風は自由奔放です。⑨
――意外にも、アイナとガイルディアの戦闘における相性は良かった。
正直甘く見ていたのだが、幅の広い長剣はアイナの盾としても機能し、数を熟すほどにアイナの受け流しに合わせてガイルディアが敵の懐に飛び込むことも多くなっていく。
前を任せても、彼女は優秀だったのだ。
……中々どうして、やるじゃないか。
聞けば、アイナは騎士の家柄に生まれたそうで、兄弟に混ざりずっと鍛えてきたとのこと。
その型の美しさに、ガイルディアも感心した程である。
そうする内にあっという間に3ヶ月が過ぎ、お互いの性格にも慣れた頃には、彼等の戦闘方法はほぼ確立されていた。
爆突のラウンダの槍に加えて、荒削りだが速さのあるガイルディアと、的確な判断を下すことが出来るアイナが魔物を翻弄し、その隙を突いて爆呪のヨールディの氷や土の魔法が魔物を地面に縫い付ける。
最後は高火力を持ってして爆炎のガルフが屠るという殲滅方法だ。
それと時を同じくして、爆風のガイルディアと爆辣のアイナ、という2つ名が付いた。
名を付けたのは、ギルドの偉い人だ。
爆突と繋がりが深い人物であり、かつては冒険者だった。
何故爆突自身が付けなかったのかと言うと、爆突が、自分達が2つ名を付ける時は爆の字は使わず、もう一方の漢字を継がせたいと決めていたからだ。
それを聞いた時、ガイルディアも何となくそうしてやろうと決めた訳だが、ガルフも、ヨールディも、アイナも、きっとそうだったに違いない。
こうして、爆のパーティーは5人となった。
******
「ねぇガイル。今回の依頼、どう思う?」
アイナは隣に座っていたガイルディアに話し掛けた。
呼び方が愛称に変わるくらいには、お互いに打ち解けたように思う。
「どうって言われてもな……」
ガイルディアは頬杖をつきながら、ぼんやりと店内に視線を巡らせた。
ここは宿屋に併設された食堂だ。昼時を少し過ぎていたので席には空きが多い。
その中で、ガイルディアはアイナと二人、一番隅のテーブルに陣取っている。
爆突、爆炎、爆呪は、突然ふたりに留守番を言い渡し、何処かへ行ってしまったのだ。
何処か……と言っても、依頼に出て行ったのは間違いないし、目星は付いているのだが。
木製の使いこまれた四角いテーブルを指でトントンと叩いているアイナは、無言でガイルディアの返答を待っている。
彼女が指で何かをトントンとするのは、苛立っている時の癖であった。
大きな蒼い眼は、ガイルディアを捉えたまま。
……ガイルディアはため息をこぼした。
「対人戦なんだろう?気を使われたのが見え見えだったぞ。まだ早いってことじゃないか?」
「そんなのわかってるわ。それでも、置いていかれるなんて納得出来ないんですけど」
ここで、頼んでいた昼食が運ばれてくる。
アイナは大きな魚の丸焼きに、さらには肉も頼んでいて、テーブルは隙間なく埋め尽くされた。
早速ナイフとフォークを手にする彼女を横目に、ガイルディアはパンをスープに浸して、口に放り込んだ。
「相変わらずよく食うな」
「仕方ないじゃない、お腹空くんだもの。ガイルも食べていいわよ」
ガイルディアは肩を竦めて、アイナの肉を一切れ頂戴する。
……うん、旨い。
「あたし達は対人だってやれるわ。地龍の被害者を集めてお金を巻き上げるなんて、許せないじゃない」
「まぁな……聞くところによれば、首謀者は町から少し離れた館を根城にしているみたいだぞ」
アイナはガイルディアの言葉を聞いて、肉を放り込もうとしていた大きな口を開けたまま、止まった。
美人なのにあまりに間抜けな顔をしているので、ガイルディアは眉をひそめる。
