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アタッシュケース

 結局、タンドリーチキンを食べ損ねた誠はその代わりと言ってアイシャに渡されたみかんを手に、居間のコタツに入ってゆったりとテレビを眺めていた。番組はなぜかラグビーの試合が映されていた。理工系の大学で体育会は軒並み弱小だった誠はラグビーなどまるで縁がない話だが、なぜかアイシャはなぜかその番組を選んでちらちらと試合の流れを見ているようだった。


「もうすぐ来るはずなんだけど……」 


 アイシャは時計を気にしながら自分でも確保したみかんの皮を剥いている。薫はシンのレシピを片手に鶏肉の仕込みをしている。カウラは薫の後姿を眺めているようで、台所を居間から覗き込めばそのエメラルドグリーンのポニーテールが動いているのが確認できる。


「みかんおいしいわね」 


 そう言うとアイシャは一つ目のみかんの最後の袋を口に放り込む。


「そうでしょ?この前、うちの道場に来ている双子の小学生の男の子の親御さんが持ってきてくれたんだけど、本当においしくて……最高でしょ?」 


 得意げな薫の声が台所から聞こえた。


「宴会をするんだろ?場所とかはどうするんだ?」 


 台所にいてもすることが無いことに気づいたのか、カウラはようやく腕組みをしながら居間にやってきた。アイシャはコタツの真ん中に置かれたみかんの山から一つを手に取ると、そのままカウラの座る席の前に置いた。


「まだ少し待っててね。そちらにこっちのテーブルと椅子を運んでもらうから。こちらが一段落着いたらお願いするわね」 


 薫の声。今度は野菜を切るような音が響いてくる。


「こんな話は無粋なのはわかっているんだが……」 


 カウラが突然おずおずと口を開く。不思議そうにそれをアイシャが見つめていた。


「突然、何?」 


 みかんを剥きながら話を始めようとしたカウラに、眉をひそめてアイシャが尋ねる。カウラの生真面目なところがこう言うときにも出てくることに、誠は笑顔で彼女を見つめた。


「例の演操系の法術師の件はお前にも連絡が無いのか?」 


 みかんを剥き終えてカウラは今度は白い筋を取り始めた。アイシャは呆れ果てたと言う表情を一瞬浮かべた後、真面目な表情でカウラを見つめた。


「もし、私達に連絡が必要なような事実が出てきているのなら、私がここにいるわけ無いじゃないの。一応佐官なのよ。責任者として呼び出しがかかってもいいような心の準備はいつもしてるわよ」 


 そう言って剥いていた二つ目のみかんを袋ごとに分け始める。


「そうだよな……」 


「なあに?そんなに仕事がしたいわけ?それじゃあカウラちゃんは一生人造人間のままよ。培養液の中にいるのと今と、変わってないじゃないの」 


 そう言ったアイシャの表情はいつも違って真剣なものだった。誠はその初めて見る悲しげで冷たいアイシャの表情にみかんを剥く手を思わず止めていた。


 しかしそれも一瞬でいつものような能天気な笑顔がアイシャの顔に浮かぶ。


「今は楽しむこと。これは上官の命令。絶対の至上の命令よ。聞けないならランちゃんに告げ口するからね」 


「何を告げ口するんだ?」 


 そう言ったカウラの口元には笑みが浮かんでいた。


「そりゃあ今度カウラちゃんは誠ちゃんの第二夫人になるんで寿除隊しますから!って」 


 その言葉に思わず誠は口の中のみかんを吹いた。


「第二婦人って……いつからここは西モスレムになったんだ?」 


 カウラの顔は笑っている。それを見ながら誠はようやく息を整えることが出来た。だが得意顔のアイシャと次第に不機嫌そうな顔つきになるカウラの間で実に微妙な立場になったものだと、自然と苦笑いが浮かぶのを止めることは出来なかった。


