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逆鱗のハルトⅡ  作者:
124/308

風は自由奔放です。②

「お待たせしました、爆風のガイルディアさん」

「はは、よく言うな」

台に上がるガイルディアを、ディティアは迎え入れた。


ガルニアは入れ違いに台を下り、こっちにやって来る。


俺と同じで同情したのか……隣に座っていたグラン、ファルーアが、苦笑して声を掛けた。

「どうだ、うちの疾風は」

「すごかったでしょう?」

珍しくすっかり殺気を無くしたガルニアは、ぼさぼさの茶色っぽい髪をガシガシする。

紅い眼も、どこか遠くを見ているようだ。

「何だありゃ、化け物か?気持ちの悪ぃ動きしやがって……アイシャにはあんなのばかりいやがるんじゃねぇだろうな」

意気消沈しているかと思いきや、「いや――それはそれで滾るな」と小さく付け足したのが聞こえた。


こいつ本当に戦うのが生き甲斐なんだな……。


「……でも、爆風はそれ以上なのよね」

ぽつんと、ファルーアが言う。

彼女は細い指先で両腕をかき抱き、ふう、と吐息を溢した。

指先には力が籠もってるみたいで、白くなっている。

「……?どうしたファルーア」

思わず聞いたら、彼女ははっとしてサファイアみたいな蒼い眼をぱちぱちさせた。

「え?何かしら?」

「いや、そんな緊張してどうしたのかなって」

「あ……ああ。……ハルト、どうして貴方そういうことには気が付く……いや、違うわね。むしろそれがハルト……?」

「はあ……?」

何かすごく失礼なことを言われているような気がする。


そこで、グランが腕を組みながら顎で前を示した。

「おい、始まるぞ」

その固い表情に何となく不安になって、俺も座り直す。


……どうやらガルニアも、ここで観戦することにしたようだ。

どかりと腰を下ろすと、ぎらぎらした眼でじっくりと『戦場』を見渡した。


******


「……行くぞ」

「はいっ!」


『シャアンッ!!』


双剣を抜き放つ音が響き合う。

次の瞬間には、2人は一気に詰め寄り、お互いの双剣をガッチリと交差させていた。


「ふ、やるな」

「まだまだですッ」


短い会話に、爆風の口元には笑み。

ディティア……疾風は双剣を弾き上げると、そのまま爆風の方へと身を捻る。


――速い。


「はっ!」

「ふっ……!」

爆風と、疾風が、互いに気合いを吐き出す。


ガッ、キィンッ……シャンッ!!


2人の剣は幾度となく打ち合わせられ、弾かれ、踊るような足捌きでも縺れることなく繰り返される。

何をしているのか、眼で追うのすら厳しい。

とにかく、速かった。


「……すげぇな」

思わず、と言った気の抜けた声で、グランが溢したのが聞こえる。

俺は流れる風の狂演から眼を放せないまま、呟いた。

「……ああ、すごい」


その間も、吹き荒れる嵐のような、それでいて軽やかな剣捌きが閃く。


けど、ああ……。

俺は『気付いた』。


爆風は、口元に笑みを湛えたままだったのだ。


「っ、……ッ!!」

対する疾風は、唇を引き結んでいた。

動作も、爆風に比べると少し大きく見える。


やがて。


ギィンッ!!!


疾風の左手の剣が、弾き飛ばされた。

「くっ……」


疾風はその瞬間には全身をバネのようにして回避行動をとる。

弾かれた剣が転がったところへ向かおうとしたようだ。


しかし。


「甘いぞ」

「……!!」

爆風が、膝を曲げ……跳んだ。


ダァンッ!!!


疾風に肉迫した爆風が、彼女の足を掬い上げ、台に叩きつけたのである!


「くっ、は……!」

身体の中にあった空気が無理矢理絞り出されたような音で、彼女の口から溢れる。

跳ねた身体は容赦なく台の上を転がった。


「ディティア……ッ」

「――ハルト」

「……え」

思わず立ち上がりかけた俺の裾を、ファルーアが、掴む。

「ティアは、邪魔してほしくないと……思うわ」

震える声。

俺の裾を掴んだ白い指。

……そこに、さっきと同じように、血の気が引く程に力が籠もっていて、俺は言葉を無くす。


そっか、ファルーア……これを予想してたのか?

疾風が、爆風にやられる……この状況を。


「うん……わかった、ごめん」

俺はまた座り直した。


疾風は、転がった先でゆっくりと起き上がる。

「はあ、……は……」

呼吸を整える彼女の足のすぐ先に、弾かれた剣。

「っ、まだまだです!お願いします!」

疾風は、それを拾い上げると、また腰を落とした。


「……わかった。では、いこう……いいんだな?」

爆風の口元が、笑みから横一文字へと変わる。

「……はい。胸を、お借りします」

「よかろう。はあァッ!!」


ガキイィィンッ!!


爆風の気合一閃、凄まじいまでの速さで詰め寄られた疾風は、しかし双剣を交差させることでそれを受け止める。


……瞬間。

俺は信じられないものを見た。


返す刃で反撃に出た疾風に、爆風は何を思ったのか……。


ガコオッ!!!


「ぐっ……」

……彼女の右頬に『柄での一撃』を突き込んだのである!


「詰めが甘いぞ……疾風」

「……つ、う」

……彼女は再び転げて、呻いた。


お、おい……俺やボーザックとは訳が違うだろ!?

顔を殴るとか、どうかしてる!


思わずリューンを見たけど、すっかり呆けていて使い物にならなそうだ。

俺は自分の唇を噛んだ。


……治癒活性はまだ駄目だ。

何故なら、よろよろと立ち上がる疾風が、また爆風へと剣を構えたからだ。

彼女は、まだやりたいんだと……そう思う。


――けれど、その右頬は、赤黒く腫れ上がっていた。


それでもまだ、やるのかよ……?

心臓を掴まれたような苦しさが襲って来る。


爆風へと地面を蹴る疾風。

爆風は……この瞬間、眉をぐっと寄せながら……さらなる一撃を見舞った。


今度は、左頬。


「…………ッ」

身体中の血が、怒りのような感情で勝手に熱くなるのを、俺は抑えられなかった。


耐えられる気が、しなかった。



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