そこが問題です。②
固定報酬はひとりにつき20,000ジール。
かなりいい金額だったのは、ヤンヌバルシャによる大きな被害が出ていたからだ。
……まあ、飛龍タイラントの時はその数倍だったから、やっぱり差はあるんだけど。
本当にあれはすごかったな。
トールシャでは、簡単な討伐であれば数百ジールなんてこともざららしく、リューンは口元を歪めるようにして笑っていた。
あれ、喜んでる……んだよな、たぶん。
ガルニアは興味なさそうで、どうやってグランや爆風に戦いを挑むかに忙しい。
あれやこれやと言葉や動作で訴える厳つい黒鎧は、何というか……やっぱり獰猛な魔物みたいだ。
「……やはりガルニアと模擬戦はどうだ、疾風」
「や、やめておきます」
「勝てないか?」
「え?それはないと思いますけど……」
「うん、そうこなくてはな」
不穏な会話をする爆風と疾風を余所に、ボーザックはテーブルの下でフェンを撫でながら俺に囁く。
「ねぇハルト。咎人って言葉、覚えてない?」
「……覚えてる。ユーグルのロディウル……彼奴が使ってたんだったよな。咎人のウルって」
「うん。何か嫌な感じだよね」
「ああ。それに……災厄の黒龍を倒した後にロディウルが『何をしたか』覚えてるか?」
俺が聞き返すと、ボーザックはひゅ、と息を吸って、唇を引き結んだ。
見開かれた黒い眼が、不安そうに揺れる。
「……持っていったんだったね、災厄に埋め込まれてた血結晶」
血結晶。
それは魔力結晶の昔の呼び名だ。
人間が命を落とし、レイス化した後にその血を抜き取って、今度は人間の身体に埋め込んで固めたものである。
その方法が、俺達白薔薇が知る血結晶の造り方だった。
けれど、流行病の結果、レイスからは血が摂れなくなってしまう。
だから新しい血結晶は出来ないはずで……。
グランが白薔薇の分の報酬をまとめて受け取るのを見ながら、俺はごくりと喉を鳴らす。
待てよ……その流行病は、トールシャでも流行ったのか……?
もし、こっちのレイスはまだ血を流すとしたら……?
船の墓場……幽霊船になったタルタロッサで戦ったレイスの血は出なかった気がする。
でも、上陸してからはまだレイスと戦っていない。
「ハルト君」
「……え、えっ?」
いきなり声を掛けられて、上擦った声が出た。
見ると、つんと俺の袖を引いて、ディティアが俺を真っ直ぐ見ている。
エメラルドグリーンの眼に宿る、優しい光。
俺はそれを同じように真っ直ぐ見返した。
「難しい顔してる」
そう言って少し微笑む小柄な双剣使いは、しっかりと頷いて見せる。
「一緒に考えよう?大丈夫、爆風のガイルディアさん『が』いるんだから!」
「うっ…………!?」
な、何かグサッときた……。
胸を押さえて呻いて見せると、憂いを帯びた顔で、ファルーアが溢す。
「……それは酷だと思うわ、ティア……」
「えっ?」
ディティアは彼女に驚いた顔をして、また俺を見る。
「あ、あれ??」
「今の……俺もちょっとダメージ大きいかも……」
ボーザックが俺の横で肩を落とした。
「まあ、浮かれる気持ちは理解出来るがなぁ」
グランも髭を擦りながら苦笑する。
そうだよな、やっぱり俺のこの感じ、正しいよな?
うん……そこは、俺達も頭数に入れてほしかった。
「ええぇ!?ど、どうしてかな!?」
「うっわ……小娘、あんたわからないの?……流石に同情するわ、くそガキ達に」
リューンでさえ援護射撃をしてくれる。
言い方は酷いけど。
慌てるディティアはやっぱり小動物みたいで可愛い。
深刻な顔をしていたのが馬鹿らしくなって、俺は思わず渇いた笑いを溢す。
「はは……強くなれってことかな……はあ」
フェンがそれにふすー、と鼻を鳴らし。
「ははは、青春だな、若者!」
当の爆風のガイルディアは、ひとり楽しそうだった。
…………
……
そんなわけで、明日の朝、またトレージャーハンター協会ヤルヴィ支部でストーと落ち合うことになった。
これで一旦仕事は終わったから、リューン、ガルニアと行動する必要は無くなったわけだけど、何故か彼女達も明日一緒に研究所へ赴くと言う。
とりあえず、面倒な話には関わりたくないって言ってたの誰だよ、と心の中で突っ込んでおく。
ちなみに、爆風のガイルディアは当然のようにそこにいて、俺達はそれに対して何の文句も無い。
悔しいけど、あれだけの強さだから。
少しでも何か盗んでおきたいって思ったんだ。
……きっと皆もそうだろう。
宿に戻る途中、まだ明るく照らされた通りで俺達はまずリューンとガルニアと別れた。
彼等はどうも元々一緒に仕事を受けているようだ。
「……まだ戦ってねぇからな、明日が楽しみだ!」
去り際、ガツンと拳同士を打ち合わせたガルニアがそう言ってにやりとするのを、グランが呆れた顔で見送る。
そこで、爆風のガイルディアがちょいちょい、と俺に手招きをした。
「……俺?」
近くに寄ると、がしっと首に腕を回される。
「うぉあっ!?」
爆風の方が背が低いから、俺は自然と前屈みになった。
皆が振り返る。
「おい、豪傑」
「ん、何だ?……どうした爆風」
「ちょっと逆鱗と不屈、借りていくぞ!宿はこいつに聞く」
「……えっ?俺も?」
ボーザックが自分を指差して、ぱちぱちした。
「そうだ!付き合え、不屈のボーザック」
「……うん、何かわからないけどいいよー」
「そうか。それじゃあ俺達は戻ってるぞハルト、ボーザック」
「あ、え?……わ、わかった」
グランに答えると、爆風はふふっと笑みを溢した。
「助かる」
「じゃあ後でー」
ボーザックが皆に手を振り、ディティアはこっちに来たそうだったけどファルーアが連れて行く。
グランとフェンは俺を真っ直ぐ見ていたけど、やがて一緒に踵を返した。
「…………」
そこで、爆風は俺を解放する。
「えぇと……?」
「どうかしたの?」
俺とボーザックが聞くと、爆風のガイルディアは向こう側に見えていた兵舎を指差し、とんでもないことを言い放つ。
「鍛えてやろう」
夜の喧騒の中、歯を見せて笑う伝説の双剣使いの声は、いやにはっきりと耳に届くのだった。
本日分の投稿です!
目安は21時から24時ですが最近ズレてました、すみません!




