風は踊るのです。③
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「ありがとう、助かったよー」
「フンッ、助けてやる義理もないんだ!感謝しろくそガキ」
「リューンって性格悪いって言われない?」
「がふ」
「はあ!?」
ボーザックとフェン、リューンもこっちにやって来る。
小柄な大剣使いは既に剣を収めて、リューンに対して好き勝手言っていた。
「ハハハァッ!おい、スレイ!剣だ、剣を抜け!!」
「はは。少しは殺気を隠すといいぞ、ガルニア。そうだ、疾風、ガルニアの相手をしてみるか?」
「え、それはちょっと……」
「手解きしてやるぞ」
「う、そ、それはしてもらいたいですけど……」
後ろから聞こえる会話に、俺は鼻を鳴らしてボーザックに話し掛ける。
「大丈夫か?ボーザック」
リューンはぎゅっと眼を細めると、腰に両手を当てて俺を下から睨めつけた。
たぶん、よく見えないんだろう。
「あぁ?あたしのヒールにケチつけてんの?」
「大丈夫だよハルト。……寧ろ、何て言うか……ね」
ボーザックはリューンを無視して微笑んだ後、俺の後ろを見遣って困ったような顔をした。
「ちっ」と、リューンの舌打ちが聞こえる。
「……強かったね、爆風のガイルディア」
俺は呟いたボーザックに苦笑を返して、頷いて見せた。
「悔しい、な」
一瞬の沈黙。
饐えた臭いはまだ漂っていて、空は明るくなったばかり。
いつの間にか太陽は顔を出していて、照らし出されるのは仕留めた大蛇の魔物と、俺達。
そして、山脈が静かに横たわる、風が吹き抜ける平原だった。
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ヤルヴィに戻る道中、ガルニアが戦え戦えと煩い中、それをスルーしてディティアと双剣の話をする爆風は、すっかり只の飄々とした熟年のオジサマと化していた。
樹海で会った、裏ハンター審査官である双子のナチ、ヤチが憤慨していた通り、ぱっと見は強いかどうかなんて判らない。
……でも、ふとした瞬間の気配の絶ち方や冷静な剣捌きは、やっぱり強い人のそれだった様に思う。
そういえば、仮面と口元の布は、最初に出会した時はしてなかったんだってさ。
『疾風』に気付いたガイルディアが、顔を隠すために身に付けたらしい。
既にローブ姿だったのは覚えてるけど、顔までは見えなかったからな……ディティアが気付かなくても仕方ないだろう。
ちなみに、仮面と布は持ち歩いているそうだ。
何でだよ!と思ったけど、それだけ有名だから……とかなのかもな。
頬を紅潮させて話に夢中になっているディティアを眺めながら、物思いにふけっていると、盛大な舌打ちが聞こえた。
「おい!上手く広がらないじゃないか!あんた、何か隠してないか!?」
俺ははあー、とため息をついて、声の主……リューンに向き直った。
バフを広げようとして上手くいかずに俺に当たり散らすリューンは正直面倒くさい。
とは言え、放っておくわけにもいかずに、俺は手の上に練り上げたバフを広げる様子を何回も見せた。
重複のカナタ……俺の先生みたいなバッファーの本を読ませてみたけど、上手く伝わらなかったのもある。
カナタさんの本、そういえばわかりにくいって言われるって話だったよなぁ……。
「うーん、感覚が違うのかなぁ……」
思わずぼやくと、リューンが緩く結んだ紅髪を揺らして、ジロリと俺を睨んだ。
「悪かったね、鈍感で!」
キツい感じの紅眼には、未だに敵意しか感じない。
「……誰も鈍感だなんて言ってないだろ」
呆れて答えると、横にファルーアが来て言った。
「そうね、ハルトに鈍感だなんて言われたら、それは人としてどうかと思うくらいのことよ」
「何だよそれ……」
肩を落とす俺に、何故かリューンが噛み付いてくる。
「これだからくそガキは」
「お前、それが物を教わる態度かよ……」
俺はため息を重ねるのだった。
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「っつーわけで、仕留めてきた。これが証拠だ」
グランがヤンヌバルシャから獲った牙をテーブルに転がすと、トレージャーハンター協会ヤルヴィ支部の支部長、ストーは黒縁の眼鏡を直してマジマジと見詰めた。
本名はストールトレンブリッジ。
すらすらとファルーアが呼ぶんで、少しの間は覚えていられた。
夕方頃にヤルヴィに戻ってきた俺達は、真っ直ぐ支部へとやって来たんだけど。
「さすが、仕事が早いですね」
ストーは長めの濃い茶の前髪を指先でそっと退けて、微笑んだ。
「とりあえず報酬は貰う。それから、帝国の情報もな」
グランが言うと、彼はしっかり頷く。
「それは問題ありません。……帝国の話もするには、恐らく研究所の話も必要ですから、私の方で立ち入りの許可はとってあります。レアですよ!」
「研究所って……魔力結晶の研究所のことー?」
ボーザックが首を傾げると、ストーは嬉しそうな顔をした。
「そうです!普通は入れませんので、楽しみにしておいてください。……あれ、研究所の話はしてましたっけ?」
「いや、最初に一緒だった奴等から聞いてたんだ」
グランが答えると、ストーは「あぁ」と言って頷いた。
「そういえば、子供さんが起きたそうですよ」




