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快晴×快晴=能天気?

 二日前。平凡なはずの休日に、厄介事が転がり込んできた。

 いや、今年の四月から始まった開放的な大学生活の事を思えば、日々悲喜交々の毎日ではあるし、それ以前にも転がり込んできたのはいる――もっとも、そっちは人じゃないけど。……まあ、だからこそ二度目の青天の霹靂も、なんだかんだで受け入れてしまったわけだが。

 ちなみに、ファーストインパクトは春に出会った赤茶のトラ猫のホマレで、こちらとは懇ろな良好な関係を築けている。しかしながら、セカンドインパクトで拾ってしまったのは、良い所の見当たらない、ろくでもない年上の同級生だった。

 いや、待て、俺。

 まだ拾うと決めていない……、というよりむしろ、拾わないつもりではあるのだが……。


「兎はさみしいと死んじゃうのです」

 そうか、と、なぜかドヤ顔で喋り続ける馬鹿な年上同級生の言に耳を傾けているふりだけをする火曜の昼下がり。学食の窓の近くの四人席。

 今は三限の時間だから、学食はかなり空いていた。ちなみに、俺もこの馬鹿も今日のお勤めはさっきの二時限目で終わっている。

 本当は教授……ってか、元教授だけど、まだ大学に部屋があるし、非常勤講師と呼ぶより響きが良いので教授と呼んでいる――の所に行きたかったんだけどな。次回の打ち合わせも、早いうちにして置きたい。少なくとも、中間試験の前にはもう一回潜っておきたいし。


 テーブルの上には、無料のお茶のカップも向かい合わせにすわっている。カップだけなら仲良さそうだよな、なんて考えが浮かんだが、苦笑いで噛み潰し、読みかけの本のページをめくってから一口だけ緑茶を飲んだ。

 無料のお茶は不味かったけど、気まぐれで受講を決めたフランス文学の講義のテキスト――今になって読み返すサン=テグジュペリは悪くなかった。

 てか、本名滅茶苦茶長かったんだな、この人。フルネーム、講義ではじめて知った。著作権の期限切れで、原本も扱いやすかったんだろうな、とか大人の事情も考えてしまうが、面白くて単位になるならそれでいいか。

「同じように、マグロは泳いでいないと死ぬのです」

 そうか、と、謎の展開を見せる話題に必要以上の関心を――必要以上っていうか、全く関心を見せずに喋るに任せている。

 てか、同じような話じゃねえだろ、それ。

 まったく、コイツは、最初に会った時は……いや、最初からダメだったな。猫に猫語で話しかけてたし、きっと子供には赤ちゃん言葉で話しかけて、犬にはワンワンとか語りかけ、オウムには小学生レベルのろくでもない台詞を吹き込むのだろう。

 ……全部ありありとその場面が想像出来るから、なんか余計に嫌だ。

「ちなみに、私はどうしたら死んじゃうと思います?」

 ね? ねえ? と、首をリズミカルに左右に振りながら迫ってくるウザい女。

 この子、これまでの人生でこのキャラで失敗したこと無かったんだろうか? いや、多分、失敗だらけの人生だったと思うんだけど。

 太宰だっけな、恥が多い生涯と書いたのは。いや、恥を恥とも思えないなら、人間失格以下か。

 学習しない、もしくは、学習出来ないだけか?

 喧しくて本の中身に集中出来ないけど、顔を向けたら負けな気がして、チラッと視線を向けただけで再び本の方に目を落とす俺。

「うにゃー!」

 色々な意味で負け犬っぽい……いや、鳴き声だけは猫っぽい年上同級生は、一拍も待たずに奇声を上げ、バシバシとテーブルを叩きだした。

 根負けして本に栞を挟むけど、ここで甘やかすと付け上がるのは目に見えていたので、最大のしかめっ面を向けることにした。

「あぁ?」

 恫喝の疑問符を眉間の青筋と共に浮べれば、さっきまでの騒がしさはどこへやら、ヤツは狐みたいに細いのにどこか狸っぽい雰囲気の垂れ目を薄く閉じて、耳を両手で塞いで縮こまった。

