そうして彼女と出会った
お待たせしました、ユゼ視点です!
俺は、ユーゼル・イラギ。
ずっと田舎で平民として暮らしていたのだが、実は聖剣の勇者の子孫である侯爵家の血をひいていたらしく、当代の勇者として聖剣に選ばれ、今は居を移して王城で暮らしている。
生まれてからずっと住んでいた田舎の家に、立派な馬車に乗った、皺なくぴしっとした執事服を纏った男性が尋ねて来た時は本当に驚いた。
何せ突然、『邪王が復活した為、当代の勇者となるべく一族の皆様が聖剣に触れましたが、どなたも選ばれませんでした。旦那様が貴方方ご一家に聖剣の選別を受けさせると仰っておいででございます。どうか、ご一緒に王都へご同道下さいます事をお願い申し上げます』と言ったのだから。
その言葉に父さんは眉を寄せ、母さんは不安そうな表情をして互いに顔を見合わせ、暫し二人で何事かを目だけで会話した後、男性に承諾の返事を返した。
一人状況を理解していなかった俺は、王都へ向かう馬車の中で父さんから事情を説明され、その事実にただただ驚いていた。
そうして王都に着いた後、なんと自分が聖剣に選ばれ、更に驚く事になったのだが。
けどまあ、そのおかげでと言うべきか、父さん達が生家である侯爵家の面々に許され、和解できたのは良かったと思う。
それ以降、俺は王城で聖剣を持って戦闘訓練を受ける日々を過ごす事になった。
他の勇者が選ばれ合流するまでに一流の聖剣使いとなるように組まれたその訓練内容は、なかなか厳しいものだったけれど、既に、田舎で父さんに剣術を習っていた俺は、なんとかそれをこなせていた。
今思えば、あれは自分達が聖剣の勇者の血をひいていたからだったんだろう。
先代の勇者が邪王を倒してから、そろそろ五百年。
いつ現れてもおかしくない程の年月が流れていたのだから。
★ ☆ ★ ☆ ★
「ひぃぃぃぃっ!!」
「ああっ、勇者様!! お待ちになって~!!」
……ああ、今日もやってしまった。
俺に群がる女性達の、表と裏のあまりの態度の差から、俺は女性恐怖症にかかってしまっていた。
適度な距離を保っての会話なら、体は小刻みに震えるものの、なんとか恐怖心を抑えて対応できる。
けれど至近距離に迫られるともう駄目だった。
頭を、思考を全て恐怖が支配し、悲鳴を上げて逃げる事しかできなくなる。
そんな俺の様子を見て困った王様達は、愛を司る女神様にすがり、俺が必ず恋に落ちる事ができる女性を遣わして下さいと祈った。
公務の間を縫って行われたそれは聞き届けられ、女神様から、是、との返答がきたらしい。
女性を遣わすと告げられたその時刻、その場所には、俺も立ち会う事になっている。
そして。
その時刻、その場所に、空から射し込む一筋の光と共に現れたのは、黒髪黒目の、どこかホッとする雰囲気を持った少女だった。
レン・ユシマと名乗ったその少女は、なんと異世界から来たらしい。
女神様は少女に何も告げずにただここへ送っただけのようで、少女は酷く混乱していた。
きっと事情の説明は自分達でせよとの女神様のご沙汰だろう。
王様達は言葉を選びながら説明し、生まれた世界から引き離してしまった事を深く謝罪した。
俺も一緒に頭を下げたが、まさかの異世界からの派遣になるなんて、俺はもうこの世界の女性と恋に落ちる事は不可能だったのか……と衝撃を受け、そのショックで思考回路が停止していた。
だから、気づく事ができなかった。
何の説明もなしに突然異世界に連れて来られるという事が、どういう事なのかを。
俺がそれを思い知ったのは、その日の夜。
護衛を頑なに拒んで一人で散歩に行ってしまったという少女を探して城の中庭に足を運び、木陰にひっそりと佇む少女を見つけた時だ。
夜空を見上げて静かに涙を流す少女は、愛を司る女神様に願いを叶えてと繰り返し呟いていた。
突然消えた自分を家族や友人が心配し、一向に行方の知れない事に絶望し、悲しみにくれて過ごす事がないように、皆から自分に関する記憶を消して、と。
それを聞いてやっと、少女が、その家族や友人が何を失ったのか、失わせてしまったのかを理解した俺は、気づけば少女に駆け寄り、その体を抱き締めて、『すまない、ごめん』と、ただそれだけを繰り返し口にしていた。
謝罪に必死だったせいか、少女に対して女性恐怖症は発症しなかった。
突然抱き締められた事に一瞬ぴくりと身動ぎした少女だったが、俺を振り払う事はなく、涙を流しながらも、俺の腕の中に大人しく納まってくれていた。
そのまま暫く泣き続ける少女を抱き締めて謝り続けていたが、ふいに少女の体から力が抜け、凭れかかってきた事に気づきその顔を覗き込むと、泣き疲れたのか、少女は目を閉じて眠ってしまっていた。
俺は少女を起こさないよう慎重に横抱きにすると、少女の部屋へと向かって歩き出した。
明日、少女の目が、覚めたら。
改めて自己紹介から始めよう。
この子は俺の未来の奥さんなのだから、俺がこの子の涙を拭い去って笑顔にしなければ、幸せにしなければと、そう固く心に誓う。
翌朝、目を覚ました少女は、その手を握り、ベッドの端で上半身をそこに伏せ、うつ伏せになって眠っていた俺を見て、戸惑ったように、そしてどこか恥ずかしそうに苦笑した。
ベッドが揺れる感覚を覚えて目を覚ました俺はそれを見て咄嗟にまた謝り、そして、慌てるあまり早口にはなってしまったが、改めて自己紹介をした。
この時から少女は『レン』になり、俺は『ユゼさん』になった。
次話は15時に投稿されます