思わず唸っていると、ディティアが前にやってきて笑った。
「ハルト君、こっちは任せて。心配しないでね。だから、思いっ切りたくさん動きを教えてもらって!私の分も!」
「お、おう……」
やっぱり羨ましい気持ちはあるんだろうなぁ。
俺はエメラルドみたいな眼をきらきらさせているディティアに返事をして、そっと拳を突き出した。
「頑張るよ。……皆がいるから、心配はしない。疾風のディティア、一人じゃないってこと、忘れるなよ?」
ディティアは、一瞬だけ眼を見開いて、今度は微笑みを返してくれる。
「……そうだね。皆がいてくれるもんね。――私は、白薔薇の一員として、共にあります。気を付けて、逆鱗のハルト」
そっと合わせた拳。
彼女の手首には、エメラルドが填まったブレスレットが煌めく。
まだ静かな街中を抜けてきた乾いた風が、彼女の髪を揺らす。
俺は触れた拳の温もりをしっかり頭に刻み込んで、手を降ろした。
「それじゃあ、また3カ月後!」
俺が言うと皆が手を振ってくれたから、手を振り返す。
踵を返し門を抜けた皆は、何度も何度も振り返ってはまた手を振ってくれた。
少しだけ、寂しい気持ちが心に触れる。
それでもこれは、俺達がもっと強くなるための一歩だから。
俺は皆が見えなくなった頃、漸く歩き出した。
街には、朝食の香りが漂い始めている。
――強くならないと。もっと。
******
トレージャーハンター協会ヤルヴィ支部で爆風と落ち合う。
相談した結果、俺達はまず西の『ソードラ王国』へと向かうことにした。
砂漠や樹海がある『カールメン王国』には、先に手紙を出して調査を進めておいてもらうんだ。
頼むのは、砂漠の街ザングリの裏ハンター、ゴードと、その妹アーラ。
そして、樹海の街ライバッハの裏ハンター審査官、双子のナチとヤチである。
爆風と俺の名前が入った手紙を出すとのことで、既に内容は準備されていた。
黄ばんだ羊皮紙は中々の年代を感じさせる。
「でも、手紙だと時間掛かるんだろ?」
俺は自分の名前を追記して、封をしながら聞いた。
しかし、爆風はしれっと答える。
「トレージャーハンター協会の伝達龍を使うからすぐだ」
「……え、伝達龍!?いるのか?協会に?」
伝達龍は、ハトよりもずっと早い小型の飛龍のような生物だ。
アイシャのギルドでは、ギルド間や王国間での情報のやり取りに使われているけど、ごく最近の話である。
爆風は俺の反応が面白かったのか歯を見せて笑うと、そうだと頷いた。
「そもそも、トレージャハンター協会では普通に飼育されていると聞いたぞ。その分だと、アイシャでも実用化したのか?」
俺はぶんぶんと縦に頷いて、俺達が災厄と戦う直前に導入されたことを伝えた。
「そうか、それは吉報だな」
爆風は楽しそうなまま、受付に手紙を出しに行く。
そうなんだ、伝達龍って、トールシャでは普通だったんだな……。
俺達が研究所のカタリーナとアンセンに話した情報は、樹海の街ライバッハへの依頼ってことにしたけど、その旨が書かれた書状も、今頃はもうナチとヤチの手元に届いてしまっているかもしれない。
あいつらも大変だろうな。
憤慨するナチの顔を思い浮かべて、俺は思わず笑ってしまった。
今頃、くしゃみしてるかも。
「よし、出発するぞ逆鱗」
戻ってきた爆風の声に、俺は頷いた。
「わかった。……っていうか、普通に言ってるけど、そろそろ逆鱗は辞めてもらいたい」
「ははは、いいじゃないか。『逆鱗』、似合っているぞ?」
「そういう問題じゃないんだよ……」
俺はさっさと歩き出した爆風のガイルディアに続いて、歩き出す。
ストー達も、もう帝都へ向けて出発しただろう。
アマルス達はエニルが完治するまではここにいるはずだ。
面倒を見てくれるのは治療所の所長アンセンだし、心配はないだろう。
帝国兵第五隊隊長アーマンは、あと1カ月で次の隊と交代すると聞いている。
それぞれのやることを携えて、俺達は別々に出発する。
やる気は充分。
空はすっきり晴れ渡り、最高の旅日和。
向かうのは西のソードラ王国だ。
本日分の投稿です。
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