風は踊るのです。⑤
エニルは、アマルスとヤヌからことの顛末を聞いていたそうだ。
本人は意識が無かったんで、実感もさっぱり無く、面白い物語程度の認識でいるらしい。
「まあ、元気そうだし良かったよね」
ボーザックがエニルと一緒に盛り上がっているガルニアとグランを見ながら、笑みを溢した。
「ああ。……貴方達のお陰だ、本当に感謝している」
短めの茶髪に茶の眼をした優しい顔立ちのヤヌが、ほっと息をつく。
彼は、今日は暗い紅の鎧は部屋の隅に置いていて、柔らかそうな素材の茶色のシャツに黒いズボンという出で立ちだ。
「それで……今更だけどよぉ、あんたらは怪我とか無かったか?」
白シャツに黒いズボンのアマルスが言いにくそうに問い掛けてきたから、俺はちらちらとボーザックを見た。
「そうだなー、怪我した奴がいたような気はするなー?」
「ちょっ、ハルト!俺、さっき肩に一撃くらったから!笑っちゃったのはあれで相殺だよね!?」
ボーザックが慌てて言ってくる。
「怪我したのか?」
それを聞いたヤヌが心配そうに眉を寄せたから、ボーザックは「うっ」と言葉に詰まって、頬を掻いた。
「……ちょーっと吹っ飛ばされてさ。肋骨いっちゃった感じがしたような感じ?」
「ぶはっ、それちょっとじゃないだろう!?……まあ、あんたらにはヒーラーが居なくても何とかなったかもしれねぇが……」
アマルスが噴き出してから、呆れた顔をした。
「本当、あんたら何者なんだ?すげー強いようでそうでもないっていうか……」
「あははっ、それ褒め言葉なんだよね?アマルス?」
ボーザックはからからと笑う。
「でも、確かに興味は、ある」
ヤヌはそれを見て微笑みながら言った。
「あら、聞きたい?……私達白薔薇の功績」
そこに、妖艶な笑みでファルーアがさらりと髪をはらう。
それを見たリューンがふんとそっぽを向いた。
アマルスとヤヌはたっぷりファルーアを眺めた後、頷く。
「そうさなあ、エニルはまだ喋りたそうだし、聞く時間はたっぷりありそうだ」
「お願いしたい」
うわー、アマルス、鼻の下伸ばしすぎ。
……こいつら、本当にファルーアの何処がいいんだ?
「……っい!?」
思っていたら、ファルーアに足を踏まれた。
すんませんでした。
そこで、何故か後ろに控えていた爆風が歯を見せて笑い、会話に参加する。
「若者達の活躍を俺も聞くとしよう。……疾風、良かったら君の話も聞きたいんだが……どうだ?」
それを聞いたディティアが、はっと背筋を伸ばす。
「は、はい!」
……そっか。
爆風と会った時、彼女はまだパーティー「リンドール」だった。
だから、爆風は気遣っているんだろう。
パーティー内で仲違いなんかも起こることはきっとある。
何となく解散されることだってあるはずだ。
……けど、彼女の場合は……違う。
「ディティア……」
思わず彼女を見ると、エメラルドグリーンの眼が俺を映し、微笑んだ。
「大丈夫、ハルト君。私は、前に進むって決めたから」
……その時の微笑みは。
花が咲いたような、きらきらしたものだった。
******
飛龍タイラント。
彼の龍は、トールシャにも飛来したことがある龍だった。
語られる見た目や、タイラントという名前。
それから数十年に1度大きな狩りを行い、定期的に住処を変える習性から、同じ龍だと判断出来た。
その龍の討伐から始まり、名誉勲章を賜った俺達白薔薇。
ある事情からラナンクロスト王都で姫様から直々に依頼を受け、アイシャの4国を回ることになった。
商業の国ノクティアではお菓子になり、山岳の国ハイルデンでは奴隷制度を廃止するのに協力。
ヴァイス帝国では魔物化した武勲皇帝を倒し、新皇帝のラムアルを助けた。
そして……災厄の黒龍、アドラノード討伐……。
魔力結晶のことは極力省きながら、ボーザックが時に軽やかに、時に厳かに紡ぐ俺達白薔薇の物語は、中々耳に心地良い。
何時しかエニルもわくわくした顔で聴き入って、ガルニアでさえ、腕組みして黙っていた。
「……そんなわけで、俺達はもっと有名になるためにトールシャに来たってわけ」
見せるために出した名誉勲章を、首元から服の内側に戻してボーザックが締め括ると、エニルがすぐに拍手した。
「うわ、うわあ!すげえ、格好良い!……全然判らなかったけど、豪傑のおっさん、めっちゃくちゃ強かったんだな!!」
「ま、まあな……」
褒め称えられるグランが、純粋な少年の言葉に照れている。
……全然判らなかったらしいけどな。
「ハハハァッ!益々やり合いてぇ!大盾!!俺に首を寄越せ!」
「いや、やらねぇよ!」
ガルニアはそりゃあもう楽しそうに殺気を振りまいて、グランに突っかかっている。
「……はあぁ、俺にゃ全く想像つかねぇわ……あんたら、それ、ヤバイだろ」
アマルスは胡座をかいて、呆然と呟いた。
ヤヌに至ってはリューンと一緒に、ぽかんとしたまま動かない。
「まあ、そんなわけだから!俺達が有名になるために協力してもらうよ、アマルス、ヤヌ」
ボーザックがにっと笑うと、エニルが応えた。
「任せてよ不屈!!まず何からしたらいい!?」
すっかり2つ名が気に入ったらしい無邪気なエニルが微笑ましい。
そこで、ファルーアが「あ」と声を上げた。
「そう言えば、ヤンヌバルシャの身体がまだ転がっているはずね」
「あぁ、半分くらい吹っ飛んだけどな……った!?」
思わず答えたら、また踏まれた。
酷い扱いだ。
ファルーアはまだ呆けているリューンを見ると、ふふ、と笑う。
「あれは私達の戦利品なのよね、リューン?」
「……な、何であたしに聞くんだよ!……ふんっ、わかってるくせに聞くんじゃないよ!」
リューンは我に返って怒鳴り、さっとヤヌの後ろに隠れる。
……っていうかヤヌが可哀想だろ……。
凄く困った顔してるぞ……。
「なら、こうしましょう?アマルス達に、その素材を剥ぎ取ってくる仕事を出すの」
「わあ!それいいねファルーア!」
ディティアが手を叩いて、笑う。
「え、それって……?」
エニルが不思議そうにするのを、グランが制した。
「そうだな。素材で使えそうなやつがあるなら、少し分けてもらえりゃいい。よし、そうと決まれば、協会支部に戻るぞお前ら」
アマルスとヤヌは顔を見合わせると、肩を竦めた。
「いや、もう感動とか通り越して呆れるぞ……くそ、俺は騙されてるんじゃないよな?ヤヌ」
「はは、こういう騙され方っていうのもいいかもな、アマルス」
そんな中、「ここであたし達が出しゃばったら、完全に悪者じゃないか」と、リューンがぼやいたのが聞こえた。
少し早めに投稿です!
いつもありがとうございます!