「……何だ?」
「ガイル、今何て?」
「根城のことか?」
「何で知ってるのよ」
「そりゃ、気になったからな。ラウンダ達から聞いた時点で、ギルドに聞き込みくらいはしたぞ」
「……嘘、教えてくれてもいいんじゃないかしら!そうしたら一緒に聞いたのに」
「馬鹿言うな、それくらい自分で考えたらどうだ」
そこまで言うと、アイナは目に見えて眉を寄せ、がぶりと肉に食らい付いた。
「んぐ。……何よ、いいじゃないの。あなた優しさってものはないの?」
「俺に優しさなんて求めないでくれよ」
呆れて肩を竦めると、彼女は無言で次々と肉を腹の中に消し去り、魚もあれよあれよという間に飲み込んでしまった。
あまりの早さに、思わず魅入ってしまった程である。
「――よし、行くわよガイル」
「……おい、まだ俺は食べてるぞ」
「早くしなさいよ!」
……こいつ、本当性格に難があるな。
ガイルディアは諦めて、さっさと食事を済ませた。
「そうこなくっちゃ!行くわよ、相棒!」
「何だよ相棒って……」
それでも、アイナがにやりと笑えば、思わず笑みが零れる。
彼らは、爆突、爆炎、爆呪を追って、町を出た。
******
――結論から言うと、こっぴどく叱られた。
対人戦真っ只中に現れた二人に、驚いたのは爆炎のガルフと爆呪のヨールディだ。
魔法の発動がずれ、足止めが乱れて、首謀者をあわや取り逃がしそうになったのである。
「ったく!待ってろって言っただろうが!調子に乗ると怪我だってするんだぞ!」
爆突のラウンダが、珍しく大声で怒鳴る。
爆辣のアイナはぐっと唇を引き結んだ後、吠えた。
「なら置いていかないでください!最初から一緒だったらこんなことにはならなかったです。あたし達だって心配するんですよラウンダさん」
まさか言い返されると思っていなかったラウンダは、驚いた顔で仰け反った。
唯でさえ大きな眼が、更に丸く見開かれている。
「……し、心配!?」
「そうですよ!あなた達が強かったとしても、知らないところで危ない目にあっているのは納得出来ません」
爆辣のアイナは口を緩めない。
「あたしとガイルと一緒に戦っていて、不安がありましたか?対人になったからって、あたし達は躊躇いません」
……さり気なく、俺を巻き添えにするなよ……。
思わず突っ込みかけたが、黙っておいた。
ラウンダはみるみる眉をハの字にして、視線を泳がせる。
「しかし……やっぱり、人をな、斬ったりするのはな……?」
「恐れません。あたしは騎士の教えを知っています。騎士は弱きを助けるんです。魔物相手でも対人相手でも変わりません。……たまたま、あたしは冒険者になっただけで」
さらに腕を組み、威嚇するかのように爆突のラウンダに詰め寄るアイナ。
ガイルディアは、とうとう肩を竦めた。
「俺は騎士じゃないぞ、アイナ。それくらいにしとけよ、ラウンダ、困ってるぞ」
「そうじゃな、じっとしておれんお転婆だってことはわかった。今後気を付けるから、そんな怒るでない、爆辣。しかし、そもそも約束は守らねばならんぞ?騎士はそう教えんのか?今回、待っていることに一度は頷いたはずじゃ」
ガルフも白髪交じりの髭を撫でながら、苦笑している。
アイナはその言葉に、眼をぱちぱちした後でしゅんと項垂れた。
「……それは、そうです。申し訳ありませんでした」
…………
……
捕まった首謀者は40代前半の男。
何度も詐欺を働き、ギルドから眼を付けられていた。
男はギルドが用意した部屋に縛られて転がされている。
戦闘になってもそれなりに持ちこたえるだけあって、自身もかつてはそれなりの実力がある冒険者だった。
今は追放された身だが。