 ふう、と、鼻で溜息をついて再び本に手を伸ばそうとするけど――、その隙に立ち直った馬鹿が口を開くほうが早かった。

「いや、あのー、その……ね?」

 歯に物の詰まったような言い方をしているのがまた癇に障って、顎でしゃくって続きを促すと、なぜか急に平凡な胸を張って意味のない主張をしだした。

「私、先輩!」

「歳だけはな」

 冷たく事実を言い放つと、風船を針で突いたように一気に萎んで机の上に突っ伏した。

 は――、と、今度は盛大に口で溜息をついて、扱いのめんどくさい物体に訊いてやる。

「人間の死因を全部言えってか?」

 哲学的な問いなのかもしれないが、現実主義者の俺にはぴんと来ない。つか、なにかの受け売りだろうな十中八九。

「そーいうんじゃないよ! 頭が固いなー。名前も固い宗治は」

 構って貰えると分かった途端、飛び起きて調子に乗りだすテンプレートなヤツ。

 DQNネームをつけられるより、古風な名前の方が百万倍ましだと思うんだが……。あれ? そういえば、コイツの名前なんだっけ? さっきの講義で出欠の際に呼ばれてたと思うんだけど、聞き逃してしまった。

 いや、そもそも、この劣等性は後ろの方にこそっと座っていたから、居ることに気付いたのが講義が終わる間近だったし。声だけで判別できるほど仲良くもないし。

 って、なに言い訳してるんだかな、俺は。

「私は、黙ると死ぬのです」

 堂々と宣言されたので、一言で切って捨てた。

「じゃあ死ね」

 哲学的な問いでもなんでもなかったな、期待を大きく下回る答えだ。しかも、こう返されるの、絶対分かってるよな? そう思いながら、お決まりの台詞を口にした後、どんな切り替えしをするのかと様子を見ていたんだが……。

 劣等性は、ネタに失敗した若手芸人みたいな顔をして、無口になってしまった。

 ほんっとうに、ダメな娘だな。

 一往復で終わらせるなよ、自分から広げたネタなのに。

「お前、さ。今までどうやって生きてきたの?」

 頬杖ついて、ヤツから完全に顔を逸らして訊いてみるけど、返って来た弾んだ声から容易に表情が浮かんでしまい、余計に面白くない気分になった。

「私に興味が出てきたんですね!」

「いや、単純に、先輩後輩同級生教職員等々、全部に好かれなそうだし、いじめられたりしなかったのかと」

「そんな雑魚敵を相手にしないのです。ゆーしゅーな私は」

 なんの動揺もなく言い切った勘違い女。

 メンタル強いな。

 まあ、強すぎて反省の機会を持てなかったのは、著しいマイナスかもしれないけど。

「どこが優秀なんだ?」

「一芸特化なのです」

「なにが出来るんだ?」

「い、一芸」

 ニ撃目だよな、と、悟った。

 多分、コイツは考えずに喋ってるから――しかも、喋りたくて仕方が無いキャラだから、相手がなんて返すのか予想できないし、だから話題を掘り下げられるとお手上げ状態になるのか。

「だから、その一芸はなんだよ?」

 苛立った声で更に追求すると……。ぐうの音も出ないって言葉があるけど、その言葉の挿絵にぴったりな顔になった。

 駄目だろうな、とは思いつつも、もしかしたら本当に特技が――とはいえ、ちょっと体が柔らかいとか、それなりなイラストが書けるとか、楽器を弾けるとかの、そういうスケールの小さいものをイメージしたが――、出てくる前の溜めの可能性も考慮して、真顔を向け続けてみる。


「……大器晩成」

 待ってやった甲斐は全く無かった。

「じゃあな」

 荷物をまとめて席を立とうとすると、テーブルの上に身を乗り出して俺の腕を取った留年生。

「まだ、まーだ話が終わってないですよぅ」

「無理!」

 一言で切って捨てる俺。

 いや、だって、一番最初のヤツからの要求は、長ったらしい余計な言葉を削って要約すると、家に連れて行って欲しい、ということだったし。

 ヤバイだろ、それは!

