それは逆鱗です。②
「……資料がそれなりに埋まったし、確実にこの日付付近で地殻変動が起きた証拠はこっちで集めるとして。その、災厄ってのの話なンだけどねぇ……」
カタリーナは、アンセンが5つに分けた地図を指差した。
「これは、ざっくりと国境で線を引いてもらった物だ。アイシャ以外は、アルヴィア帝国、帝国の東から南東にかけてがカールメン王国、西にあるソードラ王国、北にある自由国家カサンドラだ。地殻変動の場所は、アイシャと、この4国に分散している」
彼女はそこまで言って、1度お茶で唇を湿らせた。
「まずはアイシャ。君達の話を参考にすれば、アイシャでの地殻変動はもう起こっていない。他にも明るさで4を観測した日はあるけど、そうすると、この地図外、研究所からかなり離れた場所で別に何か起こっている可能性があるね」
それには、ディティアが答えた。
「はい。アイシャでは……災厄の黒龍アドラノード討伐後の地震は起きていないと記憶しています。……少なくとも、私達がトールシャへ旅立つまでですが。こちらに来てから、アイシャにいる知人からの連絡もありましたが、地震についての記載はありませんでした」
カタリーナは丸眼鏡を中指で押さえて、しっかりと頷いた。
次に、アンセンが地図の北端と、西端をそれぞれ指差す。
「……次だ。3の時に起こった地殻変動はここ。2の時はここに集中してる」
確かに、地殻変動が起こった場所を示す印が、近い場所に固まっているようだ。
カタリーナの説明からすると、北は自由国家カサンドラ、西はソードラ王国ってことになる。
「そして1。これは、砂漠の辺り……カールメン王国ってことになるね」
カタリーナはそう言ってから、ストーを見た。
「で、ストーはこのデータを見てどう思う?」
「うん、それなんですけど……私の持っている情報だと、魔力結晶はまず、自由国家カサンドラに集まっているんじゃないかなと推測出来まして。……あの国は貿易面で制限があまり有りませんからね。もし、地殻変動が災厄に関わってるとすると、魔力結晶の流れは重要です」
ストーは神妙な顔でそう言うと、お茶を啜った。
「成る程、自由国家カサンドラってとこに行けば収集している奴の動きがわかるかもしれねぇってことか」
その後はグランが髭を擦りながら続けて、唸る。
「……もうひとつ、災厄のことで情報がある。それを教える代わりに、聞きてぇ事がある」
「!、君達、まだ何か知ってるっての?流石だねぇ」
驚いたのはカタリーナだ。
彼女は赤い髪をわしわしすると、身を乗り出した。
「いいよ、答えるよ。聞きたい事ってのはなンだい?」
グランは、その答えに満足そうににやりとする。
隣のファルーアが澄まし顔でお茶を飲んでいるところを見るに、異存は無いようだ。
……どうでもいいけど、本当、ファルーアの奴、優雅に飲むよなぁ……。
変なことに感心しながら、俺もお茶を飲む。
帝国では定番だという甘い香りのお茶は、既に冷めていたが美味しかった。
少し緊張がほぐれる気がするのも、このお茶の効果なのかも。
「……そもそも災厄に心当たりはねぇのか?……あとは、カタリーナ。あんたさっき『この研究室のウル』って言ったな。ウルは長とか王って意味なんだろう?……『咎人のウル』って言葉、あんたは使うか?」
咎人のウル。
それは、俺達をトールシャへと誘った、緑の髪にルビーのような紅目をした魔物使いの言葉だ。
……彼は、ユーグルのロディウル。
俺達で言う『魔物使い』がユーグルだと、彼は言っていた。
ロディウルが名前だと思っていたけど、ロディ王って意味なのかもしれないなと思ってはいた。
そして彼は、災厄のこと、血結晶のこと、多くの謎を俺達に吹っかけた後、『討伐を手伝う』ように言ってきたのである。
……自分の居場所は全く報せずに、だ。
勿論、ロディウルの言葉は心の隅にあった。
けれど、もしそんなに深刻で手伝って欲しいなら呼びに来るだろうって話である。
だから俺達はトールシャに渡ってから、情報は集めつつも懸命に探してはいなかったのだ。
「咎人のウル……ねぇ。意味は分かるけど。流石にアイシャの国の王を嘲笑するような言葉を使ってる人を見たことは無いねぇ。アンセン、君は?」
「……いや、聞いたことは無い」
カタリーナとアンセンの答えに、俺は唇を引き結ぶ。
アイシャの国の王……それはグランに2つ名をくれた4国の王達のことだ。
つまり、魔法都市国家の王の末裔を名乗っていた災厄……正確には災厄に成り代わったドリアドという男に、彼等は心当たりが無いのだ。
……何にせよ、ユーグルのロディウルには会わなければならないだろう。
「それじゃあ、ユーグルは知ってるか?そいつが使ってた言葉なんだけど」
俺はグランと眼を合わせ、聞いた。
カタリーナは眼を伏せると、唸る。
「ユーグル……遠い北東の地の民族だ。魔物を手懐けてると聞くね。……あそこは国じゃなくて、小さな集落がたくさん有るらしい。あたしもよく知らないンだけど……その彼等が何か知っているのかい?」
「ここまで聞いたんだ。ユーグルってのが俺達に伝えた言葉をそのまま教える――それが情報だ。そいつらが、詳細を知っている可能性があるからな。ただし、先に確認させてもらう。これは、トールシャで起こり得る危険を察知、阻止するための協力で間違いないな?まだ、あんたらの立場とユーグルって奴等の立場を、俺達は知らない。同時に、意図も知らない。……だから、俺達白薔薇は、俺達白薔薇の意思で動くぞ」
グランが、低い声でゆっくり告げる。
確かにそうだ。
万が一、災厄を研究しよう!蘇らせよう!だなんて言われたら……ゾッとする。
ロディウルが血結晶を持ち去った事も、不安の種でしかない。
意外にも、それに突っ込んだのはトレージャーハンター協会、ヤルヴィ支部支部長のストーだった。
「立場だ意図だなんて悠長なことは言っていられませんよ。そこまで情報が有るなら、ユーグルとも協力体制を築くことから始めればいいってことです。これをトレージャーハンター協会からの正式な依頼……仕事にしましょう!」
少し開いてしまいました、
本日夜にはもう1話の予定です。
更新状況は活動報告にてアップしています。
いつもありがとうございます。




