表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Sweet Melody〜失われた音〜  作者: サプリメント
3/7

第三曲『夢』


 この世には奇妙な事が多々ある。

 どのような事象を奇妙と捉えるかは個人それぞれの価値観によるけれど、やはりこの状況は奇妙と言わざるを得ないだろう。


「ふわぁ~……なして初日からフルで授業があんのかねえ」

「…………、」

「ふわぁ~……腹減った、さっさと食堂行っちまおうぜ」

「…………、」

「……おい、声真」


 光路の言葉を悉く無視している俺だが他意はない。確かに初日から六限フルで授業があるのは納得いかないし、腹は減ったので食堂へ急ぎたい。

 だがどうして、先ほどから背中に刺さる奇妙は視線が気になって仕方ないのだ。

 果たしてその視線の主が転校生の君島さんである事に気付く。


「なんだろう、これは、声をかけた方がいいのか?」

「ああ、廊下の角からのっそり覗いてる転校生のことか」


 どうやら光路も気付いていたらしい。あの転校生は俺たちのどちらかに用があると思っていいだろう。とりあえず、俺は振り返ってみる。

 するとひょっこり顔を出していた転校生は顔を引っ込めてしまい、視線を外せば再び彼女の視線を感じるあたり、恥ずかしがっているものと思われる。


「なんだアイツ」


 呆れたように言う光路。その眠たげな目は転校生の方へ向いており、彼の視線には顔を引っ込めないようだ。

 とすれば、用があるのは俺か。

 もしかして、あの転校生の顔にどこか見覚えがある事に関係しているのだろうか。

 俺は光路に先に食堂へ行っててくれと告げて、足を止めた。

 再び振り返って、


「えっと、君島さん?」


 声をかけて数秒ほど。顔を引っ込めていた君島さんは諦めたように廊下の角から姿を現し、テクテクとぎこちない動作で俺の元へ近寄ってきた。

 話によれば彼女は声を出せない病気にかかっているという。あるいは病気の症状の一つとして声を出せないのかもしれないが、どちらにしても喋れない事実は変わらない。

 声を命としている俺にとっては、彼女の状況は悲しく映ってしまう。

 だが下手な同情は傷付ける結果に繋がることも分かっている。

 さて、どうコミュニケーションをとったものか。

 そうこう思案していると、俺と微妙な距離を取っている君島さんは僅かに怯えた様子を見せつつ、制服のポケットから取り出したスマホに何やら文字を打ち始めた。

 高原先生が言っていたように、彼女のコミュニケーション手段はスマホのよる文面で行われるようだ。

 やがて打ち終えた君島さんは俺にスマホの画面を突き出した。


『あの、昨日公園で弾き語りをしていた人ですよね?』


 昨日? ああ、確かに、休みの日の日課として俺は近くの公園でアコギ片手に弾き語りを練習している。もちろん昨日も練習をしていた。

 ……と、俺は頭の中で記憶の糸が繋がるのを感じ取った。

 そういえば昨日、弾き語りをしている時に一人の女の子と遭遇した。迷惑だったのかと思い声をかけると、その少女は走り去ってしまったのだが。

 よくよく思えば、その時の少女と君島さんは似ている。というか、服装が違うだけで同一人物だった。


「……昨日の子?」


 尋ねると君島さんはコクコクと頷く。彼女に対して抱いていた既視感は、なるほどそういう事だったのか。

 納得すると同時に、彼女が走り去った理由も分かった気がした。

 声を出せない女の子。そんな子にとって、当たり前のように発声して歌を唄う事がどのように映るのか。

 ――劣等感。あるいは羨望。君島さんは、目の前で自分には出来ない事をやってのける俺に苛ついたのでは無いだろうか。もちろん俺の勝手な憶測ではあるが、多少なりとも傷付けてしまった事は間違いないだろう。

