青天の霹靂
なんつーか……まあ、アレだと思う。ちょっと変わったバイトをしているものの、基本的にはごく普通の大学一年の俺にとって、こういう事態は……妄想の中でも想像していなかった。大学でこんな人と会ったっけな? と、首を傾げながらも、状況が好転することを祈ってもう少し観察することにする。
「家には入らないんですか? 呼び鈴鳴らしちゃいます?」
「にゃあ」
「そうですかー、まあ、天気も良いですからね」
「にゃー」
目の前では――、梅雨前の五月の強い日差しの下で、一匹の猫と野暮ったい格好の女性がお喋りしてた。甘ったるいだる~んとした声で話す女性と、ハキハキした鳴き声で返事する猫。
てか、どんな状況?
三十メートル前方にあるのは、間違いようもなく俺が住んでいる安くてぼろいアパートで、彼女奴等が陣取っている一階の左から二番目のドアが俺の部屋の入り口で間違いないはずだ。ちなみにドア横の洗濯機の上に乗っている赤茶のトラ猫は、ガリガリに痩せた状態でゴミ捨て場にいたのをほっとけなくて同棲を始めてしまった俺の相棒のホマレだ。ホマレは物分かりの良いヤツで、部屋では大人しくしてくれているから、同じアパートの他の部屋の住人も黙認してくれている。
……ただ、相棒のホマレと話しているもう一人が分からない。
簡潔にまとめるなら、平均的な体系の二十代ぐらいの女性。
詳しく見ていけば、髪は肩の少し下ぐらいの長さで……日頃内巻きにしてるけど、今日は頑張らなかった感じのコンディションだ。服は、Tシャツに作業着みたいな色した薄いノースリーブのパーカーを着て、下はヨレヨレのダフっとしたクロップドパンツで……あ、コイツ、靴下はかずにスニーカー履いてる。靴の匂いどうする気だろう?
顔は、ずっと背中しか向けられていないから分からない。
来客の予定はないし……あの恰好で訪問販売とか新聞勧誘とか、宗教勧誘ってのも理解に苦しむ。大学の怪しげなサークルの勧誘……? うわ、これはありそうで嫌だ。
「にゃあ」
「にゃ?」
「うにゃぁ」
「にゃにゃ」
……末期だな。
なんか、本格的にヤバイ人っぽい。ホマレと猫語で話し始めてる。真昼間から他人の家の前でこんなことしてて、人目とか気にならないんだろうか?
まあ、この界隈は大学でも特に金のない連中の塒だから、終戦直後テイストのトタン屋根の建物ばかりで普通の女子は訪れる筈がないんだし、彼女がどんな人物かは推して知るべしってところか。
っていうか、どう接すればいいのか分らないから、部屋までの残り十メートルの距離を詰められないんだよな。赤ちゃん言葉で動物と話す人間にもドン引きする俺にとって、彼女はあまりにも難易度が高過ぎる。
途方に暮れた視線を送りながら、腕組みして考えてみた。
なんつーか、まあ、アレだと思う。
手に持ったエコバックの中に、アイスが無ければもう少し待ってやることも出来るんだけど、そろそろ限界だった。シャーベット系のアイスだから、溶けたらただのジュースになってしまう。
気付いてくれという願いを込めて、砂利の敷かれた駐車スペースをわざと足音を立てるようにして進む。
「そうですかぁ、夏毛だから熱くないんですね。私も見習いたいな~」
「にゃ」
俺の儚い願いは、一メートルの距離を切っても彼女には届かなかった。
本当にどうしよう? 背後に立たれて気付かないって、そーとーホマレにご執心なんだろうな。それとも、本当は俺に気付いていて、ツッコミを待っている状況なんだろうか?
その場合、夏毛にしたいなんて、自然に夏毛になっちゃったハゲの人に失礼だろ! とかツッコめばいいのか?
