不吉な予感です。④
「やあ所長。貴方が案内人でしたか」
ストーが両手を広げて微笑むと、彼はがっくりと肩を落とした。
「まさかと思ったが……研究所への来訪客ってのはお前らか」
そう。そこにいたのは、治療所の所長。
つい昨日、ヒールしてもらったばかりである。
そういえば、彼自身が優秀な研究を収めているーとか聞いたっけなあ。
考えていたら、所長はため息交じりに先頭へ立った。
「やっぱり厄介事を抱えてやがったな……」
…………
……
所長が帝国兵とやり取りをしてくれて手続きが終わり、研究所へと踏み入れた。
中は明るく、白い研究服を纏った人達がひっきりなしに行ったり来たりしている。
壁の随所にグラスのような物が設置してあって、夜になればそれに魔力結晶を入れて灯りにするのだろう。
「今回、許可が出た要因はふたつ。ヤンヌバルシャについての情報提供があること、依頼がストールトレンブリッジからだったことだ」
所長はさっさと前を歩きながら、説明してくれた。
「おや、私ですか?」
「ああ。これから会うのは最近の地殻変動にえらく興味を持った研究者で、俺の師匠にあたる。……ざっくり話すから、わかる奴は聞いておけ。……最近の研究内容だ」
所長は、ちらりと俺達を振り返り、勝手に話し始めた。
*****
魔力結晶に魔力を込めることで色々な事が出来る。
例えば、それを割って一気に魔力を放出させることで爆弾にしたり、魔力を滲ませて魔物をおびき寄せる餌にしたり、そのまま灯りとしたり、だ。
樹海の街ライバッハでは専用の器具でその灯りを大きくして、灯台に使われていたりもする。
……そうだな、器具では、例えば火を起こす器具、剣を研ぐ器具なんかが発掘されているが、未だに用途不明な物が多い。
同時に、どうやって作るのかも不明だ。
形は真似できても、何かが足りていない。
もちろん、魔力結晶の造り方も不明のまま。
魔物の血に近いってとこはわかってるんだが、そこまでだ。
俺達、人のものとはかなり違うからな……それが何の血か……または血でなくとも体液や樹液であることを信じて、調査を続けている者は多い。
そこまでは魔力結晶の基本的な情報だ。
……ここからが研究内容になる。
ここ数ヶ月前、地殻変動が頻発しているのに師匠は眼を付けた。
最初はアイシャで何かが起きている、と……そんな情報が入ってきたのが発端だ。
加えて、魔力結晶におかしな兆候が現れだした。
どうにも、魔力を蓄える力が衰えてるようなんだ。
普段なら明るく灯るはずの結晶が少し陰っている……といった感じで、研究員の間でもかなり問題視されている。
それで師匠はある仮説を立てた。
「何かが、魔力結晶に宿る魔力を吸い取っているんじゃないか?」ってな。
で、それと地殻変動の何が関係してるのかって話になるわけだが。
……大きな地殻変動があった時、魔力結晶の衰えが顕著に表れるのさ。
つまり、地殻変動と魔力を吸い取っている奴には関わりがあるってことも考えられる。
そいつが原因でヤンヌバルシャもこっちに逃げてきたんじゃないか?ってのが推論だ。
そこでヤンヌバルシャの情報提供が見込めて、かつ地殻変動に興味を持っているともっぱらの噂だった支部長……ストールトレンブリッジからの『研究所見学』の依頼に、師匠はほくそ笑んだってわけだな。
******
「……アイシャからの情報提供もあったのか?」
思わず言うと、所長は首を振った。
「直接的なものじゃない。ここ、アルヴィア帝国の東隣のカールメン王国から聞いたものだ。……カールメンはアルヴィアと違ってアイシャやギルドとの繋がりが深いからな。情報が入ってくる傾向にある」
ああ、成る程なぁ。
カールメン王国のことは、ストーからも聞いていた。
俺達が最初に降り立った樹海の街ライバッハや、砂漠の街ザングリもカールメンに属している。
アイシャの北側にある商業の国ノクティア、その王都ギルド長タバナさんも、カールメン王国……もしくはトレージャーハンター協会との繋がりが深そうだった。
それに、トールシャとアイシャを往き来する商人達も情報を持っているだろう。
「アイシャでの地殻変動の原因は知っているのかしら?」
そこでファルーアがさらっと聞く。
間違いなく、災厄の黒龍アドラノードが関わる一連の地震や、アドラノードが出て来たことで山脈の一部が無くなったことを言っているんだと思うけど。
彼女の言葉からはそんなこと全く臭わないし、表情にも出ていない。
……すごいな、ファルーアの奴。
ふと見ると、グランはひっきりなしに髭を擦り、ボーザックは何となくうずうずした顔。
ディティアは……こっちもにこにこしているだけで、表情からは和やかさしか伝わってこなかった。
フェンに至っては彼方此方の臭いを嗅ぎ回ってフスフスいっているので論外である。
どうもそわそわしているのは俺達男陣だけみたいだ。
「それはまだ情報収集中…………いや、待て。お前ら、何か知っているのか?」
「……あ?、……ああ、それ……はっっ!?」
返事しようとしたグランが、ファルーアから脛を杖の石突きで殴打される。
「……、……っ!」
あれは痛そうだ……。
背中がヒヤッとする。
「あら、当たっちゃったかしら。大丈夫?グラン」
ファルーアは悪びれもなく言って、所長に向き直った。
リューンが眼を細めて眉を寄せ、そっとガルニアの影に隠れるのが見える。
完全にファルーアに怯えているようだ。
「情報はあるけれど、ただでは教えられないわね」
……妖艶な笑みに、所長は仕方ないとばかりに苦笑を返すのだった。
9日分です。
投稿できてませんでした!すみません!
夜にもう1話、10日分を投稿予定です!