 複雑な気持ちだ。ともすれば彼女は、転校先に偶然居た俺に文句の一つでも言いに来たのかもしれない。

 八つ当たり――と簡単に片付けてしまうのは余りに可哀想だ。

 ここは甘んじて受ける事にしよう。

 そんな俺の考えは浅はかであったと、直後に思い知らされる事になる。

 再び文字を打ち始めた君島さんが、なぜか少しモジモジとしながらスマホの画面を見せてきた。

 俺は意を決して文字を追っていく。


『昨日の歌、とても良かったです! あの……もしかしてあなたの夢は歌手なんでしょうか?』


 文句でも八つ当たりでもない。

 思わず困惑した俺が首肯すると、新たな文を示された。


『あなたの夢、応援したいです!』


 世の中には奇妙な事が多々ある。個人の価値観によって奇妙の度合いは変化していくものだが、『奇妙』とは決して悪い事ばかりではない。

 罵倒されると思いきや、褒められて応援するとまで申してくるほぼ初対面の奇妙な女の子だってこの世には存在するのだ。

 事実は小説より奇なり。

 相手が一体どのような気持ちでそれを伝えてきたのかは分からない。並々ならぬ想いがあるのか、あるいは特に深い意味などないのかもしれない。

 しかし。

 夢を追う人間にとって、例え奇妙であれなんであれ、夢を応援してくれる人の存在は大きな力となることも事実。

 俺は自身の座右の銘を想う。


 ――世界は、音で満ちている。


 この世界が音で満ちている限り、世界は新たな音を求め続ける。求められる限り、夢は決して不可能じゃない。

 俺の世界にファンという『音』が増える度に、より強くより深く夢を抱く力になる。

 例えそれが『音』を失った『音』であっても、俺の夢は『音』を届けること――彼女にも『音』を届けてあげたいと、俺はこの瞬間に思ったのだ。

 君島さんに一言断ってから彼女のスマホを手に取り、文字を打つ。

 それを本人に返して、キザにも背を向けて歩き出し、手を振った。

 今の君島さんがどんな顔をしているのかは見えない。あえて見ない。

 何せ俺は腹が減ったのだ。光路も待たせている事だ、はやく食堂へ行こう。

 ……アイツの事だ、待ってすらいないかもしれないがな。


 ☆ ★ ☆


 実はまだ、彼の名前を知らない。知っているのは、昨日公園で弾き語りをしていた人だって事。まさか同じ学校の同じクラスだなんて予想にもしていなかったけど、これも何かの巡り合わせなのかもしれない。

 幸か、不幸か。あの人を見ていると、どこか昔の自分を思い出す。思い出したくなんてないのに……きっと私の中には未練が残っているんだろう。

 だから、聞いてみたくなった。

 あなたの夢はなんですか、って。

 もし違ったらそれでいい。でも彼の夢が『そうなら』……私はその夢を応援してみたくなったのだ。

 でも恥ずかしさと怖さから声をかけれない私は尾行なんて馬鹿な真似しかできなかった。

 それでも彼は気付いてくれた。昨日のように、彼の方から声をかけてくれた。

 もう逃げたりしないもん。

 私は尋ねた。あなたの夢は歌手なんでしょうか? と。

 違ったら本当にごめんなさい。でもきっと、そうじゃないかって思ったから。

 ――彼は答えてくれなかった。ううん、違う。きちんと、私と同じやり方で答えを聞かせてくれた。

 振り返らず去っていく背中を見つめ、怖かったけど、私はおそるおそるスマホの画面に目を落とす。


『見る目があるね君島さん。そんな君島さんの為にも俺は絶対に歌手……シンガーソングライターになるんで! ガンガン応援してほしい。……なんてカッコつけるのも大概にしといて、純粋に嬉しいよそう言ってくれて。ありがとう、これからもよろしく。後、俺の名前は坂宮声真だから、好きに呼んでくれな』


 ……痛いくらい同じだった。私の諦めた夢、捨てた夢。それを彼も――坂宮くんも持っていたんだ。

 私はその文章を消さずに保存して、スマホをぎゅっと胸に抱く。


 ――私は、音を失った。


 過去から逃げる為に引っ越した。

 でもその先で出会った少年は、過去の私そのものだった。

 どこに行っても逃げられない。

 どれだけ走っても、一度抱いた夢は私の影を離さない。

 私にはもう叶える力はない。

 だったら、託してみたい。

 叶う瞬間を見てみたい。

 そうしたら私も、体を縛る鎖から解き放たれるかもしれないから。

 坂宮声真。彼との出会いに、何かの意味があるなら、それを確かめたい。

 私は未だ耳から離れない坂宮くんの歌声を聴きながら、教室へ戻った。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