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逆鱗のハルトⅡ  作者:
129/308

風は自由奔放です。⑦

昨日に引き続き長めです。

******


メイジの放ったらしい炎の魔法で草がぶすぶすと燻っている箇所を抜け、時折飛び掛かってくるオークロプスを切り捨てて、ディティアとシュヴァリエ、ナーガは戦場を駆けた。

息絶えた冒険者も、オークロプスも、所々で眼に入る。


まだこの先では戦闘と思われる大きな音が聞こえていた。


「……思ったより酷い状況だね。主戦場はそろそろだろう。気を引き締めよう、疾風の」

「はい」

シュヴァリエに答えて、ディティアは唇を噛んだ。


……皆、何処にいるの。


指先が冷える。

倒れている冒険者を眼にする度、心臓はぎゅうっと握られたような痛みを訴えた。

それがリンドールの仲間ではなくても、恐かった。



そして。



「そろそろか」

閃光のシュヴァリエのひと言。

ディティア達はこちらに向かって走ってきた後方支援部隊の中に飛び出した。


「うわああっ……あ、あ」


背の高い草の間から飛び出してきたディティア達に、腰が引けたローブの男が悲鳴を上げる。


近くにいた他の冒険者も、震える手で各々の武器を構えていた。

「大丈夫ですか!」

声を掛けるが、激しく震えるローブの男は真っ青なまま、歯をガチガチさせているだけ。

隣の冒険者が、彼の肩を掴み、大丈夫だと言い聞かせる。


「状況の報告を」

シュヴァリエはさっさと見切りをつけて、別の冒険者へと切り出した。


「突然……奇襲を受けた……まるで河だ、黒い、河」

弓を持った男の人が、何とか声を絞り出してくれたけど、シュヴァリエは更に質問を重ねる。

「ふむ。君達はここで何を?戦場はこの先だと思うが」

「に、逃げるんだよ!!こんな……聞いてない!!あああっああっ」

取り乱していたローブの男が更に悲鳴を上げる。

「他の者を置いていくのだね」

しかし、シュヴァリエはお構いなしにさらりと返す。

周りの冒険者はその言葉に顔を歪め、視線を逸らした。

「それは……けど、あれはどうしようもないっ……無理だ……すまないっ」

弓使いの男の人が、唇を噛んだ。


仕方ないことなのは、わかっている。

彼等の命に、私は責任を持つことは出来ないのだから。


それでも、リンドールの皆は絶対に残っているという確信があった。

まだ、戦っているのだ。無理なんかじゃない。

ディティアは、知らず双剣の柄をぎゅっと握りしめ、俯く。


「ふ……そうか。行きたまえ。戦えないのであれば、冒険者など辞めて生きるといい」

――シュヴァリエは失笑した。


「……っ、い、行くぞ」

彼等は眼を見開くと……それには答えずに草の向こうへと消えていった。


…………

……


それからすぐに、主戦場へと突入した。

けれど……そこは、酷い有様で。


ディティアは、あぁ、と呻いていた。


もつれ合う魔物と冒険者。

あらゆる場所で上がる大きな魔法の爆発音と熱風。


倒れた、人、人、人。


後方支援部隊は、まさに地獄絵図の真っ只中にいた。


泥と、生臭さと、血と……全身を震わせる程の『死』の臭い。

むせ返りそうになるのを堪えるために、ディティアは右腕で口元を覆った。


そこら中に倒れているのは冒険者だけでなく、猪に似た頭で一つ目の魔物もだ。

湿地のぬかるみに流れた両者の血が、混ざり合って大きな血溜りを作っている。


――それだけ、被害が甚大だということか。


「まずは怪我人を誘導するよ、疾風の」

「わかりました!」

閃光のシュヴァリエの剣戟、迅雷のナーガの槍捌きが、こちらに狙いを定めたオークロプスを屠っていく。

ディティアもそれに続き、押されている冒険者を助け、怪我人を誘導し、声を掛けた。


「閃光のシュヴァリエ、ここに到着した。冒険者諸君!安心するといい!魔物など、この僕には相手ではない!」

凛とした声が、戦場に響く。

近くに居た者達が歓声を上げるのを、シュヴァリエは満足そうに聞きながら、次々とオークロプスを斬り伏せる。


閃光を中心として、何とかなるかもしれないという空気が満ちていくのがわかった。


……やっぱり、この人はすごい。

士気を高めることが出来るというのは、それだけで相当な力となる。


「おい!閃光!!」


そこに、袖無しの黒ローブが走ってくるのが見えた。

いかつい身体の大きな男は、途中、飛び掛かったオークロプスをトゲの付いたロッドで難なく仕留める。

……祝福のアイザックだ。


「あっちの被害がやべぇ。回復が間に合わねえ!!」

指し示す先では、巨大な火柱が上がったところだ。

離れていても熱を感じる。


次に、アイザックは顔を歪め、ディティアを見た。

「疾風……すまねぇ。すぐにお前も来い……頼む」

「……え?」

聞き返す。

アイザックは目を閉じて、一瞬だけ、言葉を探したようだった。


「……リンドールがやられた。……何とかしようとしたんだが」


しかし。

隠すことも、誤魔化すこともなく。

アイザックは、事実を告げるのだった。


******


回復を担う金髪のツインテールのルウ……。

彼女は、ディティアが到着した時には既に眠りについていた。


泥と血で汚れた白いローブ。

