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前編

「ぎゃあああああああ!!!!!」


 柔らかな陽射しの降り注ぐ心地よい午後。

 自室の窓辺に椅子を運び、時折吹く爽やかな風を感じながら読書を楽しんでいた私は、突然響いた、静かで穏やかなひとときを切り裂いた悲鳴に顔をしかめた。


「……またかぁ」


 溜め息と共にそう呟いて、読んでいた本を閉じる。

 この後の展開はもう決まっている。

 瞳を潤ませ、端整な顔を真っ青にした彼が、すぐにこの部屋に飛び込んでくるだろう。

 そして小刻みに震えながら私にすがりつくのだ。


「……ほら、来た」


 扉の外から聞こえてくる、バタバタと走る音が段々大きくなってきたところで私は椅子から立ち上がり、ベッドへと移動して端に腰かけ直した。

 椅子に座ったままでは、部屋に飛び込んで来た勢いそのままにタックルされて、椅子ごと引っくり返ってしまうのだ。

 一度背中と頭を強かに打ち、懲りた。


「レン~~~~~~ッ!!!!!」


 ノックもなしに、バンッ! と乱暴に扉が開かれ、彼が私の名前を叫びながら部屋に駆け込んで来た。

 そしてやはり、そのままの勢いでタックルされ、私はボフッとベッドに倒れ込む。

 予想通りの事態に小さく溜め息を吐き、すがりつく彼の頭に手を伸ばす。


「はいはい、怖かったねユゼさん。よしよし、もう大丈夫、大丈夫」

「レン~~……ッ。ううぅっ」


 後は、宥めるように優しく頭を撫で、落ち着くのをじっと待つ。

 これが、日によっては何度も繰り返される、私の日課だ。


★  ☆  ★  ☆  ★


 彼は、ユーゼル・イラギ。

 この国、シェイファンが代々守ってきた聖剣に選ばれた、当代の勇者らしい。

 この世界には約五百年ごとに、邪王という、世界に漂う負の気が集まって誕生する破壊と殺戮の化身がいるらしく、それに対抗できる力を持つのが、遥か昔神々により与えられた五つの神具とそれに選ばれた勇者で、神具のひとつである聖剣に選ばれた当代の勇者が彼、というわけだ。

 神具は、聖剣、聖槍、聖杖、聖弓、聖斧の五つで、今彼は他の四つの神具に選ばれる、又は選ばれた勇者達と合流すべく、その到着を待っているらしい。

 けれど、勇者は邪王退治後は英雄となり、近衛騎士となるか、高位貴族の仲間入りをする為、将来有望。

 よって、何処へ行っても女性に瞬く間にわらわらと群がられ、熱愛アピールをされてしまう。

 侯爵家の血をひくものの、父が使用人だった母と駆け落ちし田舎で平民として育った純朴な少年である彼、ユゼさんは、最初こそそれに戸惑いながらも浮かれていたらしいが、ある時、裏で行われている女性の熾烈な争いを見てしまい衝撃を受け、それからも時折目にするその行為の時の態度と、自分の前での態度の違いに、次第に、『女性怖い!!』と女性恐怖症になってしまったそうな。

 それに困ったのは、この王様と重鎮達。

 神具が選ぶ勇者は、その代々の勇者の子孫であるらしく、当代の勇者たるユゼさんには絶対に結婚をして子を作って貰わねばならない。

 なのに、当の本人は女性恐怖症になり、女性が必要以上に近づけば悲鳴をあげ逃げるように……。

 このままではまずいと、王様達は公務の合間をぬっては連日、愛を司る女神に祈りを捧げた。

 勇者ユーゼルが必ず恋におちる女性を遣わせて下さい、と。

 そうしてやって来たのが、異世界人である私、湯島恋(ゆしまれん)だった。

 王様達は、まさかこの国でもこの世界でもなく、異世界から遣わされるとは思っていなかったらしく、生まれた世界から引き離した事を、これでもかというくらい、物凄く謝ってくれた。

