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Sweet Melody〜失われた音〜  作者: サプリメント
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第二曲『出会い』



 朝一の声出しは気持ちが晴れる。とは言え大きな声を出しすぎると流石に朝っぱらから近所迷惑になるので、ほどほどにと言った感じだ。それでも偶に親に怒られるが。

 自室で一頻り好きな曲を口ずさんだ俺はリビングへ降りることにした。既に朝食の香りが漂っており、母親自慢の和食がホカホカの湯気をもって俺の食欲を促進させる。

 が、その前に洗面台に行き、うがいと洗顔を済ませた。


「髪伸びてきたなぁ」


 鏡に映る少し長い黒髪の男。当然それは俺、坂宮声真さかみやしょうまその人だ。もし別人が映っていた時には一人でトイレに行けない……というのは言い過ぎだが、そんなホラーを朝から求めてはいないのでどうか勘弁してほしい。

 ぎゅる……と腹が早く飯を食わせろと鳴く為、俺は足早にリビングへ戻った。


「おはよう、しょうちゃん」

「おはよう母さん。父さんはもう仕事に行ったの?」

「三◯分前に出たわよぉ。しょうちゃんも早く食べてなさいね」

「へーい」


 うちの母さんはいわゆる若妻だ。俺が十六歳なのに対して、母さんの年齢は三十七歳。 

 ……いや、若妻という言葉は撤回しよう。

 息子の年齢と比較した場合、それなりに若い母である。

 父さんは三つ上の四十歳。普通の会社に勤める普通のサラリーマン。いつも朝早い出勤だから一緒に朝食を取れる機会は少ないが、これまた普通の優しい親父だ。

 そしてそんな両親の一人息子が、今年で高校二年生になる俺、坂宮声真である。

 特に問題児ではないと思っているが、迷惑をかけてしまう事も多い。

 そんな息子の夢を否定せず応援してくれる最高の両親だ。


「今日から二年生だし、夢ばかりじゃなくて勉強もしなきゃだめよぉ?」

「わ、わかってます……」


 無論、甘やかされてばかりではない。今の所赤点を取った事はないが、気を抜けばどうなるか分からないし、両親の期待を裏切らない為にも両立は必ずせねばならない。

 俺は朝食をぺろっと平らげると、自室へ戻って制服に袖を通した。

 市立柊学園。俺が通っている近隣の高校で偏差値もそこそこ。今日から二年生に上がる訳だが、やはり気になる事と言えばクラス分けだろう。仲良しのあいつと一緒になれたらいいなと思う反面、新たに友達を獲得する為にも知らない人ともなりたい。

 何せ全員将来のファンだ、とことん自分を売っていかねばなるまい。


「よっし、えっとウォークマンウォークマンっと……」


 愛用のウォークマンを手にしてイヤホンで耳を塞ぐ。お気に入りのプレイリストから曲を流し、スクールバッグを掻っ攫うように取って玄関へ。


「行ってきまーす」

「はぁい、行ってらっしゃい」


 玄関を出た俺の視界に広がったのは、桜色の景色。春を強く感じさせる鮮やかな花びらが風に舞い、新たな始まりが胸を高鳴らせる。

 この季節に聴きたくなる曲は、やはり『春に舞う』だろう。俺が一推ししているシンガーソングライターの有名な春曲だ。自身、アコギで弾き語りをするほどには好きだと自負している。

 春は始まりの季節。ともすれば俺の夢はこの春から始まるのかもしれないと考えるとつい口角が上がってしまう。気持ち悪いとは言わせない。

 何を隠そう、俺の夢はシンガーソングライターなのだ。幼い頃から音楽好きの両親の影響で音楽に触れる事が多く、自然と『俺も歌を届けたい』と思うようになっていた。

 だがこの夢を決定付けたのは、中三の春の出来事だ。

 その日俺は隣の県に友達も遊びに出掛けていたのだが、帰りの事だ。少し遅くなってしまって急いで駅に走っている途中、ふと耳に流れてきたのだ。

 とても透き通っていて清純で、しかし力強い高音で紡がれる女性の歌声。俺の好きなシンガーソングライターの曲を歌うその主を見る暇は無かったが、恐らく路上ライブだ。

 その歌声を聴いて以来、俺は路上ライブに興味を持ち始め、気付けば本気でシンガーソングライターを目指すようになっていた。それから今まで路上ライブを行った事はないものの、趣味だったアコギをより真面目に取り組み、作詞にも挑戦。一度オーディションに音源を送った事もある。まあ落ちたのだが……。簡単には行かないということだ。