……いや、まあ、そんなこと思う俺が一番失礼か。
「にゃ!」
掛けるべき言葉を見つけられないまま馬鹿なことを考えてたら、ホマレが俺に気付いて、背筋を伸ばして挨拶してきた。
でも、目の前の干物化がだいぶ進行していそうな女は、それを自分に向けられた声だと思ったらしく、うんうんと頷いて、嬉しそうに言った。
「やっぱりそう思うよね? ヴィルヘルミーネ」
「ブハッ――!」
思わず噴き出してしまった。コイツ、ホマレになんて名前付けあがる。
目の前の女性は、俺の口から漏れた声に、それこそ猫みたいに敏感に反応した。バッと振り返った彼女の視線と、俺の視線がぶつかって――。
「「……あ」」
ハモった。
そして、その一言から続く言葉をお互いに見付けられずに、重い沈黙が流れ始める。
てか、どうしよう?
妙案も浮かばずに、お互いの顔をただじっと見つめ合う。視線を逸らすタイミングさえも逃してしまっているせいで、初対面で言葉もなく真正面から見つめ合うという最高に気まずい状況が出来てしまっていた。
仕方がないから、お互いの妥協点を測ろうと彼女をまじまじと見るけど――。
……この子、化粧してないな。
一重瞼で細い眼してるのに、びっくりするぐらいキツイ印象が無い。垂れ目っていうのかな? 糸目? もしくはその両方かも。彫りも浅いし、唇も色が薄くて、どちらかと言えば、地味な作りの顔だと思った。
って、別にナンパしてるわけじゃないんだし、この際容姿に対する評価は置いておくことにして……。
「あ、いえ、どうぞ、お気遣いなく。存分にお楽しみ下さい」
無難な解決策として、理解のある笑みを浮かべて、横をすり抜け部屋に帰って籠城しようとする俺。
だけど、一歩踏み出した瞬間にガシっと力強く肩を掴まれてしまう。反射的に掴まれた肩に視線を向ければ、彼女の指は力の入れ過ぎで真っ白になっていた。
どんだけテンパってるんだろう? コイツは。
ってか、多少身を捩じったくらいじゃ、多分離れないよな、これは。
溜息を飲み込んでジト目で彼女の顔を正面から見た瞬間、物凄い大声で叫ばれた。
「違うんです!」
必死な顔が、目の前にある。
しかし、同情は全く出来なかった。
「あ、はい、分かっております」
こういう手合いと議論はしたくないなって思ったので、可能な限り無害に、それでいて無邪気に微笑みかける俺。
だけど彼女は、猫と猫語で話す系統の人間のくせに、それだけでは誤魔化されてくれなかった。
「なんで敬語なんですか!」
いきなり他人とタメ口きけるかよ! と、ツッコミたいのを飲み込んで、態度を崩さずに応対した。
「すみません。大丈夫ですから、どうぞ続けてください」
自分でも何が大丈夫なのか全然分からないけど、ヤバ気な人の機嫌を逆立てないように、理解のある言葉を並べて全力で逃走を試みる。事件とかに巻き込まれたくない。
「誤解してますよ、ちょっと待って下さい」
彼女は、俺の肩を絶対に離すまいと必死で掴んで、引き止めた。
ってか、どうしてこんなに執着するんだ? コイツは。この一瞬が終われば、後は他人なのに……。そういう相手に言い訳をする意味がどこにある! ちょっと自意識過剰なんじゃないのか?
