そこが問題です。①
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トールシャの東方に位置するアルヴィア帝国。
その更に東隣には樹海や砂漠地帯を国土に持つカールメン王国があり、軋轢も殆ど無いことから適当に仲良くやっていた。
ただし、アイシャとの関係が良好なカールメンと、アイシャを咎人の住まう大陸と位置付けているアルヴィアは、その点では逆の立場である。
……とは言え、お互いわざわざその話を持ち出す事も無いため、ストールトレンブリッジ……通称ストーが知る限り、両国間の関係は百年以上変わっていなかった。
何故アイシャの人間が咎人と呼ばれているのか、今となってはよくわからないのも理由のひとつかもしれない。
諸々の説があるが、その昔、アイシャは罪を犯した者が送られる場所だったというのが有力だ。
まあ、帝国兵達にはアイシャを嫌う精神が根強く残っているが、それも薄れつつあるというのがストーの見解だった。
今このヤルヴィに常駐している帝国兵第五隊の隊長アーマンがいい例である。
さて、そのアルヴィア帝国の帝都は、ここ、ヤルヴィよりももっと西の方、巨大な湖の中央に在り、それ自体が古代遺跡の上に成り立っていた。
都市が水没し、残った場所に今の帝都が建てられたそうだ。
ストーは勿論行ったことがあり、その雄大な景色に心を奪われたのを今でも思い出す。
その帝都近隣でも古代都市の遺跡が数多く見付かっており、考古学者やトレージャーハンター達もそれなりに集まってくるので、自然と帝都……つまり帝国は栄えた。
それだけでなく、帝都の地下に遺る古代遺跡から、巨大な魔力結晶が発見される。
今からたった20年程前の出来事だ。
皇帝が各地の研究者を集め、アルヴィア帝国の魔力結晶の研究にあたらせたのは素晴らしい判断だった。
帝国は、現在進行形で益々繁栄しているのである。
……そしてここ、ヤルヴィは、帝国の主要都市のひとつ。
近くにある遺跡から大量の魔力結晶と謎の装置が発掘されたことに加え、山脈から湧き出す澄んだ水と、作物を育てる為のよく肥えた土の助けもあったため、研究都市として大きくなったのだ。
ストーはそこでトレージャーハンター協会の支部長を務めながら、トレージャーハンターからの情報を集め、帝国兵からの情報も集め、さらには研究所からの情報すら集めて、帝都へと送っていた。
ところが、最近になってストーは言い知れぬ予感を感じるようになる。
ストーは、それを目の前の『冒険者達』と共有出来ることに、ある種の好奇心が疼くのを隠せなかった。
「……普段見掛けることのなかった魔物の襲来、各地で起こる地殻変動。あまりにも、おかしな事が続いているのです」
吐き出された言葉には、期待と興奮が、これでもかと言うほど乗せられていたのだった。
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「何らかの原因があって、それが起こっていると思っている……ということかしら?」
ストーの言葉に最初に応えたのは、ファルーアだ。
彼女は甘い香りのお茶を飲み、カップをそっと下ろすと、右手で金色の髪を耳にかける。
「はい、それが何かはわかりませんが」
「心当たりも無いのか?」
俺が聞くと、ストーはふふっと笑みを浮かべる。
「いい質問です、逆鱗さん」
「……ええ……その呼び方、やめてもらえるかなぁ……」
カナタさんに似ているのが尚のこと心を抉りにきてるんだけど……。
そう思いながら次の言葉を待っていた俺は、聞いてしまったことを後悔した。
「心当たりが、魔力結晶なんです。最近、効力に衰えが見えるものがあるんですよ。それだけじゃない、どうも『誰かが集めている』ようでして」
「……ッ!!」
息を、呑んだ。
全身が、ひやりとする。
指先が冷えて、唯一、頭の中だけが激しく熱を帯びたような感覚。
……集めている、だって?
否が応でも思い出すのは、アイシャで戦った『災厄の黒龍アドラノード』であり、災厄に成り代わるために魔力結晶を集めていた『ダルアークの長、ドリアド』のことである。
あの時起こっていた事と言えば、頻発する地震だ。
俺達はそっと目配せをして、頷き合う。
それを見ていた爆風が、ふむ、と唸った。
「心当たりがあるのは君達のようだな、白薔薇」
それには、グランが髭を擦りながら憮然として答えた。
「……まあな。しかしここではまだ何とも言えねぇ。つまり教えられる事でもねぇ。……ストー、それで、研究所とやらを見せてくれるんだろう?何がある」
「貴方達に帝国のことを知ってもらう上で必要と思ったので、他意はありません……と言いたいところですけれど、恐らく魔力結晶の力の衰えは見えるかなぁ、という期待があったので……実は自分の為でした、ふふ」
ストーは楽しそうだ。
「ねえ、ストーは誰が魔力結晶を集めてるかわかってるの?」
ボーザックが聞き返すと、彼は黒縁の丸眼鏡をそっとなぞって、不敵に笑った。
「それが、そこを中々追えないんですよ。ね、興味が湧いてくるでしょう?」
「……ちっ、どうでもいいけど、先に報酬払えよ!そういう面倒な話には関わりたくないんだからさぁ」
そこに口を挟んだのはリューンだ。
そういえば、いたんだったな。
俺は失礼なことを思いながら、確かにそれを先に済ませるべきだと思って、グランに頷く。
……何だか、長い夜になりそうな気がした。
25日分の投稿です!
メリークリスマスでした!
いつもありがとうございます。