 そうこう想起していると、向かい側の道路に欠伸をもらす同級生を発見する。

 髪の脱色はしていないが雰囲気がチャラついた男、赤地光路だ。


「みつるー」

「あ? ああ、はよー声真」

「おっす。流石に寝坊はしなかったか」

「俺は今年から真面目になんだよ」

「覚えたからなそのセリフ」


 光路は一年の時に遅刻を多発してしまったが為に出席日数が足りず留年してしまう一歩手前だった。まあ本人が真面目にやると言っているのだ、皮肉は言わず応援してやるのが友だろう。仮に今年留年したら死ぬほど笑ってやるけども。

 数分ごとに欠伸をする光路と俺はスクールバスに乗り込み、程なくして学園に到着する。

 行き交う生徒の中には入学したての新一年生がちらほらと確認でき、俺らも去年はこんな感じだったのかぁと遠い昔を見るように眺めている辺り早くも歳を感じてしまう。

 ふと、光路が露骨に嫌な顔を浮かべて足を止めた。

 俺の老けた顔がそんなにキモかったのか? たまには懐かしさに浸らせろよ。

 ……と愚痴ろうかと思ったのだが、どうやら光路の歪んだ顔は俺に向けられたものではなかったと気付く事になる。


「げー、朝っぱらから気持ち悪ぃもん見ちまったぜ」

「……あれか?」


 光路の視線の先、昇降口に出来た小さな人集りがあった。人集りと言っても一人の男子生徒の周りに複数の女子生徒が集まっているだけなのだが、俺はそういう事かと察する。


「学年一の優男さんですか」

「俺あいつ嫌いなんだよなー。なんつーか気持ち悪ぃ」


 複数の女子生徒の中心、学年一の優男と名高い金中直弥かねなかなおやを指して光路が今にも吐きそうな声で呟いた。確か光路は去年の入学式で金中を見かけた時から気持ち悪ぃと言っていたなぁと俺は思い出す。

 光路とは中学から一緒だが、俺は金中を知らない。つまり光路も知合いという訳でもないんだろうけど、こちらとしては特に毛嫌いする気持ちはない。

 言い換えれば無関心なのだが、光路がここまで嫌う理由は依然判らないままだ。

 俺は思い切って尋ねてみる。


「金中となんかあったん?」

「いんや何も。単にあいつが気持ち悪ぃだけだよ。優男? はぁ、これまでどれだけの女子を食ってきたのかね」

「いつになく口が悪いな光路……」


 だがまあ、確かに多くの女子を食っていそうではあるが。

 光路は金中を視界に入れないように努めて昇降口を潜っていく。

 それに着いていく俺は、背中に誰かの視線を感じたような気がしたが、まあどうでもいいかと切り捨て持参した上履きに履き替えると、昇口先の掲示板に張り出されている新しいクラス表に目を通した。

 二年生は全六クラス。光路と同じクラスになれるかは微妙なところだが、どうやら運は俺の味方をしたようだ。


「今年もよろしくな光路」

「うげー、俺は嫌なんだが」

「やっぱりあれか、さっきの嫌な顔は俺に向けてでもあったのか。万力で顔面整形してやろうか、なぁ」

「すまんな声真、次の部活でお前の顔面にボールぶん投げてしまいそうだ」

「顔面にダンクすんぞテメェ」


 俺と光路は共にバスケ部に所属している。光路はかなり才能がある方で今年からレギュラーは固いだろうけど、俺はまあ……そこそこといった所だ。

 光路は教室に着くまで終始嫌だ嫌だと俺を追い払おうとしてきたので、そのあまりの嫌がられように少し涙を零すと本気で嫌そうな顔をされてしまった。

 なあ、君は俺の親友じゃなかったんですか……。

 

 ☆ ★ ☆


 新しい教室に新クラスメイトが揃った頃、HRを告げるチャイムが響く。

 席は一先ずの五十音順の為、光路とは離れたが、斜め後ろ方向からでも奴の不機嫌さは明確に見て取れた。何せ、あの気持ち悪ぃと嫌っていた金中直弥が同じクラスだったのだ。おうおう、嫌な人間二人と同じクラスになれて幸せだな光路よ。いや、どうせなら席を代わってやりたいな。五十音順の関係上、俺の隣には金中直弥が座っているんだからな。

