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逆鱗のハルトⅡ  作者:
126/308

風は自由奔放です。④

******


ヒールですっかり元通りの頬に戻ったディティアは、グランやボーザックが離れると、呆けている俺に向き直って微笑んだ。

「やったね!ハルト君!」

「あ、うん……」

「ティア、ハルトは喜びと安堵で抜け殻みたいだから、少しそっとしておきなさい?」

何て答えていいかわからない俺に、ファルーアが助け船を出してくれる。

すると、彼女は大きく頷いて、口元をにへらーっと緩め、とんでもないことを言った。


「えへへ、わかった!……では!ガイルディアさん!引き続き稽古を付けて下さいっ!」


「なん、だと……?」

うん。

爆風がこれでもかってくらいに眼を見開いたのが、ちょっとだけ面白かった。



……そんなわけで。



「はっ、やあっ」

「右が少し甘い」

「はいっ」


ガガガッ!

キィンッ!!


目の前で繰り広げられる『稽古という名の高次元すぎる戦い』をぼーっと見ながら、俺は座っていた。


太陽はまだ十分な高さにあって、白いレンガの台が眩しい。

土の匂いが満ちる陽だまりの中、アーマン、ストー、リューン達……それから甲冑を着ていたり着ていなかったりする帝国兵も彼等を見守っている。


俺はまだ何だか夢現のような状態だったから、「甲冑、邪魔そうだな……」なんて謎の心配まで湧き上がってくる始末だ。

これじゃ駄目だと、ファルーアの話を聞くことにした。


――ファルーアが言うには、ディティアが顔を殴られて見ていられない状況になったら、俺はまず止めると思っていたそうだ。

それは他の皆も同じらしい。


「実際、最初にあんな風に頼まれていなかったら、私はすぐに止めたわね」

座る俺の隣、立ったままの彼女は自嘲気味に呟くと、そのまま続けた。

「ハルトみたいに、共に戦うって選択肢は浮かばなかったはずよ」

たぶん……褒められているんだと思う。

俺は何だかむず痒くなって、爪先を引き寄せて胡座をかく。


――俺なら絶対に止める。その確信があった。

だから、ディティアはこう言っていたらしい。


『爆風のガイルディアさん、ハルト君に止められたら、その場でもう一度、私を殴ってください』


「はあ!?」

あまりにも衝撃的だったんで思わず眼を見開いたら、ファルーアがくすくすと笑った。

……いやいや、そりゃ、止めたその場で殴ったら、俺は爆風にキレてたかもしれないけど?

やり過ぎだろ!どう考えても!


「まさか、止めないでティアの気持ちを尊重するなんて。びっくりしたわ。あんた、よっぽど大事に思っているのね」

「だっ!?……大事、だけど、それは皆もだろっ、あんなの見せられたのに、ディティアがそう言ったから耐えてたとかさぁ」

「……ふ、それもそうね」

俺を見下ろすファルーアは、いつもの妖艶な笑みに戻ると、眩しそうにディティアを見る。

「私もまだまだ強くならないとって……思ったわ」


俺は、自分の右手に視線を落とす。

わかっては、いたんだよなぁ……。

デバフの感覚……俺が、本気でそうしてやる!と思えば、形になるんだろうなーってこと。

……でも、どうしても、それが上手くいかなかったんだ。


「どうしたのさ、変な顔して」

すると、いつの間にかファルーアは離れていて、代わりにボーザックがどかりと俺の横に座った。

俺はそれを横目に、考えていたことを話そうと言葉を紡ぐ。

「ああ、何か……デバフがさー」

「……あ!そうだったハルト!やったじゃん!!」

しかし俺の言葉に被せるようにして、ボーザックが言い放つ。

拳を突き出してくる小柄な大剣使いは、心底嬉しそうな顔で笑った。

「何だよ、覚えとけよなー!」

思わず、俺も笑う。

拳をガツンとすれば、ボーザックは口元を緩めたまま、俺をじっと見据えた。

「――ハルトはさー、逆鱗に触れられて、それでデバフが使えたってことだよね?だからそういう時に、ハルトはもっと強くなれるってことで。たぶん、ティアが……いや、きっと俺達がさ、ハルトの逆鱗なんだよ」

「……え?」

「ハルトが守りたいって思う仲間」

「…………」

からかってるわけじゃなさそうだ。


俺はボーザックをまじまじ見詰めてから、ぽつんと溢した。

「お前、言ってて恥ずかしくない?」


ボーザックはたっぷり間を置いて眼をぱちぱちした後で、右腕を口元に当ててごほん、ごほんと咳払いをしてみせる。

「ちょ、あのさあ!俺、真面目に言ったんだけど!?っていうかハルトがそれ言う!?」

「ぶっ、ははっ!悪い、悪い!!っていうか、そっか、そうだな!!」

俺はボーザックの首に腕を回し、頭をぐりぐりしてやった。

……うん、何かすごく腑に落ちた気がしてさ。

「うぐっ、ハルト!!だから、俺はっ、真面目に……!」

「うんうん、お前らは、すっげー守りたい大事な仲間だよ」

「……!?」


ボーザックはガクーッと項垂れると、そのまま声を絞り出した。

「ティアの気持ちが……ティアの気持ちがわかる……」

「……ん?何だよそれ?」

「ふんっ、ハルトはやっぱりハルトだってこと!」

聞いたら、ボーザックは盛大に鼻を鳴らすのだった。


本日分の投稿です!基本的に毎日更新予定です。


今更ですけど一応補足です。

逆鱗に触れる……とは、正しくは目上に使われる言葉です。

現代的には変わってきていると感じているので、このように使っています。

単純に響が好きってのもあるわけですが!


ただ、最初にシュヴァリエが付けた時は、完全に敬意(嫌味?)が込められています。

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