風は自由奔放です。②
「お待たせしました、爆風のガイルディアさん」
「はは、よく言うな」
台に上がるガイルディアを、ディティアは迎え入れた。
ガルニアは入れ違いに台を下り、こっちにやって来る。
俺と同じで同情したのか……隣に座っていたグラン、ファルーアが、苦笑して声を掛けた。
「どうだ、うちの疾風は」
「すごかったでしょう?」
珍しくすっかり殺気を無くしたガルニアは、ぼさぼさの茶色っぽい髪をガシガシする。
紅い眼も、どこか遠くを見ているようだ。
「何だありゃ、化け物か?気持ちの悪ぃ動きしやがって……アイシャにはあんなのばかりいやがるんじゃねぇだろうな」
意気消沈しているかと思いきや、「いや――それはそれで滾るな」と小さく付け足したのが聞こえた。
こいつ本当に戦うのが生き甲斐なんだな……。
「……でも、爆風はそれ以上なのよね」
ぽつんと、ファルーアが言う。
彼女は細い指先で両腕をかき抱き、ふう、と吐息を溢した。
指先には力が籠もってるみたいで、白くなっている。
「……?どうしたファルーア」
思わず聞いたら、彼女ははっとしてサファイアみたいな蒼い眼をぱちぱちさせた。
「え?何かしら?」
「いや、そんな緊張してどうしたのかなって」
「あ……ああ。……ハルト、どうして貴方そういうことには気が付く……いや、違うわね。むしろそれがハルト……?」
「はあ……?」
何かすごく失礼なことを言われているような気がする。
そこで、グランが腕を組みながら顎で前を示した。
「おい、始まるぞ」
その固い表情に何となく不安になって、俺も座り直す。
……どうやらガルニアも、ここで観戦することにしたようだ。
どかりと腰を下ろすと、ぎらぎらした眼でじっくりと『戦場』を見渡した。
******
「……行くぞ」
「はいっ!」
『シャアンッ!!』
双剣を抜き放つ音が響き合う。
次の瞬間には、2人は一気に詰め寄り、お互いの双剣をガッチリと交差させていた。
「ふ、やるな」
「まだまだですッ」
短い会話に、爆風の口元には笑み。
ディティア……疾風は双剣を弾き上げると、そのまま爆風の方へと身を捻る。
――速い。
「はっ!」
「ふっ……!」
爆風と、疾風が、互いに気合いを吐き出す。
ガッ、キィンッ……シャンッ!!
2人の剣は幾度となく打ち合わせられ、弾かれ、踊るような足捌きでも縺れることなく繰り返される。
何をしているのか、眼で追うのすら厳しい。
とにかく、速かった。
「……すげぇな」
思わず、と言った気の抜けた声で、グランが溢したのが聞こえる。
俺は流れる風の狂演から眼を放せないまま、呟いた。
「……ああ、すごい」
その間も、吹き荒れる嵐のような、それでいて軽やかな剣捌きが閃く。
けど、ああ……。
俺は『気付いた』。
爆風は、口元に笑みを湛えたままだったのだ。
「っ、……ッ!!」
対する疾風は、唇を引き結んでいた。
動作も、爆風に比べると少し大きく見える。
やがて。
ギィンッ!!!
疾風の左手の剣が、弾き飛ばされた。
「くっ……」
疾風はその瞬間には全身をバネのようにして回避行動をとる。
弾かれた剣が転がったところへ向かおうとしたようだ。
しかし。
「甘いぞ」
「……!!」
爆風が、膝を曲げ……跳んだ。
ダァンッ!!!
疾風に肉迫した爆風が、彼女の足を掬い上げ、台に叩きつけたのである!
「くっ、は……!」
身体の中にあった空気が無理矢理絞り出されたような音で、彼女の口から溢れる。
跳ねた身体は容赦なく台の上を転がった。
「ディティア……ッ」
「――ハルト」
「……え」
思わず立ち上がりかけた俺の裾を、ファルーアが、掴む。
「ティアは、邪魔してほしくないと……思うわ」
震える声。
俺の裾を掴んだ白い指。
……そこに、さっきと同じように、血の気が引く程に力が籠もっていて、俺は言葉を無くす。
そっか、ファルーア……これを予想してたのか?
疾風が、爆風にやられる……この状況を。
「うん……わかった、ごめん」
俺はまた座り直した。
疾風は、転がった先でゆっくりと起き上がる。
「はあ、……は……」
呼吸を整える彼女の足のすぐ先に、弾かれた剣。
「っ、まだまだです!お願いします!」
疾風は、それを拾い上げると、また腰を落とした。
「……わかった。では、いこう……いいんだな?」
爆風の口元が、笑みから横一文字へと変わる。
「……はい。胸を、お借りします」
「よかろう。はあァッ!!」
ガキイィィンッ!!
爆風の気合一閃、凄まじいまでの速さで詰め寄られた疾風は、しかし双剣を交差させることでそれを受け止める。
……瞬間。
俺は信じられないものを見た。
返す刃で反撃に出た疾風に、爆風は何を思ったのか……。
ガコオッ!!!
「ぐっ……」
……彼女の右頬に『柄での一撃』を突き込んだのである!
「詰めが甘いぞ……疾風」
「……つ、う」
……彼女は再び転げて、呻いた。
お、おい……俺やボーザックとは訳が違うだろ!?
顔を殴るとか、どうかしてる!
思わずリューンを見たけど、すっかり呆けていて使い物にならなそうだ。
俺は自分の唇を噛んだ。
……治癒活性はまだ駄目だ。
何故なら、よろよろと立ち上がる疾風が、また爆風へと剣を構えたからだ。
彼女は、まだやりたいんだと……そう思う。
――けれど、その右頬は、赤黒く腫れ上がっていた。
それでもまだ、やるのかよ……?
心臓を掴まれたような苦しさが襲って来る。
爆風へと地面を蹴る疾風。
爆風は……この瞬間、眉をぐっと寄せながら……さらなる一撃を見舞った。
今度は、左頬。
「…………ッ」
身体中の血が、怒りのような感情で勝手に熱くなるのを、俺は抑えられなかった。
耐えられる気が、しなかった。