薔薇色だった頬は土気色に変わり果て、生気が無い。

胸部に深い傷があり、切り裂かれた布が一緒に巻き込まれている。

そのあまりに酷い有様に、誰かがマントを掛けていてくれた。


その横には、身体の殆どを焼かれた、ルウの姉、スウが寝かされている。

高く一本に結った金髪も、無残に溶けて、張り付くばかり。

一部が炭となった紺色のローブから覗く爛れた手足からは血が零れ、意識が無く、吐息も弱い。


「……そんな」

掠れた声が、零れた。

認識するのを恐れた脳は、まだディティアに実感を持たせない。

だから、涙も出なかったし、悲鳴も出なかった。


呻き声が、泣き声が、そこら中から聞こえている。


ここは、怪我人達が集められている場所だった。

動けるヒーラー達が必死に回復に当たっているが、全くと言っていい程、間に合っていない。


血の臭いと絶望が渦巻いている中で、ディティアは茫然とふたりの前に膝をついていた。


「最初の奇襲の真っ只中にいたんだ。ヒーラーがやられて、助けに来た姉が魔法に巻き込まれた。……もう一人のメイジと弓使いはひでぇ怪我のまま……戦場に戻った」

アイザックに言われて、ディティアはふらりと立ち上がる。


「……ユヴァと、ナレルは、戦っているんですね」

「……ああ。治せないなら、戦い抜くと」

「行きます」

「疾風……いや、なんでもねぇ。ここは……任せろ」

アイザックは、ただそれだけ言うと、スウにヒールをかけてくれた。

「はい。お願いします」

応えて、踵を返す。


気休めでも、アイザックの心遣いは、ディティアの背中を押してくれたように思う。


…………

……


ディティアは眼につくオークロプスを一瞬の内に屠りながら、前へ前へと進んだ。

湿地は今や炎が渦巻き、空を焦がしていた。

酷い臭い……肉の焼ける臭いか……が満ちていたが、既に鼻は機能していない。



苛立ちのようなものが心を満たしていたが、それ以上に、混乱していたのだと思う。

いやに意識ははっきりしていて、研ぎ澄まされていた。



「きゃああああ!!」

耳をつんざくような悲鳴にディティアはすぐさま反応し、視線を走らせた。

オークロプスの群れが、冒険者の男女数人を取り囲み、何度も何度も棍棒を振り下ろしているのが眼に入る。


彼女は迷わず飛び込んで、オークロプスを斬り刻んだ。

振り下ろされていた棍棒には、骨のような物を尖らせた突起が、びっしりと埋め込まれていた。


……武器を加工するだけの知能があるということだ。


感じるのは、冷たい、冷たい、感情だけ。

倒さなくては、倒さなくては、と思う。


けれど。


「……ディー……」

「っ!」


それは、聞きなれた愛称。


ディティアは、足元へ視線を這わせる。

黒いローブ。

黒い髪。

頭から血を流したユヴァが、倒れていた。

……いや、頭だけじゃない。

棍棒の突起を何度も叩き付けられたのだ。

その身体中が血濡れているのに、ディティアは気付いた。


――それが、絶望的な状態であることにも。


「ユヴァ……」

抱き起そうにも、頭からは血が流れ続けている。

動かすのは危険かもしれない。


せめて手を握ろうとしたら、その手はありえない程ぐにゃぐにゃになっていた。

……骨が、砕かれているのだ。


「…………あ」

言葉を探していると……。


「ごめん……」

ユヴァは力なくそう言って、微笑んだ。

「会えて、良かった……」

「何言ってるの。帰ろう、大丈夫」

ディティアは、うまく笑えていると思った。

安心させてあげられると、思った。


でも、きっと、出来ていなかった。

ユヴァの表情が、哀しげに歪む。


「辛い、思い……させて、ごめん……」

「そんなこと!……大丈夫、ユヴァ、大丈夫」

他に、何か言えれば良かった。

良かったのに。


「大丈夫……大丈夫だよ」

「……うん」


ユヴァは眼を閉じて、そのまま、動くことはなかった。


…………

……


ナレルを見付けた時、彼女は……膝立ちで、こと切れていた。


右腕は無く、布で無理やり傷口を縛り付けてあった。

左腕には弓を携え、それが支えとなっている。


足元に転がった矢、それから、ナレルの口と頬が切れていたのを見て、ディティアは項垂れた。


口で、弓を引いたんだ……。

最後の最後、命の灯が消えるその瞬間まで……彼女は戦ったのだ。


彼女の周りに倒れた、メイジと思われる冒険者達。

血を吸って赤くなった土を、ぎゅうと握り締めた痕。


更に、射抜かれたオークロプスが何体も転がっていた。


ディティアはナレルの身体を、抱き締めた。


「……ああ……」

呻きは、零れるのに。

涙が出ない。


悲しいはずなのに、意識ははっきりしていた。


******


オークロプスは、合流した前線部隊に押し切られる形で、殲滅された。

ディティアはひたすら剣を振るい続け、戦場を駆け抜けた。


ディティア以外の後衛が全滅し――リンドールが終わりを告げられた日のことである。


******




アクセス数が増えてきました!

受賞の恩恵かもしれません。


皆様には感謝ばかりです。

いつもありがとうございます。

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