 以後私は、ユゼさんの婚約者という立場を与えられ、お城の一角、ユゼさんの部屋の隣の部屋でお世話になっている。

 しかし、そんな私が現れても、女性達はユゼさんを諦めなかった。

 私を一目見た時の女性達の目は、今でも忘れられない。

 どの女性も、『この程度の子が相手ならまだ勝機はある』とその目が言っていた。

 私自身そう思う。

 ユゼさんに言い寄る女性は皆容姿が良く、スタイルもいい。

 愛を司るという女神様は何を思って私のようなちんくしゃを遣わしたんだろうか……。

 まあ、自分に言い寄る女性達とはかけ離れているからか、何故かユゼさんは私には女性恐怖症の症状を発症せず、突進して来てはすがりつかれてるんだけど……。

 今の私とユゼさんの関係は、女性に接近されてパニックを起こす息子か弟を宥める、母親か姉のようなものだ。

 それでもこれまでの日々で、女性関連以外で交流する時はいつでも優しく、真摯に接してくれるイケメンなユゼさんに、私はだいぶ牽かれているんだけれど……パニックを起こしてすがりつく姿も、なんか可愛いし…………。

 でも、肝心のユゼさんが私をどう思っているかは、不明だ。

 普段の様子から、好かれてはいると思うんだけど……好きの種類も色々あるし……尋ねてももし万一、異性としてのそれではないという答えだったらと思うと、怖くて聞けない。


「……はあ」


 窓の外の空を見上げ、私は深い溜め息を吐いた。


★  ☆  ★  ☆  ★


 「レンッ!? その格好、どうしたんだ!? びしょ濡れじゃないか!!」

「ああ、ユゼさん……うん、ちょっとね。不幸な事故があったんだよ」

「不幸な事故……!? ……怪我は!?」

「ないよ、大丈夫。濡れただけ。私着替えるから。またねユゼさん」

「! レン……! 待ってくれ、その前にこれで軽く拭こう。それと、部屋まで送るよ!」

「あ、ありがとうユゼさん。お城の廊下を濡らしちゃうの、心苦しかったんだ」


 ユゼさんが差し出してくれたハンカチを受け取り、私は体を拭き始める。

 バシャンッと盛大な音を立て、上から水が降ってきたのはさっきの事だ。

 げんなりした気分で見上げれば、綺麗なドレスを身に纏ったどこぞの令嬢達の姿が窓辺に見える。

 彼女達はくすくす笑い、『これで少しは綺麗になりましてよ』と言って去って行った。

 貴族の令嬢やお城の侍女さんからされる嫌がらせは、これが初めてじゃない。

 アタックしても一向に靡かないユゼさんに苛立ちを募らせた彼女達は、その鬱憤を晴らす相手に私を選ぶ事が度々あるのだ。

 いつもはユゼさんに知られないうちに後処理をするのだけど、今日は運悪く見つかってしまった。

 女性達の嫌がらせだと知れればきっとユゼさんは気にやむだろう。

 "不幸な事故"って誤魔化しが通用してるといいんだけど……ユゼさんの態度を見るに、その望みは薄そうだ。


「……レン。明日には他の勇者が全員揃うらしいから。明後日には旅立ちだ。だから、もう、大丈夫だから。もう、女性達に会うことはないから。大丈夫だから」

「うん? ああ、そうなんだ。ならもう迫られる事もなくて安心だね。良かったねユゼさん」

「え? ……いや、俺じゃなくて!」

「あ、荷物の最終チェック、しないとだね。自分のが終わったらユゼさんのも手伝うね!」

「……レン……。……ああ。ありがとう、レン」

「ふふ、どういたしまして!」


 眉を下げたユゼさんに何でもないように言い募ると、やがてユゼさんは小さくながらも笑ってくれた。

 ……辛そうな、申し訳なさそうな顔より、そっちのほうがずっといい。

 ユゼさんには、できるだけ笑っていて欲しいよ。

次話は15時に投稿されます。

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