「そりゃあ、第一婦人が私だからね。カウラちゃんは第二夫人。そう言うことでいいかしら?」 


 アイシャの目が誠に向かう。あまりに唐突な話題に誠は目を白黒させるだけだった。


「まあ、誠は奥さんが二人なの?まるで遼南の皇帝みたいね。凄いじゃない」 


 いつの間にかご馳走の支度にめどが付いたと言うように薫が顔を出した。母親にまでそんなことを言われて誠は顔が赤くなるのを自分でも感じていた。


「それじゃあ西園寺はどうするんだ?」 


 カウラの一言に誠もうつむいていた顔を上げる。アイシャは天井を向いてしばらく考えていたが、ひらめいたと言うように手を打った。


「そりゃあ小間使いよ」 


「誰が小間使いだ?」 


 かなめが叫んだ。彼女は要人略取などを専門とする非正規部隊のサイボーグらしく重そうな銀色のアタッシュケースを抱えながら、音も立てずにアイシャの背後に立っていた。


「お帰り、かなめちゃん」 


 突然のことだというのにアイシャはまったく驚く様子も見せない。むしろかなめが後ろに立っていたからからかってみたのだと開き直るような顔をしている。


「お帰りじゃねえ!なんでテメエがこいつの第一夫人なんだ?って言うかなんでテメエ等がこいつと結婚することになってんだよ!」 


 そこまで言ったところでかなめが不意に口ごもる。カウラも薫も黙って仁王立ちしているかなめを見つめている。次第にかなめの顔が赤く染まる。そして手にしていたアタッシュケースを脇に置き、身動き一つすることなく同じポーズで固まっている。


「つまり、かなめちゃんが誠ちゃんのお嫁さんになる。と言うか、かなめちゃんは……」 


「うるせえ!死にたいか?そんなに死にたいか?」 


 真っ赤な顔をしてかなめはアイシャの襟首をつかんで持ち上げる。首が絞まっているわけではないのでアイシャはニヤニヤしながらかなめの顔を見つめている。


「それより何?それ」 


 驚きも恐れもしない肝の据わったアイシャに言われて、ようやくかなめは我に返る。そしてすぐ持ち上げていたアイシャから手を離した。


「なんだと思う?」 


 かなめはそのままアタッシュケースを抱き込んで笑顔を浮かべる。


「なんだって……わからないから聞いてるんじゃない」 


 アイシャはつれなくそう言うとそのまま服の襟元を直してコタツに戻ろうとする。


「少しは気にしろよ!」 


「やだ。気にしたくない」 


 かなめの叫びがむなしく響くだけ。アイシャは見向きもせずにみかんにを伸ばす。


「アイシャ。聞いてやるくらいはいいだろ?」 


「そうよ、かわいそうよ」 


 カウラと薫の言葉がさらに重くかなめにのしかかっているようで、そのままかなめは静かにアタッシュケースを持って歩いていく。


「アイシャさん。聞いてほしいみたいですから……」 


「あのねえ」 


 顔を上げて誠達を見つめるアイシャがみかんを横にどけた。正座をして一度長い紺色の髪を両脇に流した後、真剣な瞳で誠を見つめてくる。


「そうやってかまってやるからつけあがるのよ。かなめちゃんは!」 


「確かにそうですけど……」 


「なんだ?アタシはシャムか?いつからそんなポジションに……」 


「黙ってらっしゃい!」 


 アイシャの気合の一言に文句を言おうとしたかなめが引き下がる。


「たまには冷たくあしらうくらいのほうがいいのよ。つまらないことは無視!真面目な話だけ……」 


「いや、それはお前の方に当てはまる話だろ?」 


 ここまでアイシャの話を聞いてカウラは呆れながら応える。それをみてアイシャはショックを受けたように大げさにのけぞる。


「え?みんなそう思ってたの?」 


「今気づいたのか?」 


 カウラの言葉にアイシャは大きくうなづく。誠はそれがかなめを挑発するためのポーズだとわかって、なんとも困ったような笑顔が浮かんできた。そんな様子にかなめは明らかに不満を込めて舌打ちをした。


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