番熊
「こ・ん・に・ち・わ!こんにちわだぞ!」
そんな吉田の声があっても、誠はなんとかその場から逃げ出したい衝動を抑えるのがやっとだった。
豊川の司法局実働部隊本部。ハンガーの目の前。誠、かなめ、カウラ、アイシャの四人は立ち尽くして動けない状況にあった。
「バウ」
吼えたのはコンロンオオヒグマの子供。グレゴリウス16世と言う大げさな名前をつけられた茶色い巨大な熊である。魚屋の二階に下宿している飼い主のシャムだが、当然三メートル以上ある巨大な猛獣をそんなところで飼える訳も無く、司法局のペット兼番熊として隊舎の隣の檻の中でいつもは居眠りをしている。それを吉田は散歩させようとしたらしいが、大好きなシャムの香りをたどってこうして射撃場に向かう誠達の前に現れたわけだった。
「吉田さん。本当に大丈夫なんですか?全然言うこと聞いてないように見えるんですけど」
誠の言葉通り、グレゴリウス16世はシャムがいるらしい射撃訓練レンジに行こうと鎖を握っている吉田を引っ張っている。彼が特別製の軍用義体の持ち主でなければすぐにシャムのところまで引きずられていくことになるだろう。
「でも……こいつ吉田の言うことだけはまったく聞かねえな」
そう言うとかなめは手を叩く。すぐに気づいたグレゴリウス16世はかなめに近づいていってその前に座り込む。
「ほら。おとなしくなるじゃねえか」
「確かにおとなしいな、こいつは」
「野郎は嫌いなんじゃないの?」
いつの間にかグレゴリウス16世から逃げるように遠ざかる誠をかなめ達が見つめている。カウラはいつものように座っているグレゴリウス16世の首をなでてやる。熊は気持ちよさそうに目をつぶる。
「で、あいつが射撃場でやることと言えば……早撃ちか?」
口元に手をやってグレゴリウス16世が伸ばす様を楽しんでいたかなめが声をかける。
「まあ、そうだ。結構練習してたからな、昨日」
すっかりかなめになついた調子のグレゴリウス16世を見ながら渋い表情で吉田はそう言った。アイシャの後ろに隠れていた誠も少し安心したように前に出た。
「バウ!」
突然、怒った様に誠を威嚇するグレゴリウス16世を見て誠は飛びのいた。それが滑稽に見えたらしく、かなめが噴出して腹を抱える。
「とりあえず来いよ……来いよ!この馬鹿熊!」
鎖を引っ張った吉田だが、グレゴリウス16世はそれが気に障ったようでそのまま思い切り吉田にのしかかる。さすがの吉田も400kgを超えるグレゴリウス16世の巨体にのしかかられてはどうすることも出来ずにそのままその下敷きになった。
「大丈夫ですか?」
誠は恐る恐る尋ねる。
「大丈夫なんじゃないの?行こうぜ」
助ける気は微塵もないというようにかなめはハンガーの裏手の枯れ草の中に出来た道を早足で歩き始めた。そしてすぐに射撃場で轟音が響いているところからシャムの見世物が始まったことを誠達は知ることになった。