 邪気を送るのもほどほどに、俺が新しい担任はまだ来ないのかと入り口を見ていると、


「君、坂宮くんだったっけ?」

「え?」


 嘘だろ、おい。噂をすればなんとやら。金中直弥が俺に話しかけてきた。まあ隣の席の奴に声を掛けるのは不思議な事じゃないが……。

 僅かに視線を流してみれば、光路がざまあみろと親指を下に突き出している。

 テメェ後でぶっ殺すからな。


「そうだけど」

「知ってると思うけど、僕は金中直弥。直弥って呼んでくれ」

「お、おう……直弥」


 この『知ってると思うけど』ってセリフがやたらにムカつくのは俺だけなんだろうか。

 俺は金中が嫌いではないが特に関心を置いている訳でもないので、出来れば必要以上に絡みたく――いや、ダメだろ俺。このクラスは既に、将来の俺のファンとして取り込むと決めたじゃないか。向こうから来てくれる以上、俺を売り込むチャンスだろう。


「僕も声真って呼んでいいかな?」

「い、いいけど」


 ……まあ後からでもいいか。

 いい加減煽ってくる光路もウザイので早く先生来てくれと心の中で願っていると、ガラガラと教室の扉が開かれ若い女性の教師が入室する。


「はーい、おはようございまーす。今日から君達の担任を務めさせて頂く高原美沙と言います。挨拶もそこそこに出席を取っていきますよー」


 えらく気さくな教師だ。そこそこ美人で絡みやすい女教師となれば、それはもう人気が集中するだろう。高原先生が出席簿を開き、出席番号一番の赤地光路の名前を呼ぼうとした時、思い出したように手を叩いた。


「っと、ごめんなさーい。実はこのクラスには転校生が居るんでした。君島さーん、入っていいわよー」


 あんたは何を忘れているんだ。早くも担任教師に不安を覚える俺だが、転校生というのも面白いものだ。

 高原先生が呼ぶもその転校生とやらは中々入ってくる気配がなく、仕方ないなぁと言った先生に手を引かれて転校生が姿を現した。

 ――教室にふわっと髪が舞った。腰まで伸びた細く綺麗な長い黒髪。自然と湧いた男子生徒の感嘆に頬を赤らめた顔は繊細で可憐。身長は女子標準より少し小さい程度か。俺の感性でいいなら、それなりに美少女だ。

 ……しかし、似たような子をどこかで……?

 俺の疑問を他所に、転校生の紹介を高原先生が行う。


「彼女は君島葉奈ちゃんと言います。隣の県の高校から転校してきたんだよね?」


 先生が問うと、君島葉奈という転校生はコクコクと首を縦に振る。その動作に違和感を覚えたのは俺だけじゃないだろう。高原先生は転校生の両肩に手を置いて、俺たちクラス生徒に優しげな声色で説明を始めた。


「えっとですね、君島さんは病気を患っていまして、声を出す事が出来ないのです。彼女の意思疎通はスマホや紙、手話を介さなくてはいけませんので、どうか皆も協力してあげてください」


 案の定というか、教室は少し重たい雰囲気に包まれた。

 良くない、実に良くない。その雰囲気に心を痛めたのか、転校生は精一杯強がった苦笑をもらして黒板に文字を書いていく。


『よろしくお願いします』


 沈黙は長かったような、短かったような。その空気を破ったのは学年一の優男金中――ではなく、夢見る少年こと俺、坂宮声真である。


「よろしく、君島さん」


 その些細な一言によって、クラスメイトが次々によろしくと口にした。それがよほど嬉しかったのか、君島さんはにぱぁと笑顔を輝かせて、口の動きで『よろしく』を伝え、深々とお辞儀する。


「よかったわね君島さん。席は後ろの空いている場所でお願いね」


 高原先生に指定された席に向かう君島さんの姿を目で追いながら、俺は記憶の糸を手繰り寄せていた。

 やっぱり彼女、どっかで見たことあるような……?

 その疑問は解消されず、二年生として初めての授業が始まった。




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