 二日前の事なので場所はばれてるけど、そこは、その……あれだ、部屋に入れなきゃいいだけの話だ。こういう手合いは、侵入を許すと駆除に多大な労力が掛かる。あの黒い虫みたいに。

 一応、家に行きたい理由として、久しぶりに白いご飯が食べたい――つーか、それなら今までなにを食ってたんだって疑問はあるが――とかいう理由を口にしてはいたけど、絶対、飯だけで済ます気ないぞ、この顔は。

「白米はもうここで食ったろ」

 呆れ顔で前出の建前に予防線を張ってみれば、案の定、拗ねた顔で構って欲しそうな声を上げた。

「知ってるくせに」

「嫌だ」

「まだ本題は言ってないよーだ」

 お願いする分際で調子こいた顔をされたので、完全に無視して腕を振り解き歩を進める。

 一歩目で振り返るつもりが無いのを察したのか、二歩目で馬鹿は詫びを入れてきた。

「聞いてください、お願いします」

「聞きたくない」

 即、切り捨てるけど、メンタルだけは強い留年生は諦めずに話し続けた。

「友達のところ泊まり歩くにも、ネカフェで生活するにも限界なんです」

「実家に詫び入れろ」

 一番現実的な提案をしてみると、膨れっ面が返って来た。

「もう入れたもん」

 その顔と声から大体の予想はついたが「で?」と、続きを促してみる。

「卒業の見込み無さそうだから、辞めろって」

 そっぽ向いてばつが悪そうにヤツは言った。

 まあ、予想の範疇の答えだ。

「そうか」

 辞めた後でどうするのか疑問ではあったけど、景気は――本当に上向いてるのか、粉飾して上向いて見せてるのかは知らないけど、流れ的には悪くないらしいし、なんか適当に働くんだろう。

 まあ、少なくともコイツよりは世間を分かっているはずの親が辞めろって言うぐらいだから、家業かなんかあるのかもな。

 そもそも、そこまでは俺が心配することでもないし。

「き、聞いたんだから助けてよね!?」

 素っ気無い調子からその後の展開を予想したのか、半ベソかいた声が目の前から響いてきた。


 いや、しかし……なあ。

 とんとんとん、と、自分の眉間を人差し指でつつきながら、言い難いって言うか……本来なら昨日今日知り合った俺が言うべきじゃないんだけど、誰かが伝える必要があることをどう伝えようかと悩む。

 悩んだけど――、途中から、どうして俺がこんなヤツのために気を遣わなきゃいけないのかとだんだん腹が立ってきて、率直に事実を述べることにした。

「なんつーか、さあ」

「?」

 無垢な表情を返すな、言い難くなる。

 しかし心を鬼にして現実を直視させてみる。

「実際問題として、一年大学行ってみて、単位が全然足りないんだろ? 諦めろよ」

「受験の時は、皆応援してくれたの!」

 まるっきり子供が拗ねてる顔でぐずり始めた留年生は――。

「受かった時は、奇跡だって言ってくれたの! ウチの高校で快挙だったの! 英雄になったのー!」

 最後にはバンバンとテーブルを叩いて逆ギレしだした。

 だから、俺はヤツ以上に大きな声ではっきりきっぱり言ってやった。

「それが全ての答えだ!」

「ほへ?」

 言い返されたことが以外だったのか、急にぽかんとした顔になる留年生。

「進級出来なくなるほど学力に差があるとこ受けるなよ、お前」

 溜息混じりにそう告げると、留年生は耳を塞いで聞こえない振りをした。……が、耳を塞いだくらいじゃ声は聞こえなくならないのは分かっているので、俺はそのまま話し続けた。

「しかも、目的があってこの大学選んだわけでもないんだろう? 受験でいいとこ受けるのが目的になって、見返すはずの手段と履き違えることになってさぁ」

 言ってて、少し自分が熱くなったのに気付いて語気を弱める。

 自分とはまるで違うものの考えと楽観性に、少し苛立ってしまった。

 行動してる分だけ、郷里の諦めていじけたような連中とは違うのかもしれないけど、無計画なヤツはもっと嫌いだった。

 自業自得のツケを、赤の他人の俺が払ってやる義理も無い。

 他人の不幸なんて、薄ぼんやりと眺めているに限る。

「どーしてそんな酷いことがぽんぽん言えるのですか!」

 俺が若干黄昏ていると、なんでかしらないが息を吹き返した留年生に詰め寄られてしまった。

「事実だからだ!」

 ああ成程、と、妙に素直に納得した留年生は、一拍後、がっくりと肩を落とした。

「いいんですか?」

 全く問題御座いません、と、俺は食器トレイを手に席を立ち、返却口に空いた皿を返しにいく。

「ほんとに見捨てるんですか?」

 俺の後を付いて空いた食器をかたした怨念の声が、背後から聞こえるが無視だ。霊的なモノには飽き飽きしてる。なにが悲しくて平和なキャンパスライフで、こんなのにとり憑かれなきゃならんのだ。