「待てないんです」
しつこさにイラつき始めたせいで、ついきっぱりと答えてしまった。
そんな俺に感化されたのか、彼女の方もちょっとムッとした顔になった。
「どうしてですか!」
キッと睨んで叫んだ彼女の視線を、真正面から受ける。迫力は全く無かったけど、真剣さだけは……ちょっと伝わってきた。伝わってはきたけど――、……なんか、めんどくさい。
えー? 俺、コイツと関わるの? 絶対に会話が迷子になるよ? 結論を出すための議論とかできそうなタイプじゃないんだし。しかも、初対面相手にここまで強引に出られるんだから、懐かれたら四六時中付きまとって来るタイプだよ? きっと。
脳内会議は一瞬で済み、今度はオブラートに嫌われる方向に態度を変化させる案が満場一致で採択された。
小さく溜息をついて、素直に呆れた視線を向ける。
一瞬怯んだ彼女。
その隙を逃さずに、灰色のエコバックを掲げて見せながら俺は言った。
「アイスが溶けそうだから」
「そんな理由で!?」
彼女は素っ頓狂な声を上げ、その直後、声の大きさに自分でも気付いたのか口を押さえてから、俺を睨んだ。
非難の視線をかわすように斜め上の青空を見上げて少し考えてから、視線を再び彼女に向ける。
格好も顔も不精している感が抜群の、年上の異性に憧れを抱いている思春期なりたての青少年は絶対に会っちゃいけない休日の女子が、そこにいた。
「……変な女性と夏日に食べるアイスの価値を比較したら、後者が勝ちました」
自信を持って答えると、自覚はあったのか、即座には反論せずに口を真一文字に結び、ジト目で俺を見た彼女。
大人しくなったかな? と、思って今のうちに逃げだそうとするけれど、そこは猫とコミュニケーションを取ろうとする精神力の持ち主なだけあって、あっさりと立ち直り、めげずに言い返してきた。
「じゃあ、アイス食べ終わるの待ちますから、家でゆっくり話しましょう!」
呆れ果てた根性だと思う。もちろん、悪い方の意味で。
「ええと……」
判断に迷って、お茶を濁すような迷いの言葉を口にして見る。
だけど、彼女はそういうのを察してくれるタイプではなかったみたいだ。
うん? と、何かを疑問に感じた顔をしてはくれたんだけど、それ以上深く考えなかったみたいで、じっと俺を見ている。
仕方がないので、俺ははっきりと言うことにした。
「110番と119番だと、どっちがお好みですか?」
「どちらもご遠慮申し上げます!」
憮然として答える彼女。心外だ! と、顔に書いてある。
そんな反応を返された、俺の方が心外だ! お前なんて、警察か病院のどっちかに大人しく入ってしまえ。
「……本音でよろしいでしょうか?」
「よろしいです」
目の前の女は、丁寧っぽく言っているけど、言葉がなんか変になりつつある。
丁寧な言葉遣い苦手なら、普通に喋ればいいのに。第一印象からして、アレなんだし。
「こんな変な人、部屋に上げたくない」
「変じゃないです! 普通です! そこの大学の二年生です!」
はっきり言った俺に対して、彼女は物凄い剣幕で捲くし立てた。
「うっわ」
何か意図があって漏れた声じゃなかったけど、彼女の方は敏感にそれを聞き咎めて、喰って掛かってきた。
「うわって何よ! ほんとに嫌そうなアクセントで!」
「……先輩だ」
言いたくないけど、上手い誤魔化しを思い浮かばなかったので、仕方なく正直に続く台詞を口にする。
案の定、その一言を聞いた途端にさっきまでの態度が一変して、無駄に偉そうに背を仰け反らせ中途半端なサイズの胸を張ってから、全てが野暮ったくて猫と猫語で話す先輩は挑発するように言った。
「……私の後輩だったんですね。ふーん、へー、目上に対する態度ってきちんとわきまえてます?」
「一言よろしいでしょうか?」
溜息を飲み込んだ俺は、あくまで丁寧に問いかける。
「許してさしあげてよ」
間違った優雅さで許可を出す先輩。
「先輩、友達いないでしょ」
俺が全く表情を変えずに言い切ると、先輩は優雅で偉そうにふんぞり返った態度のまま凍り付いた。
こういうテンプレな反応も含め、女子にも男子にも距離を取られがちな……なんていうか、イタイ子のオーラが全身から出ている。
俺がツッコまずに、呆れていると――。
「じゃ、部屋上がりますね」
とかなんとか言いながら、俺の手の中にあった部屋の鍵を引っ手繰って、勝手にドアを開けた馬鹿で強引な先輩。
大きな溜息をついた俺は、退屈そうにしているホマレを手招きして肩の上に乗っける。左肩に乗ったホマレは、位置が微妙に気に入らないのか、襟巻きみたいに首にまとわりついてきた。
「熱いぞ」
言いながら、ホマレの背中をつついて、右肩の側へと誘導する。
「ニャ」
ホマレは、右肩に乗った後、やっぱり今日は肩の気分じゃなかったのか、俺の頭に上半身を乗っけて、前衛的な帽子みたいになった。
……まあ、いいか。
より大きな問題が目の前で進行中なので、些細なことは気にしないことにする。
ホマレに伸し掛かられたのと反対側に頭を傾けながら、玄関に入り込んだ不審者の後を追って、自分の玄関に入り込む。
部屋と同じくらい狭い玄関は、二人で立つには大分狭い。とはいえ、見ず知らずの異性にくっ付くわけにも行かず、壁にへばりつくようにして様子を窺う俺。
「あ、なーんだ。部屋、片付いてるじゃないですか」
当の能天気な先輩はといえば、そんな事を呟きながら靴を脱いで――って、待て、本当に上がる気か? 普通は、男の部屋に上がるのって躊躇うよな? 警戒するよな?