今回は地龍グレイドスにやられてしまった町を狙って、祈れば助けが得られると吹いて回り、信者を獲得。
そうして、高額な商品を買わせていて掃討されたわけだが、男からすれば地龍に襲われた者達の拠り所を作ってやったことに何の文句があるのかと思う。
普段使うのは短剣で、小手やブーツに小さなナイフも隠していた。
ただし、今回は念入りに調べられて武器は全て取り上げられ、ぐるぐるに縛られている。
逃げるのは半ば諦めていた。
……掃討に来たのは、爆の冒険者達。
男は、その中で爆辣のアイナに眼を付けた。
逃げられなくとも、やりようはある。
「俺は、野郎とは話したくない。交渉には女を……黒髪がいたな?……そいつを指名する」
今回の詐欺についての詳細を話せと尋問を受けている中で、男はアイナとの交渉を条件にしたのだった。
******
「あたしが交渉役ですか?」
「あぁ……聞きたいのは詐欺で巻き上げた金の在処だ。それは被害者に可及的速やかに返したい」
驚いた顔のアイナに、爆突のラウンダが頷く。
「俺達も外で聞いててやるから、やってみねぇか?何事も経験ってもんだろ!」
「でも、聞き出せるか自信無いです」
「おや、珍しいですね爆辣。僕は君が意気揚々と受けると思っていました」
言い募るラウンダに答えたアイナに、意外そうに爆呪のヨールディが声を掛ける。
ガイルディアは双剣を磨きながら、そうでもない、と思った。
「だって、詐欺師なんて大嫌いですから。普通に話が出来ると思えません。殴ったら駄目なんですよね?」
アイナがすっぱり言い切ると、爆呪は「あぁ……」と言って苦笑して見せた。
ほらな。
思った通り、ばっさりだ。
ラウンダはその答えに茶髪のツンツン頭を掻くと、とんでもない妥協案を出した。
「よし、一発殴ることは認める。一発だ、使い処を間違うなよ?」
――いいのか?それで。
ガイルディアは呆れたが、今更な気もして放っておいた。
…………
……
いざ、尋問の場に立つと、男の話は爆辣のアイナの心を抉った。
彼は、自身も地龍グレイドスの被害者であることを語ってきたのだ。
真っ当に生きようとした矢先、住んでいた町と家族が地龍の被害を受け、最初は本当に拠り所を作るために人を集めたこと。
その内、何か身に着けることで力になることがあると知り、ブレスレットやペンダントを作る内、欲が出てしまったこと。
爆辣のアイナにとって、彼の話は他人事ではなかった。
ガイルディアは後で知ったのだが、彼女の騎士の家柄は……地龍グレイドスによって、町ごと、壊滅していたのである。
家も親も兄弟も亡くし、彼女は騎士を諦めた。
地龍グレイドスをいつか屠るため、冒険者になろうと決めたのだ。
話なんて出来るわけがないと思っていたアイナは、いつしか殴ることも忘れて真剣に男の話を聞いていた。
外にいる野郎達は、男の胡散臭さを大いに感じていたわけだが、一生懸命に男を諭すアイナに、黙っていることを選んだ。
一応証言の裏を取ってみたが、確かに、男の町は大きな被害を受けていた。
けれど今さらその話を出すことが逆に怪しいとガイルディアは思ったし、爆突も同意見だった。
アイナには、黙っていたけれど。
交渉は数週間に渡り……その間、アイナはもう一度真っ当に生きるよう、何度も何度も男に諭した。
やがて、男はそれを承諾し、金の在処へ彼女達を案内することを約束する。
――依頼は成功したかに見えた。
けれど、死の足音は、この時ゆっくりと近付いてきていた。
長くなってしまいました。
一応毎日更新予定ですが、爆風の話をどこで区切ろうかすごく迷って遅くなっています、すみません。
よろしくお願いします。




