プロローグ
五月の気温も地下には届いてはいない。
だが、顔全体を覆う供給式のガスマスク――フィルターで空気を濾過するのではなく、外気を遮断し、酸素発生剤で呼吸によって減った酸素を補給するタイプ――に、ビニール質の長袖のツナギを着込んでいるから、むしろ暑いぐらいだった。
ヘルメットに装着されているライトで視界は……無いわけじゃないが、圧倒的に周囲の闇の方が深い。
顔を回し、周囲を確認する。
コンクリート打ちっぱなしで、半円形の通路は下水設備のようにも感じる。前方に、古い時代の証明設備だったらしいガラクタが転がっているのを確認。
焦らず、ゆっくりと進み、次に来た時のために障害物をマーキングする。
遺棄されてから、少なくとも六十年は経っている地下施設なので、傷みも激しい。障害物も怖いが、床を踏み抜くのも怖いから、自然と踏み出す一歩も慎重になる。更なる地下構造があるか否かは不明なんだし。
「RPGのダンジョンなら、もっと無防備に進むってのにな」
そんな皮肉を口にする。
真っ暗闇でたった一人だと、独り言でもないよりはましだ。
って、実際のところ、ゲームなんだしと言ってしまえばそれまでだが、主人公達はよくなんの躊躇も無く、前人未到の洞窟とか険しい山脈とかに、貧弱な装備で挑むよな。
本来の探索や冒険は、そんなスリルとロマンに溢れてはいない。心を乱さずに、周囲を警戒しつつ、慎重に、一歩一歩マッピングしていく、地味な作業だ。
「ま、そんなゲーム、出したところで売れないんだろうけどな」
焦れる気持ちを抑えながら、ゆっくりと進み続ける。
依頼された品はまだ見つからない。
いや、今日見つかる確率が高くなんて無いのは分かってる。地下壕の通路はずっと先まで、まだ続いているんだから。
今日中に、百メートル程度進めれば御の字。
そのぐらいの感覚で俺は、ゆっくりと歩き続けた。