「明日には、近くの川に身投げしてるかもしれませんよ?」

 食堂を出たら離れるかと思った声は、二メートルぐらい後方をストーキングしている。つか、このままじゃ、結局家までついてこられてしまうな。

 どうしたもんか……。

 いっそ本当に、大学の近くを流れている水深一メートルも無いようなドブ川に沈めた方が良いんじゃないだろうかとも思ってしまう。

「ああ、弱冠二十歳にして世を儚む……」

 ヤツのそんな台詞から二歩分前に出て、俺は足を止めた。なにか、おかしくないか? あ、いや、計算上はおかしくないのか。早生まれなら、うん、まあ。

 しかし――。

「待て」

「はい、待ってます! いつまでも!」

 振り返ると、真後ろをペタペタついてきてたストーカーは、ピシッと背筋を伸ばして真っ直ぐに俺を見た。

「いや、そういう事じゃない。今言ったジャッカンって、弱い冠の方だよな? 若い干物の方じゃなくて」

「なにその斬新な字面の例え!」

「いいから、意味合いが変わるだろ? つか、お前、意識して使い分けできてなさそうだしな」

「わ、わかるし、そのぐらいの意味の違い」

「いいから。お前、幾つって言ったっけ?」

「二十歳」

「……マジで?」

「なにか変? お酒も飲めるんだよ?」

 嫌そうな顔を隠しもせずに念を押す俺に、きょとんとした表情が返ってくる。

 今年度始まってまだ二ヶ月ぐらいしか経っていないんだが……。

「俺、まだ十八」

 いつぞやの余計な一言が問題を拡大した一件を思い出してはいたが、ここまできて答えないわけにもいかず、俺はボソッと呟いた。

 案の定、途端ににやけた顔になった留年生は……。

「これはもう先輩の絶対権限を――」

「ババ――」

「言うな!」

 毎度毎度ドヤ顔されてもうざいので、禁句で迎え撃とうとしたが、どうも効果は抜群だったようだ。

 もしかしなくても、小中学校の頃にでもそんな風にからかわれたか、そんな感じの渾名をつけられたかしたんだろう。更に突っ込めば、その要因もきっとコイツが、先に他の連中に対して年上になったとか自慢して反撃されたとかのような気がする。

「こんなガキくさい二十歳がいるのか、現代日本」

 溜息をつく俺と、負け惜しみを口にする二十歳児。

「大なり小なり皆こんなもんですーだ」

「いや、お前は著しく平均より劣る」

「うあー! 宗治は私を馬鹿にし過ぎだー!」

 中身が子供の二十歳児の絶叫を聞きながら、てくてくと、再び校門に向かって歩き出す。


 花はもう散っていて、若葉が伸びた桜並木。それでも女の子を隣にはべらせて歩くなんて、本当は充分に絵になるシーンのはずなのに。

 チラッと視線だけを横に向ける。

 表情こそふてた顔をしているものの、今日は大学だからか、最初に会った日と違って化粧も髪もばっちりではある。まあ、そもそも俺自身がイケメンってわけでもないので、容姿の釣り合いは取れてるのかもしれないけど……。

「あ、鳩みーっけ」

 とか呟いたと思ったら、ててて、と、躊躇無く鳩目掛けて走っていったので、呆気にとられてしまった。

 小学生よりも興味の移り変わりが速いな、コイツ。


 ああ、もう!

 せめて作られたあざとさで良いから、俺を騙すぐらいはしてくれよ! と、能天気な二十歳の同級生の代わりに、初夏を思わせる嫌味なぐらい快晴な青空へ向けて毒づいた。


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