あまりにもあっさりと独り暮らしの男の部屋に侵入しようとするから、むしろ俺の方が焦ってしまう。
「部屋に入ったら後悔しますよ?」
無防備な背中に向かって、脅すように低い声で言った俺。
「どうして?」
肩ごしに 無垢な顔で訊き返されて、少し返事に詰まるけど、ちょうど良い理由はすぐに思いついた。
「俺が十八歳以上だから」
最初、訝しむ顔をしていた彼女だけど、十秒後にその意味を完全に理解したようで憤然としてドアから外へ飛び出していった。
「御理解頂けたようでなによりです」
無礼になるくらい慇懃に頭を下げると「いーえ! こちらこそ!」なんて台詞の後、ガチャンと乱暴に鍵を閉める音が響いて、目の前に引っ手繰られたばかりの鍵が突き出された。
……俺は部屋に入るつもりなんだけど、なんで鍵を閉めるのかな、コイツは。
勢いに押されて半ば呆然としてしまった俺だけど、目の前の先輩は、今さっきのやり取りはもう頭の外へ追い出したのか、キョトンとした顔で俺のエコバックを見詰めて尋ねてきた。
「アイス食べないんですか?」
さっきから邪魔しているお前がそれを言うか! と、ツッコミたかったけど、不毛な争いが長引くだけなので、文句は飲み込んだ。
代わりに、盛大に溜息をついてから、先輩が期待している言葉を察して訊いてやることにする。
「……一緒に食べたかったりします?」
「頂こう!」
疲れた俺の様子は完全スルーして、元気一杯に先輩は宣言した。
俺の部屋の近くにある階段に腰掛けた先輩に、エコバックからアイスを取り出し、袋を破き、チューブ状のシャーベットを二つに割って、――その状態で渡してやろうとしたら、少々不満そうな顔をされたので、眉間に皺を寄せつつも、シャーベットの頭の部分も取って、本当に食べるだけの状態にしてから渡した。
「それ、どうします?」
「はい?」
いきなりそれと言われても分からな――……もしかしなくても、キャップの事だな。
「差し上げます」
概ね先の展開を正確に予想して、俺はシャーベットの頭も渡した。
最初、文句を言いたそうな顔をしていた先輩だったけど、素直に受け取って舐めた辺り、流石だと思う。
家の中でひとりきりの状態ならまだしも、普通の大学生は人前でそういう事をするのは恥らうんだけどな。
溜息をつき、しばしアイスを見る俺。
空のキャップを甘噛みしてから棄て、漸くアイスに吸い付いた先輩。
もう一度だけ、溜息をついてから青空を見上げ、そこに――この前炭酸のCMで見た爽やか美人を想像で描いてみる。
なんだかちょっと虚しい。
澄み渡った空は、こんなにも青春の色をしているのに。
隣には美女じゃない人がいる。
「何で二つに割れるの買ったんですか?」
吸いついていたチューブ状のアイスから口を話して、先輩は不思議そうな目で昼間なのに黄昏ている俺を見た。
先輩の顔をチラッと見て、おべっかを使って口説いてみるか素直に言うか悩んだけど、そこまで餓えてない俺は素直に答える方を選んだ。
「主に金銭的な事情です」
素直に答えるといっても、安売りしていたから、と、簡潔には答えたくなくて敢えて難解に言ってみる。
どの程度理解してくれたのかは分らなかったけど、……っていうか、そもそも俺の返事はBGM程度にしか聞いていないのか、先輩は適当に「へぇ」とか言いながら、ちょっとニヤニヤしながら、俺の頭の上のホマレを、俺の髪ごと弄っていた。
解釈に悩むよな、と、思う。
男慣れし過ぎてこんななのか、単にアホの子だから、異性と意識しない限りは平常運転で人懐っこいのか。
……後者のような気はするけど、女は化けるものだから、侮って痛い目をみたくない。
しかし、なーんで、今日に限ってこんなに流されてるのかな、俺は。
普段の俺なら、大学での立ち位置みたく、付かず離れずを上手く実践できるはずなのに。
ヒトメボレ、とか、コイノヨカン? 有り得ないな。俺は高望みしたいんだし。
高嶺の花に駄目元でぶつかってみるのが男ってモノだろう。
ふふん、と、鼻で勝気に笑ったところで、再び先輩に声を掛けられた。
「ちなみになんですけどね?」
一度言葉を区切って小首を傾げ、俺の様子を窺っている。
そういえば、この先輩はいつまでいまいち怪しい丁寧語で俺に話しかけるんだろう。後輩相手なんだから、特に気にしなければいいのに。
「今更かもしれませんけど、先輩なんですし、別に気を使った言葉遣いしなくてもいいのでは?」
先輩の敬語きちんとした使い方出来ていないんだし、俺も真面目に接するの馬鹿らしくなってきたし、と、言外に本音を滲ませてさっきよりも崩した言葉で提案する。
チラッと俺を一瞥してから、アイスを寄り目で見つめつつ一口吸い、小さく――出来れば聞こえないに越したことはないといった感じの声で先輩は呟いた。
「絶対にヤです。二年生だけど進級はしていないんだから」
「……はぁ?」
小声に免じて、出来れば聞き逃したかった一言だったけど、あんまりな内容に脊椎反射でガラ悪く返してしまった。
しかし先輩の方はといえば、俺のそんな反応も予想はしていたのか、さっきと全く同じ動作でチラと俺を見ただけで、もう一口アイスを吸って語り続けた。
「留年して、この前期ものっけから色々あって仕送り切られたのです」
同情して、と、顔に出しながら、訊いてもいない身の上話を勝手に語る先輩。
ど、同情なんて出来るか、バーカ。先輩な同級生――もとい、留年したくせに猫と無邪気に戯れてたバカ女の癖に!
「はぁ!? なにを言ってんだ、お前?」
俺は、必要最小限の目上に対しての敬う気持ちが完璧に――パーフェクトに失せたので、今度こそついに素の口調で問い質してしまった。
留年女は、俺が態度を変えた事なんてまるで気にしていない様子で……どこか達成感を感じさせるキラキラした笑顔で喋り続けた。
「でも良かった。真面目そうな後輩と仲良くなれて」
「おい、ちょっと待て」
勝手に良い話化されているこの出会いの疑義を正そうとする俺だけど、さっきまでの流れの通り、留年生は口を挟ませてくれなかった。
「これから四年間よろしくね」
語尾にハートが浮かびそうな媚を含んだ声で、にっこり笑った留年生。
正直、顔立ちも、服装や仕草から察せられる性格も、留年した程度の頭も、好みのタイプと言える部分はひとつも無い。
無いんだけど――。
その青天の霹靂は、1ミリくらいだけならハートに掠った。






